31話 お泊り③
翌早朝、けたたましく鳴る目覚ましを止めようと腕を伸ばす。が、動かない。腕も足もだ。金縛りかと思ったが、そうじゃない。モカでもない。これは人の重みだ。
視線を下げると、腕には違う腕が回され、足は絡めとられている。悲鳴をあげなかった自分を褒めたい。
なんとか片腕を伸ばして、目覚ましを止める。もうすぐモカも起きてくるはずだ。
ハッ、服っ! 良かった、服は着ている。昨日のままだ。
ほっと安心はするが、なぜ一緒に寝ているんだろう。しかもこれは彼用に買ったお布団だ。もしかして、あのまま寝てしまった?
「……ん……」
なんだ、その色っぽい声は。一瞬ゆるんだ腕から抜け出そうとするが、今度は彼の方に転がされ、また抱きしめられる。目の前には厚い胸筋。顔をあげれば、眠っていると少しあどけなく見える可愛い寝顔。でも、断言できる。
「起きてるでしょ?」
「……寝てる」
「もうっ、起きてるじゃない。放して、モカももう起きてくるからご飯の用意しないと。あなたも仕事でしょう?」
「……起きたくない」
ぐりぐりとモカのように頭をこすりつけて甘えてくる。駄々っ子か!
「ねぇ、どうしてこんな状況に?」
「覚えていないのか? あのまま昨日眠ってしまったんだよ。モカ様が見に来られてどうすべきか聞いたら仕方ないから特別にそのままここで眠ればいいと言われたからそのまま。誓って手は出していない」
「この拘束は?」
「それは不可抗力だ」
「あっ! もしかして、私また暴れてた? 最悪だわ」
思わず彼の胸板に顔を埋めてしまう。その弾力にニヤけそうになったけど、ここは堪えないと変態になってしまう!
「ハハッ。否定はできないな」
珍しく声を出して笑っている。そうやって笑っていると年相応の笑顔だった。顔が綺麗なだけでなく、笑顔まで可愛いってどういうこと? しかもいま朝だよ? 私の顔はきっとむくんでいて髪もぼさぼさで見せられたものではないはずなのに、なぜこの人は朝陽より眩しいわけ? 不公平だと思いながら、なんとかその腕の拘束を解く。
「数年ぶりに爆睡できた」
「数年? しかも私、暴れていたのよね? よくそれで眠れたわね」
「拘束してからは大人しかったよ。そこからお互いぐっすりだった」
「それならいいんだけど……あまり眠れないなら病院行くとかしたほうがいいよ」
「それよりあなたと眠るほうが効果的なんだが?」
「はいはい。早く起きるわよ」
適当にあしらったつもりだけど、内心バクバクで起き上がる。ちょうどそこにモカが起きてきた。寝ぼけ眼のモカにおはようと挨拶のキスをする。
「おはよう。ママ、ディルク」
「おはよう。モカはよく眠れた?」
「うん! ママに蹴られないからね!」
「フッ、ハハハッ」
「ちょっと! 私だって暴れたくて暴れてるんじゃないんだからね!? 大人しくモカ抱っこして眠りたいわよ!」
自分では寝相ってどれだけ動いてたかわからなくない? 朝起きれば寝た時と同じことだってあるし。これまでの彼氏と過ごしてきたときは、気が張っていたのか眠りが浅かった。そう考えると、モカだけでなくディルクさんには気を許しているということなんだろうか。
「それよりも、トワ。俺にもして」
「なにを?」
「朝の挨拶。昨日はおやすみの挨拶をモカ様にしていただろう。俺にもしてもらおうと思っていたのにそのまま寝たからしてもらえなかったし。よくモカ様にはキスしているだろう。ずっと羨ましかったんだ」
「しないって言ったら?」
「さぁ、どうしようかな」
これは絶対良からぬことを考えている顔だ。それならいま大人しくこの提案を受け入れているほうがマシな気がする。
「ほっぺだけなら」
「ん」
身をかがめて左頬を差し出してくる。彼の肩に手をついて触れているかわからないぐらいで離れる。ストンと足が地面についたところで、今度は私の腰が掴まれた。えと思い見上げると、私の頬にキスをする。しっかりと。
「良い朝だ」
ソウデスカ。私は朝から甘くて砂糖吐きそうですよ。
久しぶりに爆睡できたという彼は、聖水効果も相まって体の疲れも一切なくなっているらしい。聖水は疲れている人ほど効くのかもしれない。
同じものが飲みたいと言うからコーヒーを出したら、その黒さに眉間にシワが寄っていて面白かった。甘いものは苦手だという彼はコーヒーを気に入り、これも希望購入品リストに入れることが決定したみたいだ。
「これは、パンか?」
彼の目の前にはトーストしてバターを塗った食パンがある。自家製のブルーベリージャムは個人のお好みでとテーブルに置いてある。
