38話 誓晶石
ピンポーン
私の緊張をよそに抜けた音のするインターホンが鳴り響く。
「……誰かも確認せずに開けるとは」
「モカが魔力でわかるもの。いらっしゃい」
「ああ、夜分に失礼する」
呆れた様子のディルクさんを見上げると、お風呂上がりなのか髪が下ろされていた。見るのは二度目なのにその姿は女神様ですかと言いたくなる。
「ご飯は食べたの?」
「ああ」
「それならお茶淹れるから座っていて」
「モカ様は?」
「ここだよー」
モカは縁側から部屋の中へと入ってくる。今日の夜から光り出している花があることに気付き、その確認をさっき二人でしていた。
小さな葉と小さな白くて可愛らしい花。光っていなければ一見見落とすぐらいの大きさだ。昼も夕方も全く気が付かなかったほど。
スマホでの鑑定結果は、とても貴重なシロツメ花というものらしい。最上級ポーションの材料になるとされているもので、普通はこんな所には生えない。
モカもこれには驚いたようで、このことはしばらく秘密にするため庭に対策を施してくれていたのだ。日々新しいものが芽生えるこの庭には驚かされてばかりだ。
「こんな時間まで庭仕事を?」
「倉庫の確認だよ。ママと一緒に見ていたんだ」
「孤児院に持っていくというものですね」
「うん、喜んでもらわないとね!」
「それは心配無用だと思いますよ」
モカにはホットミルクを置き、彼と私はホットはちみつレモンを置く。なぜか沈黙が流れる。
「ね、ねぇ、なにか渡したいものがあるって言ってなかった?」
沈黙に耐え兼ねた私が、そうだと言わんばかりに話を切り出す。モカと事前に話していたことを思い出すと妙に緊張してしまう。
「あ、ああ。これ」
テーブルのうえに黒の布袋を置く。それを開くと、長方形のビロード生地のケースが出てきた。彼がそれを開くと、細身のゴールドチェーンに一粒のしずく型の石が付いたネックレスが入っていた。その石はオーロラの輝きを放っていた。
「魔石? 綺麗だね」
「これは誓晶石という鉱物で、ダンジョンでドロップしたものだよ。これをつけていてほしい」
「うわー……」
モカの顔が少しひきつってる気がする。なんだろう、魔力的に良くないのかな。
「すごく嬉しいんだけど、付けていて大丈夫なものなの? モカの反応が微妙なんだけど」
「ママ、これは断ったほうが問題になりそうだからもらっておいて」
「ますますなんなのか気になるんだけど? ただの魔石じゃないの?」
「特別な石ではあるけど、悪いものじゃないよ。魔除けのひとつとしてもらっておいたら良いよ」
そう言うモカに、こくこくと何度も頷く。初めてそんな風に頷くのを見た私からすれば、怪しさは増すというもの。それでも、断るにはもったいないぐらい綺麗で可愛い。私が気に入ったことを彼も感じているのだろう。
「嫌でなければ、受け取ってほしい」
「嫌だなんて絶対にない。ありがとう、すごく嬉しい!」
「よかった。付けても?」
肯定の意味を込めて髪をまとめてくるりと背中を向けた。撫でるように付けられたネックレスにそっと触れる。
カッ
「えっ!?」
触れた瞬間だけ光を放ったことに驚いて手を離す。慌てて二人を見ると目を見張っていたからこうなることは予想外だったのだろう。もうこれが魔除けどころか魔寄せにしか思えなくなってきた。
「だ、大丈夫だよ、ママ。ママを持ち主って認めただけだから」
「あ、ああ。あなた以外には外せないだけだ」
この二人がこんなに動揺しているのは初めて見る。怪しいし、ますます怖い。
「……本当に? 付けていても大丈夫なの?」
「「大丈夫!」」
二人揃っての返事にますますジト目で見てしまうが、こくこくと何度も頷く彼らを見て、ふぅと息を吐いた。
怖いけれど、綺麗で気に入ったのは本当だ。もう一度、彼にお礼を言うと安心したのか彼も微笑んだ。
「じゃ、ボクは例のところへ行くからママはディルクと話をするんだよ」
「話?」
「うん、詳しくはママに聞いてね。近々国を出る予定のこととかねっ」
モカはシュルリと煙をまくように消える。言い逃げのように暴露しておきながら、この空気に置いてくなんてひどい!
「――トワ、いまのは本当か?」
魔王誕生してるじゃん!
◇◇◇◇
一方、消えたモカは――
「いらっしゃい、モカ」
「ただいま、ウィスティアード様。あのディルク、怖いんだけど!」
「私も見ていたよ、まさか誓晶石を持ち出すとはねぇ」
軽くダンジョンのドロップ品と言っていたが、実際は一生働かずに済むほどの価値を持つ激レア鉱石だ。
でも、二人が言っているのはそういう意味ではない。
誓晶石は、覚悟の象徴や両刃の祝福として一部の人間には知られている。誓いを守れる者だけを守る石、それは祝福というより、覚悟の証。決して、破棄・離縁・裏切りを許さず、それが生じた場合、不吉な結果を招くと信じられている石だ。
つまり、非常に重い。
「なんで、ママはあんな人に好かれたんだろ」
「あの浮気男だってそれはそれは彼女のことが好きだったようだからね。浮気相手にハメられた哀れな男だけど、そこまでの縁だったんだろう。それなのに、こちらにいた運命の男がまた激重という厄介な人間を呼び込む性質だね」
「ボクがあとで絶対ママに怒られる……」
「でもああ言わないとなかなか話し合いには進展しなかったと思うよ。ハルカちゃんは、覚悟はしていてもどこかで、話さないでいいならいいかぐらいに思っていそうだったしね」
「ママは鈍いからなぁ。ディルクの魔力はママと相性抜群だけど、ママと会ってるときは揺らいでいることが多いから心配だよ」
モカは溜め息をつきながら、寝そべった。
「あのまま魔力の揺らぎをずっと放置すると魔王化が進むって判断したから言ったけど、本当に良かったのかな……」
「君の聖獣としての勘がそう言ってるんだから、間違いないよ。私としても魔王誕生なんて絶対避けなければいけない」
「ハァ……ママがうまく説得できるかなぁ……」




