26話 告白②
「あの家から出てきた時から気になっていた。普段の俺なら間違いなく女性というだけで見えない生き物になる。それなのに、妙にあなたが気になり、気が付けば手が離せなくなっていた。今まで女性を見ても何も感じなかった。だから自分でも余計に戸惑った。なぜこの人だけは、目で追ってしまうのか」
親指が頬を優しく撫でていく。
「魔力の譲渡ができると気付いたのはその後だったろ。その影響があったのは否定しない。でも、あなたのころころ変わる表情が可愛いと思った。月を見たあとのあなたは消えそうで思わず抱き上げた、俺が支えたいと思った。神殿の小部屋からなかなか出てこなかった時は、もうこのまま消えて二度と会えないんじゃないかと怖かった。そんな理由で好きになってはいけないのか」
その目や声には嘘偽りなんて到底あるようには思えなくて、首を軽く横に振ることしかできない。
「あなたが、俺を好きかどうかはわからないと言うならそれはそれで構わない。俺が勝手に好きなだけだし、嫌われているのでなければ遠慮はしない」
「……私は、あなたのことが好きか嫌いかで聞かれたら好き、だし、それに、あなたのことを信じたいと思う。でもここでのこれからのこともあるし、過去のこともどうしても思い出してしまって踏み込めない。すごく重い女になってしまう」
「あなたなら全然構わないが、その過去を聞いても?」
「話しても、いまの私はあなたとは付き合えません」
「理由は?」
「ここでは常に皆に守られて安全だろうけど、私はまずはちゃんとこの異世界で生きる覚悟を決めて、独り立ちしたいの」
「そこに、俺がいると邪魔?」
「邪魔とかじゃなくて、あなたがいることに甘えたくない」
「……なるほどな。では、やはりその過去を聞いても?」
本当に納得してくれてるのかなり怪しい。全く離してくれそうにもないし。一度黙ってから、ぼそっと言う。
「遠距離恋愛してた彼氏に浮気されました」
「そいつを殺せば忘れられる?」
「んん!?」
言った瞬間、すごいゾワッとした。なんてことを間も置かずに真顔で言うんだこの人は!
「あなたがいながら浮気なんてありえない」
「で、でもあなたも遠征とかでいない期間とかあるでしょう。そうなれば疑いたくなるかもだし」
「俺は絶対しないと言い切れる」
「どこから来るの、その自信」
「あなたへの愛からかな」
ぐっ。変な声が出てしまった。
「それで、その男はどうしたんだ?」
「わざわざ家に許してほしいと土下座しに来たけど、どうしても許せなくて別れを選んだ。せめてと言うから、スマホの番号変更代と引っ越し費用だけ出してもらって、それ以降は連絡取っていない」
「……浮気されなければ結婚していた?」
「結婚願望自体があまりなかったけど、するならこの人かなってうっすら思ったことはあったかなぁ」
「………………」
「ふふ、シワがすごいよ」
自分から聞いておきながらなんて顔をしているんだろう。間近にあるその顔の眉間には深いシワが寄せられていた。それでも顔が綺麗なんだから、なんだか面白くてぐりぐりと触ってしまう。
「その男と俺を一緒にはして欲しくないが、あなたが付き合えないというのは分かった」
「そう? それならこれまで通りに——」
言葉の続きは、彼の唇によってのみ込まれた。触れたか触れてないかわからないぐらいのほんの少しの触れ合いだった。
「ならないよ、これまで通りには」
額を合わせてそう言ってから、彼の手が私の髪に滑り込む。
もう一度、次はしっかりと唇が押し付けられた。
嫌なら逃げればいいのに、逃げたいとも思わなくて――
あれだけうだうだ考えて言い訳もしていたのに、もう自分が手遅れなことに気が付く。
彼も私が嫌がらないと分かったのか、それはどんどんと深まっていった。ようやく唇が少し離れた時には、彼の柑橘系の香りに加えて甘い香りが漂っていた。
……? どこから? 思わず自分の服や手元に目を落とすが、心当たりがない。
「この香り……」
彼も気付いたのか、私の首元をすんすんする。恥ずかしいからやめてほしい。
「これは、あなたの魔力の香りだ」
「魔力の香り、ってなに?」
「以前、良い香りがすると俺に言ったことがあっただろう」
「うん、いまも柑橘系の香りがする。香水?」
「いや、あなただけが感じ取れる俺の魔力の香りだ」
「どういうこと? 皆わかるんじゃないの?」
「温かく感じ取れるのは相性が良い証だと聞いているだろう? それはまだ分かりやすい。だが、魔力の香りがわかるのは、神が定めた相手だとされている」
つまり……
「あなたは私の運命の人ですって言っちゃってたってわけ!?」
「そうなるな」
嘘でしょ!
顔から火が出そうで、思わず両手で顔を覆う。
「恥ずかしい……」
「俺は嬉しかったよ」
その声がさらに恥ずかしさを増幅させる。知らなかったとは言え、そんなこと言っていたなんてその時に戻りたい! 創造神様から言われる前に自分で言っていただなんて!
「あなたの魔力の香りが俺にもわかるということは、やはりあなたは俺の運命だ」
顔を隠していた手を取られ、左手の甲に口付けが落とされる。そんな王子様めいた事をこの年の女にしないでほしい。いろんな恥ずかしさで首まで赤くなっている気がする。
「あの、でもね、まだ言えないこともあって……」
「どんな理由にしろ、俺のことは嫌いじゃないし、こうやって唇だって受け入れてくれる。それならこのままの状態でも、どんな理由でも、どれだけかかっても、どれだけ離れても——あなたが自分の意思で俺を選ぶまで諦めない。ああ、あなたも俺だけを見ると約束してくれ」
答える前から唇だけに飽き足らず、顔中に唇が落とされていく。
「返事は?」
付き合えないって言ってるのに、なぜこうなるのかと思いつつも――いや、わかってる。さっきから嫌だとも逃げたいとも思っていない。もうこの手を離せなかった。
コクンと小さく頷くと嬉しそうに微笑まれ、また顔が近づいてきて、どんどん深まっていく。
その空気を破ったのは、扉を叩く音とモカの声だった。
「ママー! 終わったよー!」
「は、はーい! ちょっと待ってねー!」
バシバシと胸を叩いてなんとかのけて、乱れかけた服を元に戻す。
何事もなかったように見えるよう、なんでもいいから魔法をかけてくれとお願いする。
ディルクさんが大きな溜息をついてから魔法をかけてくれるけど、なんの魔法かもわからないし、なにせこちらの鏡は日本のものと違い、濁っていて映りがよくない。これで元通りなのかすらわからない。
「ねぇ、これで怪しまれない? 大丈夫?」
「部屋に入ってる段階で予想されていると思うけどな」
「そんな予想いらないー!」




