32話 この世界について②
さすが騎士。体力が違う。あのあと彼は見事にじゃがいもキャッチを繰り返し、その後のハーブや薬草刈り、実をもぎる作業まで手伝ってくれた。
今日は午後勤務だという彼のためにお礼も兼ねていまは簡単なお弁当を作っている。と言ってもおにぎりと卵焼き、ほうれん草の胡麻和え、豚肉と玉ねぎの甘辛炒めに高級ウィンナー様だけだから足りないと思うんだけど、普段から食にも興味がない彼。なければないでも動けるらしい。
だんだんと彼の生活が心配になってきたわ。恋人より母親のようになるほうが先かもしれない。
「ママ、ボクのは?」
「もちろんあるよ。お勉強のあとに一緒に食べようね」
「早く勉強終わらないかなぁ」
「まだ始まってもいないのに気が早いわねぇ。モカは今日も双子くんを特訓?」
「うん。クィンも混ざりたいんだって」
「クィンがどうかしたのか?」
声がしたほうを振り返って、ぎょっとする。
「なっ、なっ、なんでっ、服着ていないのよっ!」
ディルクさんは庭仕事で汚れたこともあり、シャワーを使っていた。そのおかげでまた光り輝くディルクさんの出来上がりだ。ちなみに私は先にお風呂に入っているが、モカはやっぱり入らない。
で、その彼の風呂上がり。なぜか上半身裸。思っていた以上に厚みのある胸筋に、シックスパック……その下も割れてそうな……あ、ダメだダメだ。それ以上はダメだ。腕もゴツい。綺麗な顔とのギャップが凄まじい。髪も下ろしているからか、色気が凄い。着痩せするだけで、この人、ゴリマッチョじゃないの!
「シャツを忘れたから取りに来たんだよ」
ソファに置いてあった白いシャツを手に取った。その背中を眼福だなとチラチラ眺めていると、傷跡がいくつかあるのに気付く。
「いまも痛い?」
「ん?」
「その傷跡」
「ああ、これか。昔のものだから何ともない」
シャツを着た彼はそのままソファには座らず、台所へきて、私の横にピッタリと体を付けてくる。
私は、ビクッと反応してしまった。その反応に彼は、怪訝そうに眉をひそめた。
「これは、その嫌とかじゃなくて!」
「だが、今のは嫌なときや怖いときにする反応だったろ」
「だからそうじゃないってば!」
「では、なぜ?」
「……さっきの」
「さっき?」
「だからっ、さっきのあなたの体を思い出したからよ!」
そう答えた私に、ブハッと彼が堪らないといった感じで吹き出した。今日はレアな声出し笑いを何度も見てしまった。
「あなたが鍛えている人間の方が好みなのは知っていたが、こんなにも効果があるとは思わなかった。もっと早く見せておけばよかったかな」
そう言いながら彼は私の腰をぐっと自分の方に寄せる。菜箸を置いてから彼を押し返そうとするが、びくともしない。
「ちょっ、いまご飯作ってるから! モカもいるんだからね!」
「じゃあ味見させて?」
あっと思った時には遅かった。頬を撫でられたあとそのまま髪に手を入れて唇が重ねられる。最初は啄むようなものだったのがだんだんと深くなってくる。それと同時に魔力が流れ込んでくるのが分かって、頭もぼうっとしてきた。
「トワ、そんな顔されたら止まれなくなる」
自分の顔がどうなっているかはわからないけれど、確実にこれだけは言える。
「あなたのせいでしょ」
恨めしそうに見ても、本人はなぜか嬉しそうだ。
「そんなとろんとしたエ―」
バッと彼の口に手を当てて塞ぐ。
「余計なこと言うと二度としないわよ」
私の掌にキスをしながら見つめてくるそのタンザナイトの瞳には情欲が籠もっていて思わずそらしてしまう。
なんか欲情するところあった? ご飯作ってただけよ? 異世界人はこうなのか? 基準がわからない!
