27話 自宅にご案内①
部屋から出ると、みんなからはニヤニヤされた。違うのよ、付き合ってはいないのよ! そう言っても誰も信じてくれないし、なぜかみんなディルクさんの味方だ。もちろん嬉しくないわけじゃない。でも、私の中ではまだ整理がついていないのだ。
モカまでもが!
『だってボクは、ディルクなら良いからね。ディルクならママを一番大事にしてくれるのはわかってるもん』
なんて、念話も送ってきた! モカは、誰よりも私の事情を知ってるはずなのに!
その後、中庭の端で遊んでたとはいえ自宅は同じ中庭。徒歩で2分もかからない距離なのに、ディルクさんが自宅まで送ると言って、また手を繋いできた。いわゆる恋人繋ぎに変わっていたけれど。
「そうだ、あなたたちに渡したいものがあったんだ」
珍しく布でできた小袋のようなものを制服のベルトにぶら下げているなと思っていたら、それだったらしい。
うーん、いつまでもこのまま門前でいいのかしら。
『ママ、神様も言っていたでしょ。この家が見える人は信頼して大丈夫だって。ディルクももう中に入れてあげて良いとボクは思うよ?』
私のちょっとした悩みに気付いたのか、念話を送ってきたモカを見ると、こちらに向かって小さく頷く。うん、そうよね。キスだってしちゃった仲だし。
「あの、良ければ、入ります?」
門を開けてどうぞと促してみる。その先にはすでにモカが待機している。
「……いいのか?」
彼は目を大きく開いたあと、モカと私を交互に見て確認してくる。
「うん。ここを見える人は大丈夫だろうし。誰かを招待するなら一番はあなたが良いから」
そう言うと、彼が嬉しそうにありがとうと微笑む。その優しいほほ笑みに心臓がバクバクとし出す。
「散らかっていて申し訳ないけど、どうぞ。あ、玄関で靴は脱いでね」
「そうなのか。ではクリーン魔法をかけておこう」
指をパチンと鳴らすと、空気がふわっとした。そういえばさっきもふわっとしたからあれもクリーン魔法だったのか。というか、魔法って無詠唱なの? 呪文みたいなものがあると思っていたわ。
「ママ、ディルクを案内してあげないと」
「あっ、ごめん! どうぞ、このスリッパ履いてね」
スリッパが通じるのかわからないけど、とりあえず目の前に出す。私が履いているのを見てから自分も履く。靴といっても騎士はブーツだから大変そうだ。
彼はモカの後に続きながらキョロキョロと周りを見回している。毎日掃除機はかけているし、脱ぎっぱなしで服を置いてることはないから大丈夫なはず!
「いまお茶淹れるから適当に座っていて。モカにも淹れるからね」
「あ、それならこれ」
「ん?」
手渡されたのはさっきの布袋から出てきた花柄模様の可愛らしいパッケージのものだった。もうひとつは、シンプルな茶色の紙袋に入っている。
「本当は、あなたに想いを告げる前に渡すつもりだったんだ。先日のお詫び。こんな小さな物でお詫びになっているとは思わないけれど……こちらはモカ様のものだ」
モカ用の物を開けてみると、すごくいい匂いがする。
「お肉だ!」
ダイニングの椅子に飛び乗ってきたモカは、鼻先しか入らない紙袋に顔を突っ込んで匂いを嗅いでいる。
ちょっと待ってねとモカ専用お皿に取り出すと、どうやら燻製肉のようだ。でもなんのお肉だろ?
「これは落星鳥という魔物の肉で、美味で知られているんだが、討伐が難しいため滅多に売られることがないんだ。それがちょうど売られていると聞いて、モカ様にどうだろうかと」
全言語理解の影響なのか、魔物の名前も日本語になっている。落ちてくる鳥かなということはわかる。
「ディルク、ありがとう! ママっ、食べていい?」
「そうね、せっかくならいま食べたいもんね」
「うん!」
「じゃあ、ほぐすから待っていて」
「えっ、そのままでも食べられるよ!」
モカは、目をキラキラとさせ待ちきれないと言わんばかりだ。
「さっき、たくさん食べていたでしょ? 残りはまた明日よ」
「えー」
「モカ様、また買ってきますから。なんなら一緒に討伐なんていかがですか。トワの許可が下りればですが」
「討伐!?」
「聖獣とは本来そういうものだが、モカ様はそうではないのだろうか?」
討伐に私が驚いてしまったせいか彼は少し困惑気味だった。
「そうだよ、ママ。ボクの場合は、ボクが行くだけで問題ないから心配するようなことは起こらないよ」
そう言えば、創造神様もそんなことを言っていた気もする。
「うーん。その時の状況による、でいい?」
「もぉっ、ママは心配性なんだから!」
ぷりぷりと怒るモカを、私より先にディルクさんが撫でてなだめている。私の役目が取られている。
「トワはもうひとつのほう、開けてみて」
「あ、そうだった。開けてみるね」
パッケージも可愛らしいが、中に入っていた物は、さらに可愛らしいカラフルな茶葉だった。え、こんな可愛らしい物をこの人が買いに行ってくれたの?
