36話 商品化
「なぜ私を呼ばない? 本来ならこの土地の持ち主の私が最初であるべきだと思うが?」
「それはごもっともなのですが、とてもお忙しいとお聞きしていましたので申し訳ありません」
「そんなことだろうと思ってはいたけど。私は面白いことが大好きなんだ。だから、これからは何か新しいことをするときはまずは私に知らせること。いいね?」
「善処します」
殿下は一呼吸してから組んでいた腕をほどいた。そのタイミングで家へあがってもらうと、皆と同じようにキョロキョロしながらリビングへと進んでいく。
その後ろに控えていたディルクさんと目が合う。
「すまない、とめられなかった」
「ううん。殿下はお時間ある時にって思っていたんだけど、気分悪くさせちゃったかな」
「いや、それは大丈夫だろう。ああ言ったのもからかうのが楽しいからだ。本当に腹を立てられていたら問答無用で処分されるお方だ」
「それはそれで怖いわね」
「殿下にはここのことは説明してあるし、楽しそうだから安心していい」
「……わかった。ありがとう。その分おもてなしするね」
一国の王子の気分を害したのかと内心ドキドキしていたけど、少しホッとする。ディルクさんはそんな私を見て「行こう」と私の肩を軽く押すように歩き出す。
「トワ嬢!」
「はっ、はい!」
殿下に呼ばれて慌ててリビングへと入る。殿下は家電のひとつひとつに説明を求めた。二階はまだ立ち入り禁止だと説明すると次に興味が移ったのはアナが戻っていた作業室だ。
「これは、ベーベル商会に卸すつもりなのか?」
「買い取ってもらえるかまずは相談してもらう予定です」
「こんな高品質なもの買い取らないはずがない。むしろ高値がつくだろう」
そういえば、殿下は鑑定ができるんだっけ。私もスマホで一度してみた時は、《ルームフレグランス ラベンダー 癒し効果あり 最高品質》と表示されていた。サシェも同じだった。最高品質はきっと材料のおかげだろう。
「これは、君が作っているのか? 材料は?」
「布生地は元々持っていた余りものです。中の芳香剤に使っているのはそこにあるドライフラワーが主です。ドライフラワーの元は、いま皆が集まっている裏庭にあります」
「よし、案内してくれ」
裏庭へと続く縁側にも殿下は興味を示した。ここで裏庭眺めながらお茶飲んだり、モカがお昼寝すると伝えると、想像したのかほほえましい光景だと笑顔だった。
その笑顔の先に、薬草畑でなにやら物色している大神官長様、じゃがいもを掘り起こし終えたのかまた土をかぶせているモカと双子くん、トマトやブルーベリーの実を刈っているクィンさんを見て、少し呆けていた。
「君は、国有数の人材に畑仕事をさせている自覚はあるのか……?」
「私が命令したわけではありませんからね!?」
「それはそうなのだろうが……。それに皆が着ている格好はなんだ?」
「あれは私の国の服装です。もっと楽なものもあるんですけど、とりあえず汚れても大丈夫なものを差し上げました」
「私の分は?」
殿下は勢いよくこちらを振り返り、ディルクさんにも持っているのか確認している。
「一応ありますが……」
「私も着替えて参加しても良いだろうか?」
「え、殿下が畑仕事ですか? そんなことされなくても服は差し上げますよ」
「いいや、明らかにこの庭はおかしい。近くで詳しく見たい」
服は元々あげるつもりだったから構わないけど、王太子殿下にそんなことさせて良いのか不安になり、ディルクさんを見上げた。
「こうなった殿下はとめられないよ」
その一言で殿下にも着替えてもらうことが決まった。そのまま畑へ出るというので私はまた二階へ戻ることにする。もしディルクさんが寝るならベッドは小さいかもしれない。買い換えるならダブルサイズでいけるかな。
