49話 長い一日 ーディルク視点ー
思っていたより討伐が簡単に終わった。モカ様との訓練効果が如実に出たロキとロクの活躍が大きい。いままで散歩訓練に参加してこなかったほかの団員まで訓練を受けたいと申し出るほどだ。大幅な戦力アップにモカ様には感謝しかない。
ここにいてもうるさい領主や女どもが寄ってくるのを避けるため、翌日朝に帰路に就くことを決める。それまでは自由行動だ。ほとんどの者は歓楽街へと行くが、俺は早々と宿へ籠ることにした。ちょうど宿へと戻れば魔聴機が起動した。
『ディルク? やっと連絡がついた!』
相手はリオレス殿下だった。いつでも冷静な殿下が焦ったような声を出しているのは珍しい。
「何かありましたか」
『もう討伐は終わっているのか? 隊の者は近くにいるか? その中で後を任せる事ができる者はいるか』
「討伐を終え、明日朝にはこちらを発ちます。隊の者はロキとロクやほか数名別室にいるはずですが……どうされたんですか」
『では、必ずその隊の者に後を任せ無事に帰るよう伝えると誓ってくれ。それが出来るのであれば教える』
俺が取り乱す可能性がある事態が起こったのだろう。それなら、なにかあったのはトワだ。
「わかりました。トワに何かあったんですね?」
『……詳細は帰ってから伝えるが、トワ嬢が倒れた』
「……っ!」
『モカ様曰く魔力切れだ。いまは、モカ様と私の魔力で持たせている。出来ればお前の魔力が一番良い。モカ様がこれからお前を転移で迎えに行く。それまでに隊への報告、湯浴みを済ませておけ。30分あれば可能か?』
『15分で』
『ふ、わかった。部屋に直接迎えに行くらしいからそのままそこで待機しておくように』
ピッ
魔聴機が切られる音がした。
トワが魔力切れ?
一体何をすればそんなことに?
逸る心を抑え、別室のロキとロクへ任務の引き継ぎを頼む。詳細を伝えずに殿下からの緊急要請だと言えば、早く行けとばかりに逆に追い出されるように部屋を出された。
風呂に入っても鼓動は早く落ち着かない。だが、ここで取り乱せば、トワの側にいられる権利すら取り上げられるかもしれない。
きっちり15分後、部屋に靄がかかったと思ったら中からモカ様が現れた。
「ディルク! ごめんね、忙しいときに」
「いえ、彼女より大事なことはありません。行きましょう」
「ママを大事にしてくれる人に出会えて良かったよ。さ、行こう!」
すぐに気持ちを切り替えたモカ様の言葉が嬉しくて、そう思っていただけているならこちらこそ光栄だと心のなかで感謝する。
初めての転移は、酔うこともなくスムーズにできた。さすがモカ様というべきなのか。
転移先のいつも明るいトワの家は暗かった。トワの寝顔は、いつもと違い青白く生気がない。
それを見た瞬間、生きた心地がしなかった。帰ったら即顔を見に行くつもりだったが、こんな寝顔が見たかったわけじゃない。
トワの頬に触れても、いつもなら応えるように流れてくるあのぬくもりがない。
「すまない。私のせいだ」
殿下から事情を聞いたが、殿下のせいではないと返事した。したはずだが、本当にそう答えていられただろうか。
トワの生気のない顔を前に、思考が正しく機能しているかさえ怪しく思える。
「ディルク。ママは、ボクと殿下の魔力でいまはなんとか繋ぎ止めている感じなんだ。ママに少しずつ魔力を送れる? 一気にはダメだよ。それこそ命に関わる」
命に関わる。
一気に心臓が熱くなる。
「……一番確実なのは肌を重ねることです。ですが、俺は意識のない彼女を襲うような真似をしたくありません。彼女を抱えて過ごす許可をもらえますか。ただの魔力切れなら半分でも戻れば目は覚めますよね?」
モカ様に確認すれば、トワの魔力は多くはないから可能だろうが、断言はできないとのことだ。モカ様にしては珍しくはっきりしない。
「ママはいろいろ疲れていたから、これを機にぐっすり休もうと戻ってくるのを拒否するかもしれない」
慣れない異世界での疲れはもちろんあっただろうが、遠征に出る前の彼女は普段通りだった。それ以外にもなにかあったのだろうか。
モカ様、殿下を順に見れば、殿下が口を開いた。
「どうせ誰かが漏らすだろうから先に話しておく。そちらの方が被害が少なく済みそうだしな」
そう言ってから話されたことは、怒りを頂点に持っていくにはたやすい出来事だった。
こんな事ならさっさと彼女に求婚しておけばよかった。彼女のペースに合わせるつもりだったが、せめて婚約だけでも先にしてほしくて、貴族を抜けられる今回の一般公開後にするつもりだった。彼女はまだなにか秘密を抱えてはいるだろうが、彼女がそばにいるならなんでもよかった。俺はその約束がどうしても欲しかった。
トワがトワであること。
それ以外、俺には重要なことではなかったのに、今回しでかした人間はそのトワの存在を精神的にも物理的に傷つけようとした。王宮の中にもふざけたことをぬかす輩がいるらしい。殿下は処分はこちらでするから手を出さずにいろと言う。トワを傷つけ、愚弄した奴らをそのまま生かしておけと言うのか?
「ディルク。お前の怒りはわかるが、今は魔力を抑えてくれ。漏れ出している」
そうだった。今は先にトワを目覚めさせないと。
「トワ嬢は、孤児院への訪問、商会との打ち合わせも終えていて聞いていた予定は遂行済みだ。だから、お前は彼女についていていい。ここは立ち入り禁止にする」
「……ありがとうございます」
「いや。王家が面倒をかけているのに、これだけのことしかできずに申し訳ない」
「殿下がいなければ、ママは危なかったんだよ。側にいた団長、クィンのどの魔力もこんなになってもママは受け付けなかったんだ。なんとか殿下の魔力なら少し受け入れることができたんだ。だから、殿下にもボクは感謝しているんだよ。ディルクだってそれはわかるでしょう」
「わかってはいますが……いえ、いまはトワが最優先です。このまま彼女の側にいても良いですか」
「うん。ママをよろしくね。僕もここの部屋に戻ってくるってことは忘れないでね?」
「大丈夫ですよ、不埒な事はしません。モカ様がいれば彼女も目が覚めた時に安心するでしょう」
閉まるドアの音を聞きながら、トワが眠るベッドに自分も横になる。そのまま彼女をそっと抱き寄せた。くてっと力なく凭れかかってくるその体の頼りなさに不安が大きくなる。魔力が少しでも効率よく流れ込むよう、彼女の乾いた唇にそっと自身の唇を重ねる。いつもの反応がないそれに胸が締め付けられるのを耐えながら、すぐに口付けを離し、再びその体を優しく抱き締め直した。
普通の人間なら半分もあれば動ける。騎士なら戦うことだってできる。だが、彼女は元が魔力のなかった人間だ。どれくらいで目が覚めるのか、疲労がそれをどれだけ阻むのか予想ができず、不安な魔力譲渡が始まった。




