30話 お泊り②
水を飲もうとキッチンへ向かうと、モカとディルクさんがなにやら盛り上がっていた。男同士の話でもしてたのかな。仲が良いのはなによりだ。
「髪」
「髪?」
「おろしてるの初めて見た」
「それは私も同じくよ」
圧倒的差があるけどね。そんな私の心の内を無視して、私の髪をそっと手に取り、綺麗だと呟いた。そっくりそのままお返しする。
「お水飲む? 炭酸水とかもあるけど。それとも何か入れようか?」
「たんさんすいがなにかわからないから、水をもらおうかな。待て、水? 生水?」
「そうだけど?」
「そんなの飲んだら腹壊すだろ。騎士団の人間ですらそれはしないぞ」
「ここの水は特殊だから大丈夫だよ。ボクもママもいつも飲んでるもん」
なんでも聖水は生のほうが効果があがるらしく、最初沸かそうとしたり、ろ過器をつけようとして、モカに怒られた。だからそのままピッチャーに入れて冷やしているのだ。この国は暖かいから一月でも冷やして飲める。ぬるいよりは冷たいほうが美味しいし。
心配なら他のを入れるといったのに、飲んでみると言う彼のために新たに購入したタンブラーに入れてあげる。これなら彼も自分の部屋でも使えるしね。
「! ……うまい」
使い方を教えて一口飲んで目を見開いたあと、一気にゴクゴクと喉が鳴っている。
お布団のために少しズラしたソファに座ろうとすると、モカはもうお眠らしく、先にベッドへ行くと言う。おでこにキスをしておやすみを伝える。
「さて、と、なに?」
彼の方に向き直るとじっとこちらを見ていることに気付く。
「いや……。あ、そうだ、俺のせいでいろいろお金を使わせてしまっただろう? さっき言った通りこの服も肌着も寝具類も買い取りたいからまとめて請求して欲しい」
「え、別にいいわよ。そのタンブラーも含めてあげる」
「ここにあるものは、この世界にないものばかりなうえに高性能だ。そんな簡単にあげるものではないよ」
「この家が見える人なら信頼して大丈夫らしいからいいのよ。護衛のお礼ってことで受け取って」
「それなら、追加で欲しいものがたくさんある。それはお金を出させて欲しい。それと、この水だって普通のものじゃないだろ? 体が回復しているのがわかるからな」
聖水について探りを入れたいけど、聞きすぎると答えてもらえないのはわかっている感じかな。こういう時、この人の深堀してこないところに助けられている気がする。
「わかった。どれがいるのか必要数をまとめて教えて」
「ああ、ありがとう」
納得いったのか彼も安堵のため息をついた。ソファに並んで座る二人の距離はほぼゼロだ。腕は引っ付いているし、指を絡めて手を繋がれている。おかしい、付き合っていないはずなのにこの距離感。
「あのさ、付き合えないって言ったのにこの距離感はどうでしょうかね?」
「俺の好きにするとも言った」
言ってたけれども! そんな有言実行はいらないのよ。
「あなたに早く俺のことが好きだと言って欲しいからできることはなんでもする」
「こんなベタベタして嫌われると思わないの?」
「ちょうどこないだそれを考えていたんだ。だから触れるのはやめようと思っていたんだけど、気付いたら告白していた。ただ、あの時あなたがゲイル団長に対してああ言わなければそれはできていた可能性は高い」
私は自分で自分の首を絞めてたってわけね。だって本当にかっこよくて思わず漏れたんだもの!