「食パンていうパンだけど、こっちにはないの?」
「ないな。まずパンがこんなに白く、柔らかいことはない。こちらの平民が食べるパンは硬くぼそぼそしていて色が黒っぽい。王侯貴族のものは少しそれより柔らかい程度で茶色いものだ」
ハード系のパンみたいな感じかな。ポンペイ遺跡のパンなら見たことあるけど、この世界はそこまで古い文明でもなさそうよね。
「ママのジャムも美味しいんだよ」
モカの口回りは毎朝ジャムで大変なことになっている。彼のクリーン魔法に感謝だ。
「手作りなのか?」
「日本にいた時は稀にって感じだったんだけど、こっちに来て事情が変わったのよね」
なにせ刈ってもぎってを繰り返していても全然追いつかない。冷凍してヨーグルトに実をそのまま乗せたりもしていたけど、量が多いから結局ジャムになってしまった。聖水効果で、高級ジャムよりも味が良く抜群のものになっている。
「事情って?」
「それは後で散歩のときに説明するわ。あ、そういえば昨日制服を洗濯カゴに入れちゃったし、着替えないんじゃないの?」
「部屋に戻ればある」
「その恰好で出るのは問題でしょ。あとで用意するわ」
「すまない。それも買い取るから」
やはりどうしてもお金は出したいようだ。昨日、趣味がないからお金は貯まる一方って話してたもんな。せっかくだから内緒で何かいろいろ彼が興味持っていたものをプラスしておこう。もちろんそれはお金は頂きません。
食後、各自準備をして裏庭に出る。ディルクさんには通販で買った黒いシャツとストレートタイプのジーンズ。それだけなのに、モデルのような着こなしになっている。なんか背景に青い空と砂浜が見えるぐらい爽やかだ。
もう一着購入してある白シャツとスラックスなんて着せたら、やばいんじゃないだろうか。
「これは一体……」
開いた口がふさがらないとはこのことを言うのだろう。裏庭の現状を見て彼がぽかんとしている。
「こっちに来てこうなったんだよ。ボクたちの愛し子の影響もあるし、実は飲んでた水、聖水なんだよね」
「聖水!?」
「元は普通のお水だったんだけどね。だから体が回復していると言ったのは正解。聖水を撒いていたら、勝手に1本だった木が2本に、2本が3本になったりと増えていって、いまこの状況」
「さっき言ってた事情というのはこれのことよ。勉強のあとに大神官長様にもお見せしようかと思って」
「このことを他に知っている者は?」
「誰にも話していないわ」
「そうか、それがいい。聖水だなんて知られるととんでもないことになる」
彼はぐるりと裏庭を見回してから、視線をモカに向けた。
「モカ様、この野菜などはなにか利用される予定がありますか? あの端に群生しているものは薬草ですよね?」
「マルセウスに見せるのはその野菜を孤児院に送れないかどうか、アナに見せるのは商売のため、薬草はママが放置していた元は雑草なんだよ」
「それがどうして薬草に?」
「それが全くわからないのよね。でもちゃんと鑑定してもらったから、いろんな効能のある薬草になっているのは間違いないよ」
考える様に腕組をしてから再度、モカへと問いかける。
「なるほど……聖水によって育った薬草というだけで既に効果は保証されているようなものだが……。このことは殿下に話しても?」
「構わないけど、他の王家の人間はダメだよ。というかこの建物を見えない人以外はいまのところダメ」
「わかりました。それを前提で話してみます」
「忙しいのにごめんね」
「あなたたちのことは最優先だから気にしなくていい。それで、俺は何をすればいい?」
「まずは、そうね。自分に結界をかけてちょうだい」
「なぜ?」
指をすっと差す。そこではモカがすでにスタンバイしており、私はモカにかけてもらった結界を張ったままカゴを持って少し近付く。
ズシャッ、ズシャッシャッシャッシャーッ!
「……は!?」
「ほらっ、その飛んできたやつ拾ってここ入れて!」
「え、あ、ああ」
驚き過ぎてぼうっと立っているディルクさんに指示を出す。
名付けて、ここ掘れワンワン作戦である!
じゃがいもの成るスピードと量に二日目の夕方分でダウンした私に対して、モカがボクが掘るといってやってみてくれたのだ。モカはすごく汚れるけど、楽しいからいいんだとか。あちこちに飛ぶじゃがいもを避けていては時間の無駄だから結界を張りながら集めようと発言したのは私。最初は無数のじゃがいもが勢い強く飛んでくることに驚いた。でも、当たらないと体が覚えれば意外に順応は早かった。
いまではこれが一番である。




