SS 賄い長の場合①
「あぁー、トワさんの料理が食いたい……」
「言うな。俺だって思ってるんだから」
とある日、有名な双子騎士が騎士団寄宿舎の食堂で項垂れているのを発見する。この二人は騎士として有能なだけでなく、性格に裏表がなくからっとしているためみんなからも好かれている。
そんな奴らが言う、トワさんとやらは先日、聖獣様と召喚されたという異世界の女性だろう。噂によると全く女性に興味を示さなかったカルド団長が骨抜きにされている魔性の女性だとか。そんな女性が料理だと?
「おい、詳しく教えろ」
「うげっ」
「賄い長!」
こいつらは俺が冒険者として現役だったときに何度か会ったことがある。怪我のせいでなぜかいまは騎士団寄宿舎の賄い長なんてやっているが、それは騎士相手だから屈強な人間でまだ料理ができるというだけで選ばれた。
「トワさんてあれだろ? あのカルド団長を夢中にさせてる黒髪の魔性の女だろ? 元娼婦だっけ」
二人揃ってガタッと椅子の音を立てて立ち上がったと思ったら、俺の首根っこを掴みやがった。
「トワさんはそんな女性じゃない! 全くのデタラメだ!」
「絶対に団長の前で言うなよ。マジで殺されるぞ」
「ついでに聖獣様にも殺されるよ」
双子以外の第三の声に振り向けば、ほかの騎士団員が数名いた。
「おれたちは料理は食ったことないけど、中庭での特訓後に蜂蜜レモン水というものをよくいただくんだ。本当は会話しちゃいけないのに、気さくだし分け隔てなく接してくださる。そんな人じゃない」
ずいぶんと騎士団員に好かれる女性のようだ。でもまぁこの双子がこんなになるならきっとこっちが事実なんだろう。団長を取られた女の僻みの噂ってことか。
「悪かったよ。もちろん団長には言わない」
両手を挙げて降参ポーズを取るとようやく解放された。若いってのはいいねぇ。
「それで? その女性の料理ってのは異世界のものか」
ぶすっと座る双子の前に腰掛けると「そうだ」と頷く。
「どんなものなんだ? こっちとは全然違うのか」
「全然違う。卵料理ですら違った。焼いて食うだけの俺たちとは雲泥の差があるな」
「へぇ。それはぜひご相伴にあずかりたいが、難しいだろうか」
「団長がこの男所帯に来させるとは思えない。かといってあの家に入る許可なんてもっとおりない」
「特に賄い長は絶対会わせてもらえないよ。だから諦めて」
「えぇ、どういう理由なんだ。お前らだけズルいな。俺がここでそのトワさん、トワ様の料理を再現できればいつでも食うことができるのはお前たちなんだぞ?」
「そう言われても無理なもんは無理だから。オレらがトワさんのところに行く方が早い」
ところが、この数日後、思わぬかたちでそのトワ様と出会うことになった。
「モカ、ここどこだと思う?」
「なんとなくだけど、王宮とは違うような」
「やっぱりそうよね!? どこで間違えたんだろ。王宮の殿下のところへ行くだけなのに……」
王宮へ食材申請に向かう途中、道端で頭を抱えた黒髪の女性と白い生き物がいるのを偶然目撃した。あの組み合わせはどう見てもトワ様と聖獣様で、どうやら迷子になっているようだった。そこで俺はチャンスだとばかりに近づいてみた。他の奴らは遠巻きにしていたが。
「どうかされましたか」
そう後ろから声をかけると、振り返った視線は警戒を含みながらも目を丸くしていた。え、俺、なんかした?
