43話 真実
お茶淹れてくるからとソファへ座ってるよう促す。なんだか戸惑っているようにも見えるのも珍しい。皆がいるときは普通だったし、買い物中も楽しそうだった。私のミスも笑っていたし。そうだ、この件は殿下にクレーム入れないと。
「ディルク、ゆっくりしていってね! ボクはちょっとお出かけしないといけないから、また明日ね!」
「え、モカ様!?」
シュルルッといつかのようにあっさりと消えたモカをキョロキョロと探す彼もこれはこれで可愛いが、よし、話をしようではないか。
もらった花茶を入れてテーブルへ置くと、彼はなぜか落ち着きがない様子だった。ソファに座る彼にもっと端に寄るよう促す。彼の顔が、絶望したような色に染まった。不憫だけど、面白い。
「はい、どうぞ」
膝をポンポンと叩くと、ディルクは呆然とした顔で私を見た。どんな顔をしていても整った顔立ちは崩れない。
「お茶入れたけど、それどころじゃなさそうだし。先にこっちかなって。……いらない?」
私が言い終える前に、弾かれたように彼の頭が膝に乗った。耳の端が、みるみる赤くなっていく。膝の上でただの震える少年のようになっている姿が愛おしい。私はそっと、彼のさらさらとした髪を撫でた。
「なにかあった?」
「え?」
「まだ知り合ってそんなに経っていないけど、今日みたいなこと、これまでだったら気にしていなかったでしょ? でも今日は違ったから」
彼は、息を吐いたあと、自分の目元を片腕で覆った。
「……昨日、夢を見たんだ」
「夢?」
「そう。俺たちは一緒にいたはずなのに、横を見るとあなたがいない夢だ。きっとあなたがここを出ることと、あなたを置いて討伐に行くことへの不安でそういう夢を見たんだろうけど、夜中飛び起きた。朝、横にいて安心したけど……」
「……した、けど?」
「いまも不安で仕方ない。あなたは自分では気付いていないかもしれないが、月を見ている時はいつも心がここにない表情をしている。まるでどこか遠くへ行きそうな……。それに今日のことも重なって、無理させてるんじゃないかとか傷付けたのではないかと」
そういえば、前にもそんなこと言われたことを思い出す。あの時も怖かったと言っていた。
「ちゃんとあなたのもとに戻るって約束したでしょ」
私はそっと、彼の髪を撫でた。
膝の上から、小さく息を吐く音が聞こえる。
「……ごめん、情けなくて」
膝の上で、声が震えている。
「こんなあなたを知ってるのは私だけなんでしょ?」
「もちろんあなただけだ」
「ふふ、嬉しいから構わないよ。私だってあなたに甘えてるんだからお互い様じゃない」
彼は納得いかないように「あなたは甘えてはいないだろう」と呟いたけれど、私は構わず話を続けた。
「あのね、さっきの話だけど……私の世界は月がひとつだけなの。だからふたつも並んでいるのを見ると、ここが異世界なんだって、現実を突きつけられる」
「……ああ」
私の指に絡まる彼の髪を弄る。ディルクは何も言わず、私の空いた手をぎゅっと握り締めた。
「私ね、こっちへ来てから弱くなった気がするの。日本にいたときは大人になって泣くことなんてほとんどなかったのに、こっちへ来てからは余裕がなくて、考え方もマイナスになって、あなたたちの好意にも裏があるんじゃないかとか疑ったりもして。こっちはまだ現実を受け入れられていないんだから放っておいて欲しかったの。それなのに護衛はやめてくれないし、一人になることも許されないし、なんなんだって何回も思ったし、モカがいなければ今頃どうなっていたか分からないわ」
空いている手がぎゅうっと握り締められる。
「あなたが好きだって言ってくれた時も信じられなかった。でもね、本当はその時にはもう、私もあなたのことが好きになり始めてたんだよ」
「え……」
「そりゃそうでしょ。その顔で初日からこっちが動揺する行動しかしないし、何言っても離れてくれないし、さり気なく気遣いしてくれるし、優しいし。でも、魔力の繋がりが理由かもしれないって疑ったの。それに、言えないことが私にはまだまだあって……だから素直には答えられなかった」
