25話 告白①
「ねぇ、アナ。ちょっと聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
親睦会の後、殿下を除いていつもの庭先に移動した。
殿下はこれから宰相さんが来るらしく、嫌々戻っていった。大神官長様もそれに付き合わないといけないらしく、クィンさんと、護衛として団長さんも戻られた。
時刻は21時。こんな時間から大変だな。
ベンチ前の庭では、ディルクさんも混ざってロキ君とロク君がモカとボールやフリスビーで遊んでいる。遊びかどうかはもう突っ込むのやめておこう。ボールのゴム素材もフリスビーの素材もないものなので、なにかで代用するのか、訓練の方法だけを得るのかをこの三人で悩んでいるらしい。
私とアナはベンチに座りその様子を見ていたが、ディルクさんが離れているタイミングで気になっていたことを聞いてみることにした。
「さっき、団長さんにディルクさんは女嫌いで知られているって聞いたんだけど、本当?」
「ご存じなかったのですか? 団長は女性嫌いで有名ですよ」
「……え?」
思わず聞き返してしまった。だって、私には名前で呼べと言ってきたし、会えば手を繋がれる。抱き上げることだってあった。
「本当なの!? 私は逆にめちゃくちゃ慣れているんだと思ってたんだけど」
「まさかっ! トワ様と手を繋がれたりしていたときは、幻でも見てるのかと思っていましたよ。あの双子も同じこと言っていましたよ」
「そうなんだ……だって自然だったし」
「トワ様。そもそも団長は、名前呼びすら仲の良い男性以外に許しません」
いやいや、さすがに嘘でしょ?と私の顔に書いてあったのか、アナが困ったような顔をする。
「様々な要因が重なり、成人前から女性嫌いだとお聞きしています。それなのに激化する恋人争いや婚約者争いでさらに嫌いになられたのは有名です。名前は絶対に呼ばせませんし、女性は見えてないんじゃないかというぐらい一切反応もされません」
「でも、討伐とかそういった緊急事態なら女性だっているでしょう。嫌いだからって助けないわけにはいかないでしょ」
「団長は、そういった場合は原因の方に集中され、救護活動は他の団員に任せることになっています。助けてもらったと勘違いされる方が多く、対応に困る事が多発したため、全騎士団での決まりとなっています」
「マジか」
思わず声が出る。それほど徹底しているということか。
「マジ、ですよ。表情筋があんなに動いているのも初めて見ましたね」
「でも、アナは会話も普通にしてるでしょ?」
「私が選ばれた理由は、トワ様の自宅が見えることが第一条件ですが、団長やあの二人に媚びないからだと聞かされています」
「……なるほど。あの双子もモテそうだもんね」
「彼らも婚約者はいませんし、狙われてはいますね」
「そうなんだ……この国の女性が強そうで驚くわ」
「貴族令嬢は特に自分は特別と思われてる方が多いですからね。だから、トワ様も気をつけてください」
本当に心配しているのが伝わる眼差しだった。
「これからは王宮内も動けますし、街に行くのは団長と一緒です」
「……護衛変更って言ったら絶対怒るよね?」
「そんな恐ろしいこと言わないでください」
「えー、じゃあどうしろっていうのよー」
ベンチに行儀悪くずるずると座ってしまう。私だってゴタゴタに巻き込まれている場合じゃないんだよ。
「幸いなことに王宮はこのゴタつきが収まるまで出入りが厳しく管理されています。街案内は……ご本人に任せましょう。それ以外での問題とすれば、約2か月後にある一般公開でしょうか」
「一般公開? あ、なんかそんなこと言ってたなぁ」
「全騎士団の行事が年に一度あるんです。王都にある屋外劇場で行うんですけど、ここ数年は模擬試合ですね。チケットの奪い合いが凄くて一番盛り上がる行事として知られています。職員内でもなんとかその行事に関わろうとする者が多く、各部署困るんですけどね」
毎年その苦労を繰り返しているのかと思うと、少し同情してしまう。
「そんなイベントあるんだ。ちょっと見てみたいかも」
「団長はそちらには出られませんので、行かれる場合はトワ様に付きっきりになりますが?」
「それは困るわね。でもどうして出ないの?」
「騎士団入団後、3年連続で優勝され、人気投票もぶっちぎり1位となられ、年々騒ぎも大きくなったため強制的に殿堂入りとされました。少し様子を見に行くだけと聞いています」
