29話 お泊り①
最後のほうだけ視点が変わります。
ああ、なんでこうなった……私がチョロいからだよ!
自分のチョロさに呆れながら私は自分の部屋でうろうろしていた。
「ママ? 入っていい?」
「モカ? もちろんよ」
ドアを開けてあげると、モカが少し呆れたような顔をして入ってきた。
「ママ。今回はディルクだったからいいけど、他の人にはもっと慎重にならないとダメだよ?」
「はい、申し訳ありません」
「ママが彼と恋人になるのはボクも神様も嬉しいんだよ。だけど、ボクたちの使命も忘れちゃダメだからね」
「それは、重々承知しております。いっそ先にそちらを終えてからこうなれば良かったと反省もしています」
「それは、無理じゃないかな。ママ、押しに弱いし。お姉ちゃんだから甘えられると断れないし」
「うっ」
モカが厳しい。心底呆れを感じる。「でも」とモカが続ける。
「ボクはそんなママも大好きだけどね」
「モカぁ!」
モカの白いもふもふに飛び付くように抱きつく。モカからはため息が聞こえたのは気のせいにしておこう。
「それでね、ママ。ついでだから、明日の朝、裏庭も見せたらいいと思うんだ」
いま裏庭はとんでもないことになっている。毎日の朝の散歩から勉強までの数時間で、実った実をもぎったり、刈ったりしているけど全然追いつかない。
「見せてどうするの?」
「ディルクから知らせてもらって買い取ってもらおうよ。料理のレシピならギルド登録もできるんだって、今日アナに聞いたよ」
「私が浮かれている間にモカが仕事してくれている……」
この年で恋愛に翻弄されているなんてダメダメじゃないの。どの口が自立したいなんて言っていたのか。
「ママの恋愛は、ママにしかできない世界を救うことなんだからとても大事なことだよ? それに早くってせっついたのは創造神様だしね。ボクはボクにできることをしているんだからいいんだよ」
どうしよう、モカが思ってた以上にスパダリだ……
「そうだ。それなら、モカ。大神官長様にもここへ来てもらってもいいかな?」
「マルセウスに?」
「この国がそうなのかわからないけれど、神殿って孤児院経営していたりするところがあるのを小説で見たことがあるのよね。もしここもそうであれば、孤児院にじゃがいもとか送れないかな?」
「なるほど。それならアナにも見せようよ」
「そっか、アナは商会の娘だって言ってたものね。買い取れるものがないか見てもらおうか」
モカがきっかけだし、庭は聖水や愛し子効果だから自分自身の力ではないかもしれないけれど、自分にも少しはできることがあるんだと嬉しくなる。早速何を送ろうかとモカと相談しようとすると、ドアがノックされた。
もちろん一人しかいない。
「トワ? なにかの音が鳴っているんだが……」
「あっ、お風呂だ! 待って、まだ買い物してなかった!」
そのまま追い返されると思っているのか、着替えすら取りに帰らないんだもの!
「さっき言っていた通販というものか? 代金は俺が払うからきっちりと請求してほしい」
「お金はいいんだけど、サイズが全くわからない。着替えもこちらのものがわからないのよね」
いまの彼は制服を脱いでいて、その中に着ていたトレーニングウェアのような薄着のシャツと制服のパンツスタイルだ。トレーニングウェアから見てもわかる胸筋は盛り上がっているし、腹筋もわかる。眼福。
「ちょっとあの画面見ていて。男性の下着とかパジャマとか見せていくから良いなと思ったものを選んでほしいの」
「さっきの大きな板か」
「なんでこの世界の人は画面を板って言うのかしらね。そうだ、モカ。直接スマホって触ることできないんだっけ?」
「ボクかママのどこかに触れていたらいけるよ」
そうモカが言った瞬間、彼がにやりとしたのは言うまでもない。結果、彼がラグに座りながらソファを背にして、私を後ろから抱えるスタイルになった。抗議なんて無意味だったのよ、逃げる前にヒョイっと軽く持ち上げられてホールドされたんだから。
「なんだってこんな体勢に……」
「2人でいるときはこうやっていよう。気に入った」
「まるで人の話を聞かないわね」
私の項にキスを落としたあと、肩口に顔を乗せて後ろからスマホをのぞき込んできた。顔がっ引っ付いてる!
