45話 嫌がらせ
「ちょっとそこのあんた」
あんた、はこの世界に来て初めて言われたなと振り返ると、バシャッと水がかけられた。が、結界のある私にはそれは届かず、弾かれる。
「ママ!」「トワ様!」
「キャッ、なんなのあんた!」
三者三様の声が出た。
弾かれた水が自分にかかった女性は顔を歪めるが、こっちはそれどころではない。モカが飛びつこうとするのを慌てて制した。アナは咄嗟にハンカチを取り出しかけたが、水が届いていないことに気付いて手を止めた。それでも動揺は収まらないのか、指先が震えている。
『なんで止めるの!』
『反応したら喜ばせるだけよ。モカのおかげでかかってはいないし大丈夫』
『でもっ!』
『大丈夫! 大丈夫だから』
『ママ……』
どこの所属かは分からないが女性騎士が三人、アナとよく似た制服の侍女っぽい人たちが四人いた。
「なにか私にご用でしょうか」
「はぁ!? 心当たりなんていくらでもあるでしょ! このアバズレがっ!」
アバズレなんて、久しく聞くことも見ることもない字面だ。なんだか面白くて笑いをこらえた。
「あんたでしょ? 異世界から間違って来た人って」
へー、そんな呼び方になってるんだ。殿下がちゃんと発表してくれたはずなんだけれどな。それすら聞いていないのか理解できていないのか。
「そういうあなた方は?」
そう聞くとご丁寧に一人ずつ自己紹介してくれる。真面目か。この世界の女性陣からしたら、私は色目を使い男を誑かしている異世界人らしい。要はディルクだけでなく、殿下やクィンさん、ロキ君とロク君と仲良いのも気に食わないのだと。いやいやいや、誑かされたのは私だよ! そう言い返したいのをぐっと堪える。
「多勢に無勢。こういうのは良くないな」
「クィン様……!?」
さっきまでの勢いはどこへやら、騒ぎ出す令嬢たちをチラリと見下ろしたあと、冷たく言い放つ。
「名を呼ぶことを許可していないが?」
先ほど分かれたはずのクィンさんが、私を庇うように立ちふさがる。……いや、これ火に油を注ぐのでは!?
『さすがに許せないからさっさとここに来ないと殺すよって呼んだ』
『がっつり脅してる』
『脅しじゃなくてもいいんだよ』
そう言ったモカはみるみる大きくなり、前に見た見上げるほど大きかったときよりさらに大きくなり、炎を纏っていた。え?と思ったら、水をかけてきた人たちの周りをゴオゴオと燃え盛る炎が一斉に囲い出す。
「お前たちはボクの大事なママを傷つけた。絶対に許さない」
「キャーッ!」
「早くっ! 早く消してよっ!」
「魔法使いでしょっ!」
パニックになっている彼女らをクィンさんは助けることなく、炎に囲まれる女性たちをゾッとするような冷えきった目で見つめていた。
「お前たち! 何をしでかしたらこんなことになるんだっ!」
新たな声がした方を向くと、ゲイル団長さんとほかの団員さんたちが走り寄ってきた。その後ろからは殿下と大神官長様まで見える。大ごとになってしまってる!
「だ、団長! 助けてください!」
女性騎士がパニックになりながら、ゲイル団長へと手を伸ばした。
「助けてください? ママにこんなことをしておいて? ふざけるなっ!」
ブワッと一斉に火の粉が舞い上がる。ヤバい、ご機嫌モカが激怒モカに早変わりしてしまった。なんでこんなときにディルクがいないかな! 違う、彼がいないから狙われたんだった! いや、狙われる原因でもある!
えっ、ちょっ、私もパニックなんだけど!?
「モ、モカ」
「ダメだよ、トワさん。こういうのは放置するから調子に乗るんだ。親友がやっと人を好きになれたのに邪魔する者なんていないほうがいいからね」
クィンさんがまさかのディルク強火担!
「モカ様。これらの処分は我々にお任せいただけませんか! 決して今後このようなことがないよう、もしすればどうなるかを周知いたしますから!」
ゲイル団長の謝罪の前で、団員さんたちは消火しようとしているが一向に消えず、徐々に彼女たちにその火は近付いていく。
「本当かなぁ? こないだは宰相の娘と伯爵家、子爵家、男爵家。その前にも侍女や文官がママのことを悪く言っていた。騎士団の人間も言ってるんだよ。ママのこと娼婦のようだ、団長があんな簡単に騙される人間だと思わなかったとか」
その瞬間、どこからか怒気が籠もった魔力が飛んできた。鈍感な私にですらわかるんだからもちろんみんなもわかる。みんなが一斉に見たのは、殿下だった。
「モカ様。すべて私にお任せください。先ほどの発言、到底許容できるものではございません。他の件も一斉に調査し、バナード王国王太子として正式に処理させていただきます。ですので、この場はなんとかお収めくださいませんか」
「ママもそれでいい?」
「え、ええ! も、もちろん!」
動揺しまくった吃った返事をしてしまった。ここ大事だった気がする。シュルシュルと狼サイズになったモカを抱きしめていると、クィンさんが同じように視線をあわせる。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。こんなことしかできなくて申し訳ない。僕が送ればよかったな」
「それは違うわ。護衛がいてもいなくても同じことは起こったと思う」
「トワ様、ここにいるべきではありません。早急にご自宅へお戻りください。クィン、送って差し上げろ」
周りを見ると、炎が消えた代わりに、難癖をつけた人たちは騎士に囲まれ連行されていく。最後まで文句言っている人の声で聞こえたのは、ディルクと似合っていない、だ。残念ね、そんなこと言われなくても自分が一番わかってるわよ!