痛いくらい握り締められたけど、私も握り返す。
「もし、もし私が突然来たように突然帰れたらどうなるか時々想像するの。一番に思ったのは自分のことじゃなかった。私が帰ったら、あなたはどうなるんだろうって。もし……私をきっかけに女嫌いが治って、いつか他の人を好きに」
「トワ」
「聞いて。もし、他の人を好きになったら嫌だなって思ったの。でもそんな勝手なこと言えないしと思って。私はここでは自分はずっと異分子だと思ってたから、早くここを出て自立したかった。私の居場所はどこにもないと思ってたから。だから、あなたが私を受け入れるって言ってくれたことが本当に救いだったの。いとも簡単にそう言うんだもの。一緒にいたいと思っているのはあなただけじゃないのよ」
「……それならどうして国を出るんだ。ずっとここで一緒にいればいいだろ」
むすっと拗ねた子供のような言い方に、私は思わず笑って髪をわしゃわしゃとかき回した。
「これは本当は言うつもりはなかったんだけど……」
彼の眉がピクリと上がる。
「私とモカは、最初の一年間に3回だけ元の世界に帰ることができるの」
「え?」
「創造神様がね、ちゃんと家族とお別れするチャンスをくれたのよ」
「……お別れ?」
彼は膝から起き上がり、続きを待った。
「あなたが私が消えそうだと言うけど、私は知ってるの」
「何を」
「私は帰れない」
「え?」
「その3回が終わるともう元の世界には帰れないの」
彼が望んでいる答えのはずなのに、彼のほうが傷付いたような顔をしていた。
「モカがね、聖獣でしょう? ああやって時々お出かけするの。姿を消すときは別次元にいるんだって。そこで今の私が、元の世界でどうなっているのかも神様にも確認してくれて教えてくれたの。ここへ来たのも自分のせいだと思っている子だし、モカが悪いわけじゃないのに何度も謝ってくれて……。ごめん、ずっと黙っていて」
「いや……俺こそごめん、ひどいこと言ってた」
「ううん。それでね、私はここに残ってもいいって言われたんだけど、モカを一人にする気はさらさらないから、あなたに話して理解してもらおうと思ったの。どうしても国を出る必要があるのは私がここに来たことで、何か別の運命が動き出したみたい」
言葉にすると、改めて実感する。
私がここにいることの意味。私にしかできないこと。
「それを突き止めるには、この国を出なきゃいけないの」
「もしかして……別れ話なのか?」
「なんでそうなるのよ、恋愛関係の運命はもうあなたでいっぱいです。ちゃんとあなたの元に戻るって昨日約束したでしょ。それがいつなのかは分からない。3日後か、3年後かはわからない。あなたの前から旅立ちはするけど、消えることはない。……少しは、安心できた?」
力強く抱きすくめられた。私もその背中に腕を回す。
「……話してくれてありがとう」
「私も頑張って強くなるから、あなたもそうなって」
「あなたのことになると、俺は自分でも驚くほど情けない男になる」
「そうやってお互い成長していけばいいじゃない。もういい年ではあるけど、なんとかなるでしょ」
「……そうだな。だが、何年も会えないのはダメだ。この1週間ですら離れたくない」
「お仕事なんだから頑張ってきてください」
「また悪夢を見たら?」
「うーん。そうねぇ、仕方ないから励ましてあげるわ」
「……トワ」
「ん?」
「口づけても?」
いつもは強引な彼が、許しを請うように聞いてくる。
「……いつも勝手にどこででもするくせに」
「いまはあなたに触れられるのが俺だけだと、許されたいんだ」
「……仕方ないわね」
私は彼の両頬を包み込んで軽く唇を重ねると、彼は驚いたように目を見開いた。もう一度近づいてきた温かな気配に、私はゆっくりと目を閉じた。
今夜の更新は、SSというには長い約2500〜3000文字ぐらいのお話を2本更新予定です!
ストーリーは進みませんが、別視点だからこそ見える二人の姿をお楽しみいただけると思います☺️