逃げようとすれば抱えられてる腕の力が強くなるから結局大人しくすることになった。はぁ、これで付き合ってないなんてそりゃ誰も信じてくれないわよね。
私だって素直に好きって言って恋人になれるならなりたいわよ。でもできない理由をこの人に話す勇気がなくて逃げてるだけだ。
そんなことを考えてるだなんて思ってもいないであろうこの人はさっきから通販を嬉々として見ている。
「これは男性用の下着か? こんなものまで誰でも見ることができるのか?」
「まぁ、街中にも普通に男女共に下着売り場があるから。女性のも見たい?」
戸惑っている様子が面白くて少し揶揄ってみたくなったのが良くなかった。
「そういう姿が見たいのはあなただけだ」
ごほっ。
なんにも飲んでもいないのに思わず咽せたわ。背中をさすってくれるけど、原因はあなたですが?
「これでいい。パジャマとかいうシャツよりこっちのほうが楽そうだな」
「う、うん。わかった。じゃ、これと必要そうなもの買うね」
こちらの困惑をよそに彼が選んだのはトランクスタイプの下着とスウェット上下だ。そこに歯磨きセットとか適当に追加していく。私は早くこの体勢から逃れたかった。注文したものが目のまえに、ぼんっと箱で現れる。
彼はそれに大層驚いて、スキルの有能さを褒めてくれる。創造神様、魔王候補の方がこんなことで喜んでくれてますよ。魔王感ゼロですよ。
「私が先に入ってくるから、あなたはその箱の中身を確認したりしておいてね! じゃっ!」
箱を取るために私から離れたいまがチャンスとばかりに言い逃げして、お風呂場へとダッシュする。本当なら彼に先に入ってもらうつもりだったけど、あれ以上一緒にいると離れがたくなってしまう。だけど、彼が待っているかと思うとそれはそれで妙に落ちつかないから早めに出てしまう。
ドライヤーを起動させると、ドアが激しく音を立てた。えっ、なになに!?
「トワっ、すごい音が鳴っているがなにかあったのか!?」
まさかの彼だった。ここへ来て静音より風量が多いドライヤーを選んだことが仇になるとは。ドアを閉めているからあまり聞こえないはずなんだけれど、耳が良すぎではないだろうか。
ドアを開けると、心配そうに立つ彼を目が合う。
「すまない。風呂だというのはわかっているのだが」
「もう着替えてるし問題ないけど、これはドライヤーっていう髪を乾かす道具なの。なにも悪いものじゃないから」
「乾かす? それならこれでいいのか」
私の頭頂部に彼が手を当てると、ふんわりとした温もりと彼の魔力の香りが漂う。
「ドライ魔法?」
「そう。俺がいるときはその道具を使う必要はないよ」
「なんて楽なの、羨ましすぎる!」
「あなたのためならこれだけのために来たって構わない」
「それはさすがに私が構うからダメ。ついでだからお風呂の説明するね」
彼をバスルームに案内するが、トイレにもお風呂にもものすごく驚いていた。
さっき購入したものを持ってきてもらったあと、メンズのオールインワンを一緒に購入していてそれを渡したのだけど、そんなの使ったことがないという。
騎士で戦いに行ったりするのに、その白さとお肌の綺麗さでなにもしてないですって?