掃除機の音にアナがびっくりして二階に走ってきたりはしたけれど、それ以外は順調だ。
畑仕事を終えた男性陣のシャワー中にアナと一緒に軽食を準備することにした。アナは使用人専用棟の寮生活のため料理をすることはないのだとか。
「ママ―! お腹減ったぁ!」
ちょうど良い焼き加減のものが五枚できたところで、モカがダイニングに走りこんできた。モカに聖水をあげていると、モカの声を合図に着替えを終えたみんながぞろぞろとダイニングとリビングへと集まってきていた。お風呂にこれだけの人数が入れるわけはないので、出たあとは作業部屋へ集まっていたようだ。
「トワさん、あの蜂蜜レモン水でしたっけ。あれめっちゃうまかったです!」
「こうスーッと疲れが取れる感じがしました!」
「本当? よかった。いつでもあるからまた飲みたくなったら言ってね」
日本にいた頃から、庭仕事疲れのあと用に蜂蜜レモンを漬けて常備していたのが今回役に立った。これならこっちの材料でもできそうなんだけど、聖水がうちにしかないからその点をクリアーさせないと同じ味にはならないかも。
「それにさっきからすごくうまそうな匂いがしている」
クィンさんもダイニングへと来たんだけど、みんな、キラキラしすぎじゃないかな? 洗剤とかのCMに出れそうなぐらい爽やかな風が吹いてる気までしてきたわ。
「トワ様! なんですか、あのお風呂は!」
「私は風呂にあったものや風呂上がりの製品も気になるな。髪はさらさらになっているし、肌がもちもちしている」
続けて入ってきた大神官長様と殿下。大神官長様は黙っていたらイケオジなのだが、言動のせいで残念フィルターがかかっているにも関わらず大人の色気みたいなのが溢れていた。殿下に至っては、もうキラキラとしか言いようがない。プラチナブロンドは淡く光り輝き、美白だった肌がさらに透明感が増している。
聖水効果で私も肌は綺麗になっているはずなのに、元のスペックの差というものだろうか。なぜだ、同じものを使っていてもこうはなってはいない。さすがのアナも目を丸くしていた。今度アナも入れてあげよう。美少女に磨きがかかるはずだ。
「トワ、これは?」
いつの間にかアナと入れ替わり、横に立っていたディルクさんがオーブンを指さす。
「そうそう、皆さんにうちの庭のことで働いていただいたのでお腹減ってるかなと思って。でもよく考えたら夕食だってあるのよね。いらなかったかな」
「トワは騎士が食べる量を知らないんだな」
「そうっすよ! めっちゃ腹減ってるし、なによりこんなうまそうな匂いさせて食べるなって地獄です」
「オレも風呂もすげぇ良かったけど、この匂いに気付いてからはずっと腹の音が鳴っています」
「この双子は特によく食べるから、良ければ出してやってほしい」
「うん、私もせっかくだから食べてくれると嬉しいな。生地と一部のものは買ったものだけど、ジャガイモを揚げたものとかうちの庭で取れたものも使っているから回復もすると思うんだよね」
「では、いまできているこれを運べば良いか?」
カウンターに並べているのは、アナに保温魔法をかけてもらってラップしてあるピザだ。生地とチーズは購入したものだけれど、トマトやハーブなんかは自家製だ。すでに五枚焼いてあるが、あと二枚ある。それは、私とアナとモカ用だ。軽食なんだからピザ屋さんのLサイズに近い五枚があれば足りるだろうと思っていた私がばかでした。
「もうない……」
「早くない!?」
ロキ君のつぶやきに自分の食べる手をとめる。殿下と大神官長様はソファで、それ以外の男性陣はテーブルで食べていたのだけど、そのテーブルを見て驚いた。アナだけは殿下や大神官長様と同じ席というわけにもいかない。モカのお世話係という名目で、私と同じ追加の席に座ってもらっている。
「だってトワさん! これめっちゃうまい!」
