SS 賄い長の場合②
「お待たせして申し訳ありません!」
そう言いながら調理場にやってきたトワ様はなぜかカルド団長を引っ張るようにして歩いてきた。それに驚いたのは俺だけじゃなくて、別宮の料理長に双子、殿下もだった。
「お前たちはなにをしてるんだ……」
トワ様は進んで行きたがらないカルド団長を何とか引っ張って連れて来たのだという。そのカルド団長は双子を見て「ロキ、ロク。楽しみにしておけ」と言った。双子は「嫌だー!」と声を揃えていたが。
双子はモカ様の退屈対策と称して、夜の特訓らしい。そこに魔力発散のために殿下も参加される。ということはカルド団長も参加しないわけにはいかないわけで。
渋々という言葉がぴったりのカルド団長は、双子をしごくためにも行くことにしたらしい。トワ様の頬に口付けてから出ていったのだが、俺、いま幻覚見てる?
「……あれ、本当にカルド団長?」
「本物、でしょうかね……」
俺たちの困惑を見てとったトワ様が「ほんとすみません!」と謝るが、当のトワ様は照れた様子もなく、こういうことに慣れているのだろうかと驚いてしまった。
「うーん、やっぱりお醤油がないのかぁ」
トワ様は様々な調味料が揃うこの厨房においてもやはり普段使っている調味料がないのだという。一番使われているものはこれだとソースを出せば、ものすごく渋い顔をされた。なんだ、このソースに恨みでもあるのか。
「この国は食べ物で有名なものはありますか?」
「うちは魔道具しかありませんからねぇ」
「強いて言うなら果物でしょうか」
「……なるほど、それならデザートは一品できます。でも料理となるとなんだろ。お米もパンもないし……」
「パンならありますよ?」
そう答えるが、トワ様が持ってこられたパンとは全然違っていた。双子が最初に食べたという、ぶたにくとたまねぎの甘辛炒め、と、たまごやき、というものもいただいたがなんだあれ。あんな味は俺たちには絶対出せないものだ。トワ様曰く、調味料が違うだけだというが、食感も新鮮さも何もかも違っていた。
「あ、玉子焼きならできるか。ピザもワンチャン……かんすいはないだろうし……」
ワンチャン? なにかのレシピだろうか。かんすいとはなんだ。別宮の料理長と顔を見合わせ首を傾げた。
「あの、お二人はこんな魔法使えますか? 早く冷やしたり早く乾燥させたり、時間経過的な」
「それなら家庭魔法の範囲だから問題はないが……」
「よし! では簡単なもので申し訳ありませんが、調味料が限られていますし、特に料理上手なわけではない私にはこれが限界です。この4品でいきましょう。これを応用すれば、レパートリーはもっと広がるはずです」
◇◇◇◇
「ママー、お腹減った!」
「めっちゃうまそうな匂い!」
「これにあわせて軽くしか食べてなかったから余計にうまそうに見える」
「お疲れ様! 手洗いしたら席についてね。でも先に宣言するけど、組み合わせめちゃくちゃだからね」
言われた通り作っていくと見たこともない料理が仕上がっていた。トワ様曰く、玉子焼きにピザ、鶏肉の野菜巻きソース風味と、デザートの果物ゼリーだ。ちなみにピザは、こちらの固いパン生地をかなり薄く引き伸ばす作業があってなかなか大変だった。
「この、鶏肉の野菜巻きソース風味というものは初めてですね! めっちゃうまい!」
「私は、玉子焼きというものが好きだな」
「やっぱりオレはピザかな。前と味も違ってうまい」
「あ、モカはピザのチーズだらけになるから一緒に食べようね」
「俺がやるからトワは休憩したほうがいい」
「それそっくりそのまま返すわよ。あの、賄い長さんと料理長さんはいかがですか。メニューに出せそうですか? あ、でも別宮は無理ですよね。殿下には庶民的過ぎますね」
いやいや、めちゃくちゃうまいからな?
俺も料理長も無言で食べてるのがその証拠なのに気付いてないのだろうか。別宮では出せないと思ったのか、やってしまったと顔に書いてあるトワ様が娘のように可愛く思えて思わず頭をぽんとしてしまった。
……やべぇ……と気付いたときには時すでに遅し。冒険者やってた頃によく感じた殺気が目の前から放たれた。
「い、いやっ、これはだな!」
「賄い長、俺と外で話しましょうか」
「ママ、顔真っ赤だよ」
「ふはっ、トワ嬢の好みは変わらずか!」
「ちょっ、殿下!」
赤くなったトワ様を殿下がからかいながら、双子や聖獣様までもがいじっている。ただ一人明らかにいつでも刺す準備ができているような人間がいるが。
「きみはどうやらトワ様の好みのようだな?」
「そう、なのか? 恋人があれなのに?」
料理長にそう言われるが、彼女の恋人はカルド団長で俺とは正反対にいる男だ。なにがどうしてそうなったというレベルで違う種類の人間だぞ。もしかして、最初からカルド団長はそれを知っていて俺を見る目がきつかったのか?
「もうっ、私のことはいいからこのゼリーも食べてください!」
「トワさんてマジで顔に出ますよね」
「そもそもお前たちがトワの料理のことを話していなければこうはなっていないがな」
「でも食堂で少しでも異世界料理が食べられるならありがたいじゃないっすか! ね!?」
双子は危機を察知しているのだろう。目が、そうだと言えと言わんばかりだ。だが実際そうなので、頷いておく。
「あ、このゼリーはディルクは食べなくて良いよ」
「なぜ」
「甘い物好きじゃないってクィンさんが言ってたもの。あのときも食べるって言い切ってたけど、無理する必要ないわよ」
「食べる」
カルド団長は味や食材にも一切興味はなく、文句ひとつ言われたこともない。甘い物が苦手なのはなんとなくわかる。時々出すデザートをほかの団員にあげているのを何度か見たことがあるからだ。それなのにいまは食べる食べないの言い合いをしている。今日の俺はずっと幻覚のなかにいるようだ。
「トワ様は噂とは随分違う方でしょう」
別宮の料理長がその様子を微笑ましげに見ながら話す。
「ええ、俺も噂を信じていたので双子にも怒られました。そして、実際お会いして全くのデタラメだということがよくわかりました」
「そうでしょう。あの方々は別宮では評判が良いのに一歩外へ出ると全く違う評判になっている。殿下もあの方々といるととても楽しそうでいらっしゃるのです。カルド様がどこまでご存知なのかはわかりませんが、我々別宮の使用人はあの方々の心ごと守ってほしいと陰ながら見守っているのですよ」
噂は所詮噂。俺もこれからは彼女自身を見ることにしよう。あ、もちろん娘を見守るような気持ちってことだからな?
こうしてトワ様が発案されたこちらのものを使ったレシピは、寄宿舎の食堂でも話題となり、関係のない人間も押し寄せようとするぐらいには大人気となったのであった。