クィンさんの、行きましょうという声にゆっくりと歩き出す。アナにもずいぶんと心配をかけてしまった。というかアナには心配か迷惑しかけていないような気がして、それのほうが落ち込む。
妹のように可愛いのに、私の侍女なんかに選ばれなければこんなことに巻き込まれなかったはずだ。
一度今後どうしたいか確認しよう。ディルクと付き合う限りは、これからもこんなことはあると思う。いまの私は、国を出るのは変わりないけれど、ディルクと別れるつもりもないのだから。
「モカにはいつも心配ばかりかけてごめんね」
「ママはなにも悪くないでしょっ!」
「そうだよ、トワさんが謝ることは全くない。むしろ堂々としていて。トワさんがそんな女性ではないことは我々が誰よりも知っているんだから」
「クィンさん……」
「ディルクの恋人は僕にとっても大事な人で守るべき相手に含まれる。だからもっと僕たちのことを頼って欲しい。今日みたいなことがこれまでもあったんじゃない? でも一度も護衛陣を頼ったことがないはず。これは、護衛する側にとっては恥に近い」
「でも、私が聞き流せばいいだけのことだから」
「それがダメなんだよ。いいか、男は頼られたい生き物だ。恋人なら尚更。しかも相手は騎士なんだよ」
「あの、お言葉ですが、その恋人が攻撃特化型の場合は被害を考えると難しいかと」
「何もしてくれない恋人より断然いいじゃないか」
「それは、そうかもしれないけど」
「モカ様からもその点、しっかり言い聞かせてくださいね?」
「何度も言ってるんだけどねぇ」
「私的には、モカを筆頭にみなさんに頼ってるつもりなんだけどな」
「足りません。全ッ然足りません。殿下がああ言っても隠れてやる馬鹿はいるはずだ、馬鹿だからね。だからそのときは必ず頼ること! わかった?」
「う、は、はい」
なんで私、こないだから説教ばっかり受けてるの!
言いたいことはわかるんだけど、これ以上ってどうしろって言うのよ。きっと世間の長女は私みたいな頼り下手人間のほうが多いはずよ。
「なにか?」
「いえ、なんでも」
ジトッと見てしまっていたのがバレたのか、その視線にクィンさんが気付く。
「着いたよ。明日もくれぐれも気をつけるようにね」
「はい、わかりました。本日はご迷惑おかけしました。ありがとうございました」
クィンさんは、モカをひと撫でしてから帰っていった。その背中はどこか怒りを感じる。
「はぁ……疲れた……」
ソファにぐでっと座る。本当ならベッドにダイブしたいところだが、晩ご飯にお風呂がある。それに、アナにも入ってもらっているから話をしないと。
「ねぇ、アナは私たちとこのままいて大丈夫なの? というか今までなにか嫌がらせとかされていない?」
「私は問題ありません。本当です! それに……」
アナが言っていいのか分からないのか戸惑って言葉を口にするのをやめてしまう。私は続きが気になるから、続けるようお願いする。
「その、別宮で働いている者の間では、トワ様とモカ様はとても人気があるのです」
「ボクたち?」
「はい。直接言葉を交わすことは滅多にありませんが、目が合えば会釈してくださいますし、偉ぶられることがありません。特にトワ様は、女性の間では同情もあり人気があります」
「同情? ああ、異世界から来たってことで?」
「いえ、その……女性嫌いな団長様が、もし女性を好きになった場合、とても重そうで大変だと以前から言われておりまして……」
アナが言いづらそうに顔を下に向ける。なるほど。
「そうなのよ! わかってくれる人がいて嬉しいわ! 嫌われていなければ、女子会したいぐらい語りたいわ」
「嫌な気になられていませんか? それに女子会とは?」
「なるわけないよ、事実だもの。女子会は、その言葉の通り、女性だけで仕事や家庭やお金や恋愛のことを喋ったり食べたり飲んだりすることよ」
「ママは日本にいた頃はよく呼ばれてたよね」
「うん、楽しかったなぁ。でもこっちでは誰も知り合いいないからなできないな」
「はいっ! 私、参加したいです!」
「アナが?」
「はいっ、許可が下りれば同僚も誘います! みんな、トワ様とモカ様とお会いしたい者ばかりですので!」
でも自宅が見えない人たちだったんだよね……見えない者は全員悪意があるってわけではないだろうし、殿下の許可が下りれば大丈夫かな?
「集まってくれると私も嬉しいけれど、本人に聞く前に一度その人物リストを殿下に見せてもいい? 一応私の後見人の立場の人が殿下だからさ」
「もちろんです! ですので、このままお側に仕えさせてください、お願いします!」
「でもアナには迷惑と心配しかけていないでしょう。本当にいいの? 私はすごく嬉しいけど、もしもう無理だってなったら正直に言ってね?」
「はい! そんなことは絶対あり得ませんけれど、もしそうなったらお話します」
「うん。じゃあ、お腹空いたし、カツ丼食べよっか!」
「わーい!」
「カツ丼?」
「こないだとんかつ食べたでしょ? 残りを冷凍してあるの。それを使った別の料理だよ。一緒に作ってみる?」
「よろしいのですか? ぜひ!」
「じゃ、早速作ろっか!」