「嫉妬深いの?」
「誰かに興味を持ったのも初めてだから知らなかったけど、そうなのかもしれないな」
「言っとくけど、モカが一番大事だからね?」
「それはわかっているよ、羨ましいけど」
「あなたならこんな面倒な異世界人じゃなくて、よりどりみどりなのに変わった人ね」
「あなたがいいんだからどうしようもないな」
「それはありがとうと言うべきなのかしらねぇ。まぁもういいわ、お互いについて質問し合いましょ。私について聞きたいことは? 答えられることなら答えるわよ」
「そうだな……たくさんありすぎて困るな」
いざそう聞かれると困るわよね、私もそうかも。彼に聞きたいことはいろいろあるけど――
「お互い基本的なことすら知らないでしょう? 誕生日だとか家族構成とか趣味とか。そこから始めましょ」
「わかった。家族は、両親は離婚していて父と兄のみ。いまは国の端に住んでいる。連絡は滅多に取らない。誕生日は、12月10日。趣味は……ないな」
「え、ないの? 休みの日とかどうしているの?」
「討伐に行ったり、武具の手入れをしているか、寝ているかのどれかだな」
ほぼ仕事よね、それ。でも本人はなにも気にしていなさそう。
「あなたは?」
「私の家族構成は、両親と弟1人と妹2人とモカ。私と弟は家を出ているけど家族仲はすごく良い。誕生日は8月20日の暑い日。趣味は、アクセサリー作ったり、手芸かな。仕事はここへ来る前に退職していたから無職継続中ね」
「なんの仕事をしていたんだ?」
「事務の仕事よ。毎日コツコツ働く感じ」
「それなら、騎士団や王宮での文官の仕事ができるな。働きたいなら紹介するよ」
この人は働けとか命令のようには言わないんだな。選択肢を残してくれることに優しさを感じて嬉しくなる。だからか、素直にありがとうと言えた。
それからは何色が好きだとか、なんの食べ物が好きだとか、本当に他愛もない話ばかりだった。だけど彼の答えは、色に拘りがなくいつも自然と制服と同じ黒ばかり、食べ物は食べられたらそれでいい、家にも拘りがない。魔力を抑えるために髪を伸ばしているだけで髪型にも興味がないと、とにかく何にも拘りがなくて驚いた。
「ある意味すごいわね」
「いまはあなたやモカ様がいるから楽しく感じる。街へ行ったのも学生以来だし、誰かのために何かをするというのも初めてだった。あなたたちがいなければ、俺は一生なんにも興味を示さず、ただ生きているだけだったと思う。本当はこんなふうに思うのは不謹慎だと分かっているが……」
彼は体ごと私のほうに向き、繋いでいる手にもう片方の手を乗せて言った。
「あなたたちがここへ来てくれて俺の人生は色付いた。さっきも言ったが、心から会えて良かったと思っている。ありがとう」
ぶわっと涙が溢れてくるのがわかる。最近涙腺弱いんだからやめてほしい。いまはまだ泣くわけにいかないって昼間も宣言したんだから! 必死に我慢していると、優しく指で拭われてそこにキスを落とされる。
「泣くのは俺の前だけにして」
「なぁに、それ」
「そんな可愛い顔を他の男に見せていたのかと思うと腹が立つ」
「他の男ってこれまで付き合った人のこと言ってる?」
「それ以外にある?」
「他の人の前で泣いたことないわよ」
「……本当に?」
「本当よ」
握られていた手が離されたと思うと、大事なものを囲うように抱き締められる。
「初めてがあるとは思ってもいなかったから嬉しい。俺といればいつでもずっと甘やかすが?」
「……いまでもじゅうぶん甘やかされてるわよ。私こそありがとう、よ」
素直にそう思えたし、そのまま言えた。この人は、美貌にどうしても目がいくし、冷たくも見える外見だ。だけど、実際は心が広くて優しくて、とても暖かい人。
そんな人、好きにならないほうが無理だ。でも、たとえ運命だとしてもどうしても私にその資格があるのかどうか分からない。彼にあげられないものが大きすぎる。
それを考えるとどうしても最後の一歩を踏み出せなかったけど……この人には弱いところを見せても大丈夫かもしれない。
彼の背中に初めて腕を回す。一瞬ぎくっとなった彼だったけど、より強い力で抱きしめ返してくれた。
このぬくもりをもう離せないと分かっているのに。