「はいっ! もう終わり! 今日は営業終了です!」
自分の手を彼の手から救い出し、彼にビシッと指をさす。人様を指差ししてはいけません。それは分かっている、でもきちんと言っとかないとね。
「料理中やご飯中は接触禁止! 仕事中なんて以ての外! これが守れないのであれば、ここにも入れないし、二度と触らせないからね!」
「……厳しくないか?」
「至って普通です」
「それなら俺からも条件がある」
「なんであなたからの条件が必要あるのよ」
「我慢の褒美が欲しいから。休みが合うときは俺との時間を取ること、食事を一緒に取れるときは取ること。いい?」
「……なんか裏があるんじゃないでしょうね?」
つい最近も、まんまと言いくるめられたばかりだ。あの時のことを思い出すと、素直に頷くのがどうしても悔しい。
「ないよ。好きな女性と少しでも長く過ごしたいと思うのは普通のことだろう?」
「……そんなこと言われたら断りたくても断れないじゃないの」
「交渉成立だな」
また自分のチョロさを発揮してしまいました。ハルカ改めチョロカに変えようかしら……。
◇◇◇◇
白シャツとスラックスだけの彼は、やっぱりどこからどう見てもモデルさんだった。あの格好のまま部屋まで戻っていったけど、大丈夫だろうか。廊下ですれ違う女性たちの視線が刺さる姿が目に浮かんで、ひとり苦笑いしてしまう。お弁当と洗濯カゴを抱えたモデルさん、なんて絵面はシュールすぎて、逆に誰も声をかけられないかもしれないけど。
お弁当を渡した時の彼は、子どものような顔をして、キラキラとお弁当を見つめていた。この世界にお米はないらしい。おにぎりを見た最初は「白い粒だな」なんて言われたけど、一口食べた瞬間に固まって、気づけば無言でどんどん食べてしまった。あの顔が見られただけで、作った甲斐があったなと思う。今度来るときは、いっそ晩ご飯も用意しちゃおうかな。こういうところがチョロいんだろうけど、喜んでもらえるというのはやはり嬉しいものだ。
「ママ。ボクはこのまま中庭にいるから、勉強終わったらマルセウスと一緒に出てきてね」
「あ、うん。わかった。クィンさん、ロキ君、ロク君、モカのことよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。今日は俺も参加できて嬉しい」
クィンさんは魔力量だけでも普通の騎士団で上にいける実力者だと聞いたことがある。それでいて神聖力まで持っているからと、あえて神殿付きの騎士になったらしい。——なるほど、道理で大神官長様の護衛に選ばれるわけだ。想像以上にすごい人だったんだ。
「モカ、怪我させちゃダメだよ。モカも怪我しないようにね」
「わかってるって!」
こちらへ来てからのモカは、スパダリなだけでなくだんだんとやんちゃ坊主のようになってきている気がする。本来の性を取り戻して元気があるのは良いことだけど、怪我はしてほしくない。
「トワ様、お時間です」
「あ、はい。そうだ、あとでアナにも見てほしいものがあるんだ。勉強のあと、時間大丈夫?」
「はい。もちろんです」
「良かった。あとで説明するね」
図書室の扉を開けるとすでに大神官長様が待たれていたので、遅くなったことを詫びて慌てて席につく。
今日は魔力などの基礎講座、各国の情勢なんかもまとめて教えてくれることになっている。
「早速ですが、トワ様は魔力がない国から来られたと聞いています。では、どうやって生活を?」
「魔力の代わりに電気や科学というものがありました。ガスもありますし、風力もあります」
「なるほど。では、魔力がどういったものか想像できますか?」
「いえ、うっすらとしかわかっていません」
「魔力というのは、一言で言えば何にでも変われるエネルギーです。形もなければ、熱さも冷たさもない。ただの力のかたまりが、人間の中や魔石の中に眠っているんです」
良かった、魔力は温かいとか馬鹿な答えをしなくて! 大神官長様の説明をノートに書きとどめていく。
「これ自体はただのエネルギーなのでそのまま外に出しても、せいぜい突風が吹くか、光がパチパチ弾けるくらいで何も起きない。攻撃もできなければ、料理の火も起こせない」
大神官長様がこちらがメモしている様子を確認してから一旦話を切ってくれる。目を合わせると話が再開された。
「ですが、この無色のエネルギーを道具に通したり、頭の中で強くイメージして呪文を唱えることで、初めて火や氷や雷といった形に化けさせることができる。家の魔導具に魔力を流せば、道具が勝手に生活用の火に化けさせてくれる。そして魔法使いが己の魔力を使えば、それを巨大な火球という攻撃の形に化けさせることができます。つまり、魔力はあらゆる魔法の原材料です」
「なるほど」
続けてノートに書き留めていく。こういう全く知らないことを勉強するのは楽しいものね。