「それは、花の国で人気の茶葉の店が期間限定で王都で出店していると聞いて……」
なんだろ、言葉が詰まった。なにか恥ずかしそうだ。
「悪い。買うとき、ものすごく恥ずかしかったことを思い出した」
「わざわざ買いに行ってくれたの? 街に出かけることなんてないって聞いていたのに」
「人に頼む方法もあったが、こういうのは自分で行くべきだろう」
妙にお堅いというか真面目なところがあるのは騎士が故なのだろうか。でも騒ぎになるだろう王都に自ら買いに行ってくれた誠実さに心がくすぐったくもなる。
「ふふっ、想像すると確かに。でもそんな思いをわざわざして買ってきてくれたんでしょう? 私が好きそうだと思って」
「っ、ああ、それはもちろんだ。あなたが以前、花を見るのが好きだと言っていただろう」
「覚えてくれていたの? それだけでじゅうぶん嬉しいわよ。しかもすごく可愛い。ありがとう! これ淹れている間にほぐしてくるね」
「待って、手伝う」
私がキッチンへ向かう手をパシッと掴んでから、彼の動きが止まる。
「どうしたの?」
「剣をどうしようかと。さすがにこれを持ったまま、人の台所へ行くわけにもいかない」
「でも身近に置いておかないといけないんでしょ? ダイニングはこれから使うから、そのリビングのソファとかテーブルでよければ置いてくれて構わないよ」
彼が持つ剣は、聞いた話だと魔力を刀身に纏わせて使うもので特殊なものらしい。魔法も剣技も得意な者だけがなれる魔法剣士と呼ばれる存在がリオレス殿下の専属護衛で第二騎士団。つまりは、ロキ君とロク君もそうなのだとか。かなり狭き門で人気部署なんだって。
その大切な剣をテーブルに置いたはいいけど、リビングにある目の前の大きな板、テレビにうっすら映る自分に驚いていた。あとでそれがなにか説明すると言うと、一緒にキッチンへ入ってくれたんだけど、特別広いわけではなく、よくある一軒家のサイズだ。大きな人が入ると狭く感じた。
「俺がいたら邪魔になるか?」
「え、ううん。そんなことはないんだけど、この家で誰かとキッチンに立つの初めてだなと思って」
「……俺が初めて? 恋人がいたと」
「この家は別れてから引っ越すときに買った家なの。いま思えば完全に勢いだけど、こんなふうに異世界に来るなんてこの家も思ってなかっただろうね」
なんだかそれがおかしくて、くすくす笑っていると、トワと呼ばれた。顔を上げようとしたら、すぐ近くに彼の顔があって驚く。あっという間に軽く重なった唇に、えっとまた彼を見上げた。
「可愛かったから」
なっ、なんだこの人! 自分がどれだけ反則な顔してそれを言っているのかわかっているのか! 可愛いはお前だ! ぷしゅーっと顔から湯気が出そうだわ。
「お湯! お湯沸かすからはいっ、これ! ほぐして! あ、これ使って手を洗ってからね」
恥ずかしさでどうにかなりそうなのを誤魔化すために、手洗いの方法を教え、燻製肉とモカ用のお皿を渡す。私は彼に背を向けてポットを沸かす。いまの私はこのポットと同じだ。彼の甘さで顔が熱くなってる。そうよ、このポットは自分よ。これを見て冷静になるのよ、永遠。
あ、ガラス製のティーポットが上の棚のどこかにあったな。ゆとりのあるおひとり様生活に憧れて買ったはいいけど、二回ぐらいしか使ったことがないものが。
「どれ?」
上の収納棚を見上げると、彼がパカっと扉を開けてくれた。おお、さすが背が高いと簡単に届くのね。取ってほしい物を伝えると、それにもクリーン魔法が使われる。もしかしてこの世界、家事も全部魔法なんだろうか?
そうだ、ついでだから色々魔法のこと聞いちゃおう。