「あ、じっと見てしまって申し訳ありません!」
そう頭を下げる彼女から視線を聖獣様に下げれば、聖獣様はどこか呆れたようにトワ様を見ていた。
「いえ、それは構いませんが。迷っているように見えたのですが、俺で良ければご案内いたしますよ」
「あー、迷っていたのは事実なんですけど……」
これは一応、警戒しているんだろうな。そこで俺が騎士団寄宿舎の賄い長であることと、あの双子の知り合いだと説明した。双子と彼女は仲が良いようだから警戒を解くにはもってこいだろう。実際、彼女は納得し、聖獣様と頷きあっていた。彼女はリオレス殿下に用事があったらしく、護衛も侍女もつけずに王宮に向かう途中で迷子になったようだった。
リオレス殿下ならちょうど俺も用事があったから一緒に行くことにしたんだが、この女性のどこが魔性なんだ? むしろよく動く表情やわかりやすい感情が、彼女をずいぶんと幼く見せていた。
なるほど、カルド団長は貴族女性が特に大嫌いだからそういった部分がないこの女性に惹かれたのかもしれない。
「そうだ、実は双子からあなたの料理がものすごく美味しいと伺ったんです」
「そんなことを? 至って普通の家庭料理ですよ。嬉しくは思いますけれど」
「あの双子はいつもママの料理狙ってるよね」
「料理のためにいろいろ手伝ってくれてるもんね」
「その料理、俺に教えてくれませんか?」
「え?」
「騎士団は知っての通り、質より量なんです。だから大味というか焼いて食うみたいなのじゃないと奴らも食わなくて。でもトワ様の料理は全然違うとあの双子が言っていました。今日も食べたいって項垂れてましたよ」
「あーそれは嬉しいんですけど、料理をお教えするのはどうかな。許可が必要になるかと」
「それならついでにリオレス殿下に聞いてみましょう」
「え、本気?」
「本気も本気」
にかっと笑うとトワ様が赤くなった気がした。もしかして、男に初心なのか?
「トワ?」
執務室前に到着したら、ちょうどいまから執務室に入ろうとしていたリオレス殿下とカルド団長と遭遇した。カルド団長はすぐさま彼女の元に歩み寄り、聖獣様にも挨拶している。おい、殿下は放っておいていいのかと思ったらその殿下も近づいてきた。
「ママひとりじゃ辿りつけなかったね」
「思っていた以上に執務室が遠かったわ」
「トワ嬢とモカ様だけで来たのか」
「そうです。それで迷っていたところを賄い長さんに助けていただきました」
視線が一斉に集まるのを感じ、臣下の礼を殿下に取った。カルド団長が俺を見る目が厳しいんだが、なぜだ? いつもは興味すら示さないのに。
「だから俺がいるときにすればいいって言っただろ」
「せっかく許可が出てるんだから1人で動きたいんだって言ったでしょ」
「それで迷惑かけてたら意味がない」
「うぐっ」
「あの、迷惑だなんて思ってませんから問題ありませんよ。ちょうどリオレス殿下にこの書類をお渡しするついででしたし。なにより実はトワ様のことでお願いしたいことがあったんですよね」
カルド団長が女性と話しているのを初めて見た。これはかなりレアなんじゃないか? それに、トワ様がカルド団長に言い返してることに驚く。ただなぜかますます俺に対するカルド団長の視線がきつくなる。こんな美人に睨まれるのもたまには悪くないが、なぜ睨まれているのかが全くわからない。もしかして、双子が言っていた俺は会わせてもらえないというのと関係があるのか?
「トワ嬢、事情を説明してくれ」
そこで俺が一通り説明すると、カルド団長が「あの双子しごいてやる」とぼそっと呟いたことに対しては黙っておこう。
「トワ嬢の蜂蜜レモン水は別宮では出しているが、それは寄宿舎では?」
「いえ。ただ、中庭で散歩訓練に参加している者たちは飲んだことがあるようです」
「そうか。根本的に味付けなどが違うからな。こちらで再現できるかどうかは私にも判断できないな」
「そうなんですよねぇ。調味料が違うのかないのかのどちらかだと思うんです」
俺は食べたことがないから何とも言えないが、殿下がぽんと自身の手を叩いた。
「そうだ。今日の職務後、うちの調理場へ賄い長と来たらいい。もちろんトワ嬢も。そこにはすでにうちの料理長がいるから、トワ嬢は同時に教えることができるだろ」
「私がこれまでお出ししたことがあるものって私の世界の調味料ありきのものですよ? なければそこで終わりですが、それでもよろしいのですか」
「構わん。私が許可しよう。別宮ならディルクも問題ないだろ。モカ様も問題ありませんか」
「大丈夫だよ」
「じゃ、決まりだな」
殿下の発案でトワ様から料理を教われるのは嬉しいことだが、如何せん美人な男からの圧がきつい。これまでのどの魔物よりもプレッシャーがあるわ……




