41話 王都へ
当然のように一緒に眠った彼の拘束から逃れて、最低限の身だしなみを整えてから朝ごはんの準備をする。すっぴんは最初から見られているから気にしなくていいのは気楽だ。
庭は今日もキラキラと輝いている。大量の食材も問題なく用意できるこの状況に感謝を呟くと、草花が風もないのにわさわさと揺れて輝き出した。
「いまのは毎日なのか?」
「ひやっ!?」
すぐ後ろにいた彼に驚く。おはようと頬にキスをされ、重ねてねだられた。この人、実はかなりの甘えん坊なのかもしれない。ただ気になるのは瞳の色だ。寝る前は戻っていたのに、どこか仄暗い。
「私は今日初めて見たよ。モカに聞けばわかるかもしれない」
起きてきたモカに庭のことを聞くと「ママが喜んでくれたのが嬉しかったんだよ」とのこと。それならこれからもきちんとお礼を言おう。
「ねぇ、この格好で大丈夫? 若作りとか思われない?」
「可愛いよ。よく似合っている」
着て見せたのは、紺色の綺麗めシャツワンピース。化粧も一応したが、この美の塊のような人の前では無意味な気もする。彼は私が準備した黒のシャツにジャケット姿だ。三つ編みにした髪からピアスがよく目立つ。
「ママ、もうすぐ時間だよー」
玄関で待ち構えていたのは、蝶ネクタイの首輪をつけた大型犬サイズのモカだ。伸びるリードをつけるのを渋ったのはディルクだった。聖獣様にこんなことをしてはいけないらしい。生き物が怖い人もいるからとなんとか説得したが、ディルクは完全にモカの強火担だ。
「あ、ねぇ、今日の夕飯にロキ君とロク君を誘いたいんだけど。明日から遠征でしょ? 渡したいものもあるし」
そう話すと彼がピアスに手を当てて呟き出す。もしやこれが電話なのだろうか?
「これは魔聴機という魔道具だ。一定の魔力量の者だけが使え、国内であれば瞬時に連絡を取ることができる」
「へぇー! スマホみたいなものがあるんだ」
「双子が喜んで行くとの返事だった」
「良かった! 今日はモカもこっちへ来て初めて食べるものだよ」
「そうなの!? お昼もまだだけど、楽しみにしてるね!」
◇◇◇◇
「ねぇ、聞いていらっしゃる? お返事くらいいただかないと品格を疑われますわ」
「そのお洋服、団長様の隣に並ぶには随分と場違いだという自覚はおあり? しかもなあに、犬連れ?」
……うん、こうなるよね! 知ってた!
綺麗なドレスを着た令嬢が、心まで綺麗とは限らないわよねー。
『それにしても……来て早々疲れたわ……』
『本当にねぇ。ママが怒っちゃダメって言うから我慢してるけどいつまで続くんだろうね』
王都へ着き、まずはモカのお肉のお店へ向かった。そこで燻製肉を買おうとしたところ、たまたま見回りに来ていた第四団長さんと遭遇。ディルクと話があるらしく、少し離れたところで話し込みに行ってしまった。
私と離れるのを嫌がるディルクに「モカが結界張ってるから早く終わらせて」と言って送り出した瞬間、このお嬢様方に捕まったわけだ。
「あの方の隣には、ミリア様のような高貴な花こそ相応しいの。あなたのような雑草ではなくてね」
誰だ、ミリア様。知っている前提で話されても困る。
「トワっ、モカ様!」
離れたところからディルクの声が聞こえる。振り返ると、ディルクの後ろで団長さんも手を振っていたので頭を下げる。団長さんは一瞬驚いたのか手が止まっていたけれど、失礼だったのかな。
「あら、団長様。なぜこのような卑しい方とご一緒なのです? ミリア様がお聞きになったらお心を痛められますわ」
令嬢たちは果敢にもディルクに話しかけるが、腕に触れようとした瞬間、バッと振り払われた。
「うるさい、消えろ」
一切の温度を感じさせない、冷え切った声。何も映していない彼の表情に思わず息をのむ。アナが言っていた普段の女性への態度はこれか。神殿で見せた冷たさ以上だ。