「卵焼きとか豚肉がなんとかってのもうまかったけど、これヤバイです」
やはり若い子はピザやフライドポテトが好きなのだろうか。アナには今度デザートピザを作ろうかと誘うと、ぴくっと反応したのは殿下だった。それはなんだと聞かれたため説明したら、自分の分も作るように命令された。殿下は甘いものが好きらしい。
「トワさん、その時は僕も誘ってほしいな。なんでも手伝うから」
「え、クィンさんも甘いもの好き?」
「疲れた時には糖分が一番だよ。ディルクは苦手なはずだから誘わなくて良いよ」
「トワのものは全て食べる」
「好きじゃないものを嫌そうに食べられたらトワさんだって気の毒だろ。ねぇ?」
「えっと、まぁそうですね」
なんでそこ張り合ってるんだろ。その後も二人はちいさく言い合っていたが、ディルクさんの「絶対食べる」の繰り返しにクィンさんが根負けした。そしたら、他のメンバーも食べたいと言い出したため、またピザ会が決まってしまった。モカはチーズが口につくとすごく汚れるため、チーズがないほうが良いかもしれない。
「さて、トワ嬢。この庭のことについて話そうではないか」
片付けも終えて、帰ってくれるかなと思ったら、まさかの会議タイムが始まった。
いつ帰ってくれるんですかね……そう思ったことは秘密だ。
結局、会議は思いのほか長引いた。
商品化が決まったのは、ルームフレグランス、サシェ、傷薬、ハンドクリームの四つ。効能の確認とベーベル商会との兼ね合い次第だが、まずは試作からだ。孤児院への支援についても快諾してもらえた。
ひと通り話がまとまったところで、殿下が声のトーンを変えた。
「話は全く変わるが、良いだろうか」
その改まった様子に、私も姿勢を正す。
「明後日から、ディルク、ロキ、ロクは緊急遠征に出ることになった。約1週間だ。その間、君がもしどこかへ出かける場合は、ゲイル団長が護衛となる。なるべくなら室内、行っても神殿までにしてくれると助かる。その間の勉強は、大神官長がいつもの部屋へと来てくれる」
「そうなんですね、わかりました。ありがとうございます。あの、こんなこと聞くのは失礼だとはわかってはいるのですが、その遠征って怪我とかの心配はないんですか」
「もちろんある。だが、ポーションがある」
「でしたら、うちの薬も持って行ってくれませんか? もちろん無料で構いません。念のための保険という形で。使わないのが一番ですから」
「わかった、受け取ろう。感謝する」
「よかった、ありがとうございます」
知っている人ばかりだもの、なにかあったらと思うと心配になるのは当然だ。私にできることはしておこう。
「それで、俺が明日は休みになったから街へ行こう」
「えっ、いいの!」
思わず声を弾ませてディルクさんを振り向くと、彼もまた穏やかな眼差しで私の嬉しそうな表情を見つめていた。
「これから1週間休みなしだからな、あの双子も休みだよ」
「それは大変そうだね。あ、王都って先日いただいたカードで買い物できるんですよね?」
ディルクから殿下へ振り返ると、作業室に置いてある人が駄目になるクッション二つに殿下と大神官長様がぐでっとなっていた。
「……変わり身、早すぎません?」
「いけません、トワ様。このクッションは非常にいけないものですよ!」
「そうだぞ、トワ嬢。まさかこんなものを隠し持っていたとは!」
いや、別に隠してはいませんけれどね。仕方ない、お二人へのプレゼントリスト入りにしておこう。
「で、なんだって? 身分証だっけ」
「はい。先日のカードで買い物してみたいです」
「もちろん可能だよ。ぜひ使ってくれ」
そう言う殿下はどこか胡散臭い。にやっとわかりやすい顔をしているわけではないけれど、笑顔が嘘くさいというか。
それがなぜだったのかは後日知ることとなる。




