34話 裏庭
授業が終わったあとこのまま私の自宅に来て見てほしいものがあると話せば、先ほどの真面目なイケオジが残念イケオジにあっという間に様変わりする。
「え! あの中へ入ることが許されるのですか!?」
「大したお構いはできませんが、それでも良ければお昼ご飯もどうかなと思いまして」
「そんなこと気にしませんよ! 異世界を我々も感じ取れるということですね!」
「そう、なりますかね?」
「行きましょう! すぐ行きましょう!」
そんなに入りたかったのか。悪いことしちゃってたな。
アナに、モカたちを家の前に集めておくよう頼んでおいたから、今ごろ集合しているはずだ。
大神官長様が「さぁさぁ!」とぐいぐい後ろから押してくるので、私たちも急ぐことになった。
「あっ、ママ! お疲れ様」
「モカたちもお疲れ様! ロキ君とロク君が疲れているのはいつものことだけど、クィンさんも結構疲れてるね……?」
いつも爽やかなクィンさんなのに、今は双子君同様、頭や制服に草や土がついている。
「いや~こんなに動いたの久しぶりで。僕もディルクと一緒に討伐行かないと体の鈍りがひどいようだ」
「クィンさんはこんなこと言ってますけど、動きおかしいですからね?」
「そうですよ、トワさん。信じちゃダメですからね?」
「僕からすれば2人もすごいと思うけどね。ディルクは良い部下がいて羨ましいよ」
「ママ、お腹減った! お弁当!」
「あ、そうね。あの、皆さんにここに集まってもらったのは我が家へご招待したかったからなんだけど、この後の都合は大丈夫かな?」
「えっ! 待って、トワさん! オレら入れる前に団長は!?」
ロキ君が焦ったように身を乗り出してくる。ロク君やアナも同じ態度だ。
「彼は昨日招待したし、今日のことも説明してあるよ」
「はぁ、良かった! オレらが先に入ったなんて知ったらどうなることかと!」
「では、早く行きましょう! 私は待ちきれません!」
大神官長様の声を合図に、自宅のことを説明して入ってもらう。まず家が明るいことに驚き、皆ずっとキョロキョロしている。
アナが寄せ植えの花を褒めてくれたけど、正直、この子たち最近ちょっとおかしい。植えた覚えのない場所からまで顔を出して、勝手にどんどん増えているのだ。モカに聞けば知っているような顔をするくせに「次の土地に行ったら教えてあげる」の一点張り。まあ、深く考えても仕方ない。ここでは日本の常識なんて、とっくに通用しないんだから。
お昼ご飯は温めるだけだったんだけど、それでもいたく感動してくれた。双子君たちは毎日食べたいとまで言いながらおにぎり食べていたぐらい。
お米は、大神官長様に聞いても存在していないだろうと言われたから、この世界に広めるなら自分で育てるしかなさそう。小学生の頃、習ったはずなんだけど遠い記憶すぎて覚えていないし、農家業を簡単にできるわけないからこの世界に通用する代わりのものがあればいいんだけどな。
食後、歯磨きセットを渡すと、大量に欲しいとクィンさんとアナに言われる。個人で使う分にはあげるけど、人にはまだ見せないでとお願いしておいた。
「こっ……これはっ……!」
いまにも絶叫しそうなのは、裏庭を見た大神官長様。
「はっ! あんなとこに薬草畑がっ!」
「大神官長様、落ち着いてください。護衛の僕を押しのけるのもやめてください」
「これが落ち着いていられる状況ですかっ!」
「気持ちはわかりますが、トワさんもモカ様も若干引いてます」
クィンさん、そこは黙っておいてくれていいのよ。事実だけれど。
「一体これはどういうことなんです!? なぜこんなに効果が高く見たことがない薬草があるのですか!」
小走りの大神官長様についていくと、彼が指さしていたのはハーブ畑もとい薬草畑だった。香料アップ、美肌効果、うるおい成分、痛み止め……鑑定持ちのモカによればそんな効果がずらりと付いているらしい。聞いたときはそんなにすごいことになってたのかと内心ちょっと引いた。
一番謎なのは、私が取り損ねてただの雑草だと思っていたものまで薬草に変わっていることだ。だから私に聞かれても困る。
『大神官長様も鑑定が使えるのね』
『鑑定は珍しいはずなんだけどね。でも殿下のほうが高レベルだよ』
『あの殿下は本当にすごいねぇ』
「薬草も問題なんですけど、大神官長様にお力になっていただきたいのはあちらでして」
「あれは?」
「じゃがいもという芋です。生では食べられませんが、料理は様々な種類があり、腹持ちも良く美味しいものです。ですが、見ての通りとんでもない量になっていまして……それで、孤児院にあげてはどうかとなりまして。でもその前に孤児院は神殿の管轄下でしょうか?」
「そうですが、調理方法がわからないと……」
「それなら私が伺いますよ? 王都と王都の外れにひとつずつあるんですよね。1日で回れると聞いていますし」
「それ、許可とりました?」
「これからです! あ、でもディルクさんが殿下には話すと言ってくれていましたから大丈夫でしょう。私からもきちんと説明はさせていただきます」
「わかりました。こちらとしましては大変ありがたいお話です。殿下は孤児院の設立などにもご尽力されていますし、トワ様とモカ様のことですから無下にはされないと思います」
「そうであればいいんですけど。では、大神官長様からの許可はいただいているとお話しても?」
「もちろんです。ありがとうございます」
良かった、この国を出るとしてもなにかひとつぐらいお役に立ちたいもんね。種芋の作り方も調べないとだ。
「というか、トワさん」
横にいたクィンさんが、顎に手をかけながら裏庭全体を見ながら話しかけてきた。
「なにか気になることでも?」
「それを言われたらここの空間にあるもの全てになっちゃうけどね。この裏庭もそうだけど、さっきの食事もなにか特別な薬品や薬草かを使ってる?」
「あ! それ俺も思いました! めっちゃ疲れていたはずなのに、いますごく元気なんですよねぇ」
「やっぱり皆もそうなんだ? オレだけなのかと思ってた!」
「愛し子の力で、この土地の水も植物も特別になってるんだよ。だからママが作った料理は回復効果が自然とついているんだ」
「なぁんですって!?」
ぐわっと顔がつきそうな距離にまで近づいてきたのはもちろん大神官長様。クィンさんに首元を後ろに引っ張られている。この人、本当に一番偉い人なのかな……。
「だから残念ながら他で全く同じものを育てようとしても無理だよ。普通のより効果は高いけど、ここほど高いものは取れないと思ってもらえれば。料理も同じく、レシピだけ登録しても美味しいものは出来上がるけど、付与効果はない。ボクはママの作る料理はなんでも好きだから効果なんてなくてもいいんだけどね」
「オレもトワさんの料理、食べたいです! 効果とかそんなの抜きにしてめっちゃうまいし!」
「ありがとう、モカ、ロキ君。そういうわけなんですけど、それでも良ければこれからいろいろ開発したりなんかしたいと思っているんですけど、ご協力いただけますか?」
「トワ様は治癒魔法が使えたりしないのですか?」
「聖水と愛し子の影響はあるようですが、それは使えません。だから、聖女なんて大それたものではありませんから、そこは絶対に誤解なきようお願いしますね?」
「……ご本人がそう仰るならそうなのでしょう」
「はい、そうですよ」
こういう時はにこっととりあえず笑顔に限る。これ、めちゃくちゃ疑われているな。いざとなったら早々に逃げるしかないわね。