彼は私と手を繋ぎ直すとそのまま店内へ入った。男性店主への態度は至って普通だ。買い物を終えて外へ出ると、今度はひときわ綺麗なピンクブロンドの令嬢が立っていた。ドレスも美しく、タレ目にぷっくりした唇に大きな胸と細い腰。私にはないものばかりを持つ彼女が、きっとミリア様だろう。
「カルド様。そのような平民と並んで歩いていらしては貴族の矜持が傷つきますわ。ぜひわたくしと——」
ディルクは誰だ?という顔すらせず横を通り過ぎようとする。その一瞬、彼女は私にしか聞こえない声でボソッと呟いた。
「この方は、未来の王を支える方よ。……せいぜい、ご自身の身の程をわきまえることね」
そのまま彼女は去り、取り巻きたちが「団長様は洗脳されているんだわ!」と騒ぎ出す。
それでもディルクの歩みは止まらず、私を乗せた馬車のドアが閉まった瞬間、彼は深く頭を下げた。
「トワ、ごめん。モカ様にもご不快な思いをさせてしまいました」
「ボクはいいけど、ママに対して酷いから許さないよ」
「それはもちろんです。許すつもりはありません」
落ち込んだ大型犬のようにシュンとするディルク。私が黙っていると、不安そうにこちらをうかがってきた。貴族社会の常識もわからないし、彼女たちの言う通りなのかもしれない。だって彼といる限り、これはずっと続いていく。それならいっそ——
「気分を害しただろう、今日はもう帰ろう」
御者に行き先の変更を告げようとする彼を、私は慌てて止めた。
「それこそありえないわ!」
「ママ?」
「だって、このままじゃ燻製肉選んで終わりじゃない。ふざけるんじゃないわよって感じよ」
「だが、俺といるとまたこうなる」
「そう、それならあなたは帰ったら?」
「トワ」
「こうなることは予想していたんでしょう? ならどうしてそんなこと言うの」
彼は自分の手に力を込め、ため息をついた。
「俺がどう言われようと構わない。だけど、俺のせいであなたやモカ様がバカにされるのがこんなに心に刺さると思わなかった。俺の判断ミスだ」
判断ミスって、ここで団長感出さないでよ。不安そうに揺れる彼の目を見つめる。
「あのね、思うことは色々ある。でも私は次いつ来られるかわからない今日を無駄にしたくないの。モカだって楽しみにしていたのよ? あなたは悔しくないの?」
「…………」
「もおっ! 今日は言わば私たちの初デート! そんな大事な日をめちゃくちゃにされて、このまま大人しく引っ込んでるのかって聞いてるのっ!」
彼の両頬を挟み込んで言うと、一瞬目を丸くしたあと、吹き出すように笑った。
「……そうだな。俺としたことが情けないところを見せた。二人が良ければ、いまからやり直しさせて欲しい」
「「そうこなくっちゃ!」」
それからはもう何言われようが気にせず楽しむことに集中した。手を繋いだら離してくれないし、隙あらば外でもキスしてくる。彼の行動のたびに周囲から悲鳴が起こったけれど、直接絡まれることはなかった。
欲しいものは買えたし、最後には楽しい一日として終えることができた。ただ、気になったのは今日の彼の様子だ。普段なら絶対言わないような弱気な発言。彼の中で何かが起きていることを、モカも気づいていた。
『ママ、ボクは今日ママの手紙を届けるために創造神様のところへ行くから、夕食後はディルクと一緒にいてあげて』
『モカ?』
『朝から魔力が微妙に揺らいでいたんだ。昼間のことがあって大きくなっている。ディルクのことはママにしかどうにもできないから、お願いね』
『うん、わかった』
月を眺めながら馬車に揺られていると、いつの間にか王宮に到着したようだった。辺りはすっかり暗くなっていた。