「洗濯は寄宿舎の方でしてくれるんだっけ」
「ああ、だから袋でも借りられれば助かる」
「じゃあこの洗濯ネットに入れて、このカゴで持っていっていいよ」
洗濯ネットを数枚、手提げカゴに入れて渡す。予備の洗濯カゴを置いておいてよかったわ。
「これで一通り説明終わったかな。じゃ、ごゆっくり」
「待って」
「ん?」
「怒ってる?」
「怒ってるとしたら自分のチョロさにだから大丈夫よ」
「でもそれは俺が理由だろ」
「そう思うなら帰る?」
「帰らない。まだ側にいたいから」
「はぁ、もういいわよ。その代わり、頻繁にはダメだからね? あ、あと寝るのは別だからね」
さっきもそれで自己嫌悪に陥っていたんだから、これを期に気合の入れ直しをすることにしたのよ、私は。
「……善処しよう」
そうなることは考えていなかったのか一瞬驚いていたけど、善処って曖昧な返事をしてから背を向けた。と思ったら服を脱ぎ始めるから慌てて外へ出た。なんで人がいる目の前で脱ぐかなっ。
「ママ、説明終わった?」
「うん。お布団の準備しよっか」
私のベッドはダブルベッドではあるけど、それはモカと寝るためであり、モカとディルクさん、私の三人で眠るには狭い。だから、申し訳ないが、彼にはリビングでお布団で寝てもらうことにする。私はモカがいないと眠れないが、モカはどこでも眠れるので私に付き合ってもらう形だ。
「そういえばモカもそろそろお風呂入らないとだよね」
「えっ、ヤダ」
即答。元々お風呂好きじゃないからなぁ、水に濡れるのは好きなのに。
「でも外でもよく遊んでいるじゃない」
「だからいつもクリーン魔法かけてるでしょ?」
「それはそうだけど」
「……ママと寝るの、ディルクに代わってあげようかな」
「クリーン魔法かけているんだからお風呂入らなくても綺麗よね、わかる」
「うん、わかってくれたならいいんだよ」
とうとうモカが飼い主を脅すところまで進化してしまった!
それからしばらくしてお風呂から出てきたディルクさんを見て驚く。後光が見える……
「あなたの世界の風呂はすごいな。とても気持ちが良かった。毎日入りたくなるのもわかる。それに肌着もこの服もなんて柔らかく着心地がいいんだ。ぜひとも買い取りたいんだが、可能だろうか?」
おかしい、絶対おかしい。上下1,980円のスウェットがどこかのハイブランドのように見える。いつもは一纏めにされている後ろ髪がおろされ、湯上がりで高揚している肌も相まって色気がこれまでの比じゃない。え、この人を好きになって大丈夫? 私、やっぱり死ぬんじゃない?
「トワ?」
目の前で手が振られる。ハッ、見惚れてたわ!
「ご、ごめん、なに?」
「大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫」
彼から少し距離を取ろうと後ろにズレると、それを見た彼の片眉が上がり怪訝そうにこちらを見ながら詰めてくる。
「な、なんで近寄ってくるのよ」
「逃げるから?」
「ストップ! それ以上近付くの禁止!」
「なぜ?」
私のほうが襲ってしまいそうだからなんて言えるわけないでしょうが! 私はしゅばっと立ち上がり、トイレへとダッシュする。お布団別にしておいてよかった! 無理だよ、あんなの!
◇◇◇◇
「ディルク、ママをからかいたい気持ちは分かるけど、ダメだよ」
「申し訳ありません。ただ反応がつい面白くて」
「まぁ分かるけど。あ、そこがディルクの寝る場所だからね。ベッドじゃないけど、眠れる?」
「これが異世界での寝床ですか?」
「最近はベッドの方が多いらしいけど、これが元だって聞いたよ。下にマットレス敷いてるから痛くはないはずだって」
「野営はよくありますから、騎士団の人間はどこでもどんな環境でも眠れますよ。それにこれはとても肌触りが良いからよく眠れそうです。モカ様はどちらで?」
「ボクはいつもママと寝ているよ」
「え」
「ママはボクと暮らすようになってから一緒じゃないと眠れなくなったんだって」
「……なんて羨ましい」
「それがそうでもないんだよ。実はママはものすっごく寝相が悪いんだ。秘密だよ?」
「それは、いまひとつ想像つかないですね」
「いつか君も味わえるといいね? もう嫌だってならなければいいけど」
「そうならないようますますどんな過酷な状況でも眠れるようになります」
「そこまで?」
「抱きしめて一緒に眠れる日を夢見てますから」
「ふふ、まずはボクを倒してからだね?」
「それは……ハードルが高すぎませんか」
「冗談だよ」
「冗談に聞こえないのが質が悪い……」
そんな男二人の会話を知ることなく、トワはトイレでひとり頭を冷やしていた。