たった数年でそこまでの伝説を作るなんて、つくづく規格外の人だ。
「みんなが皆、あの人のことが好きってわけではないんだろうけど、自由がなさすぎて気の毒になってくるわ」
「そうお考えになられるトワ様だから、団長はお好きなんだと思いますよ」
好きとは言われてませんけどね? 好意を持ってくれているのは分かるけど、このままこんな中途半端な気持ちで受け入れていいんだろうか。好きか嫌いの二択なら断然好きだ。タイプかと言われれば違うけど、それさえ飛び越えてくるようなあの顔だし、筋肉ありそうだし、優しいし、気遣いだって細やかだ。神様の言う運命の人でもある。
なにより、モカのことも大事にしてくれている。……あれ? 好きにならない理由を探していたはずなのに、気付けば好きになる理由ばかり並べていた。 私の自立心と、他国へ行くことをなんとかすればなんとかなりそうな気もしてきたわ。
そんなことを考えていると、その張本人が目の前に現れた。
「ベーベル嬢、悪いが彼らに飲み物を。私は彼女と話がある」
「承知いたしました」
気づけば、侍女殿という呼び方から名字呼びに変わっている。それに目を瞬きながらもアナが席を立つと、私の目の前には黒い手袋をした手が差し出される。
「ここじゃダメなの?」
「部屋のほうがゆっくり話ができるから」
そう言って、返事をする前に手が引っ張られる。モカをチラッと見れば、全然こっちを見ていなくて悲しい。
◇◇◇◇
無言のまま連れて行かれたのは、以前教えてもらった部屋だった。別宮にある護衛たちの待機場所だ。
そのドアが閉まった瞬間、後ろから抱きしめられる。ゆるく抱きしめられたことはあったけど、それとは比べものにならないぐらい強く抱きしめられた。心臓が早鐘を打つ。
「ちょ、ディルクさんっ」
なんとか離そうとするが、ビクともしない。
「……あなたは、団長のような男が好きなのか? 殿下からの求婚とは?」
やっぱり気にしていたのか! 街案内の確約や親睦会の様子で機嫌が直ったのかと思ってたらそうではなかったようだ。
「殿下のはすぐに断りました! それに団長さんは、かっこいいと思ったのは事実だけど」
さらに腕がギュッとキツくなる。言葉を間違えた!
「別に団長さんが好きとかではなくてですね、もともとの好みがあーいう男らしい方と言いますか……」
あ、ダメだ、これは言い訳しようとすればするほど墓穴を掘るやつだ。すると、ぐるっと体ごと正面に向かされ、そのまま両手で顔を上向きにされる。
「俺は好みではない?」
この至近距離でそんなこと聞くのやめてほしい。
目が潰れる。
「あの、とりあえず一旦座りましょう」
「答えてくれたらな」
「いや、あの、その、ですね?」
「うん」
「私の世界にも綺麗な男性はいましたけど、それは身近な存在ではなく芸能人とか、あ、芸能人ていうのはさっき説明した推しのような方々で、こちらでいう劇場に出られている方とかそういった感じでね」
「ああ」
「とにかく、身近には居なくて、芸能人だとしてもあなたほど綺麗な人もいなくて。こうオーバースペックと言いますか、私では釣り合っていなくてですね」
「……誰かに言われた?」
「私が今まで会話したことのある異世界の人ってかなり少ないのよ?」
「じゃあ、なぜそんなことを思うんだ」
「じゃあ、私も質問するけど、魔力の相性が良いから私のことが気になるだけじゃないの? 異世界人が珍しいから気になるとかもあるんじゃないの。だってお互いのことほとんど知らないじゃない」
「……それはそうなんだが、そんな風に思っていたのか」
彼は信じられない者を見るような目で私のことを見てくる。
だってそれぐらいじゃないとなぜ、誰でも選べるはずのこの人が、こんな短期間で私を気に入っているのか理解できない。彼は返事をする前に私の手をひいて部屋の奥へと連れていく。ちょっと待ってと言っても聞いてくれない。
ソファに座った彼に腰を引かれ、自身の太ももに横向けで私を座らせる。普通なら怒るところなのに。なぜか怖くなかった。この人は、私を逃がさないようにしているのではなく、不安になった私を繋ぎ止めようとしている。ここまでされると逃げる気も失せるけど、至近距離がどうしても慣れずに下を向こうとしたら、頬に手が添えられ目が合う。
その瞳が、今までで一番真剣で――
「トワ。俺は、あなたのことが好きだ」
音が、消えた気がした。心臓が、止まるかと思った。
今日、私の命日になるんじゃないだろうか。




