20話 殿下との面談
昨日一昨日は散歩の時間帯以外はモカとずっと家にいた。気が抜けたように静かで、本当に自分がいま異世界にいるのかまた疑いたくなるような日だった。
だからといってぼーっとしていたわけではない。大変なことになっている庭仕事に、それを使った物づくり。今後どうするかの相談なんかをしていたらあっという間に時間は過ぎていった。
ちなみに散歩では相変わらずよくわからない遊びが繰り広げられていたが、ディルクさんはどこか様子がおかしかった。手を繋ごうとしては、思い直したように引っ込める。目が合うと、なぜか気まずそうに逸らされる。
いつもならためらいなく手を繋いでくるくせに、やけに挙動不審だった。おかげでドキドキせずに済んで助かった――はずなのに、いざ繋がれないとなると、それはそれでなんだか物足りなかった。
今日は先日言われた親睦会。食堂へ行く前にまずこちらへとお迎えに来たのは、ロク君だった。てっきりディルクさんだろうと思っていたら、なんでも急用ができたとのことで代わりに来てくれたらしい。毎回誰かにお迎えに来てもらわないといけないのは申し訳ないから、中庭からせめてこの別宮内くらいは自由に動けるようにしないと。
「トワ嬢。あれ以来だな。挨拶にすら行けず悪かったね」
初日以来のキラキラと眩しい殿下は執事にお茶を頼んでから、ソファへ座るよう促してくれた。
「紹介したい人物がいるんだ。仕事が終わり次第、食堂に来るよう伝えてあるから後ほど挨拶する時間をもらえるだろうか」
「もちろんです」
「その前にいくつか確認しておきたいことがあるんだが、君はこのままこの別宮に住む気はあるか?」
「人様、それもよりによって王太子殿下の家の中庭に住み続けろと……?」
まさかそんな非常識が通じる国なんだろうか。それならいっそ野宿でもしたほうがマシだ。
「いや、私の妻になるということだよ」
ぶはっ
お茶を思わず吹き出した。ハンカチを取ろうとしたら、それがさっと綺麗になっている。見上げると執事の人が魔法で綺麗にしてくれたようだ。「すみません」と頭を下げると、その人は首を大きく横に振る。それにしても魔法っていいな、使えないのが残念すぎる。
「殿下、もしかして女性に困ってらっしゃるんですか? その顔とスペックで?」
正面のロク君はなぜか冷や汗をかいているように見える。私と同じで、冗談だと言って欲しそうにも見える。
「残念ながらそれはないね。そもそも私は女性が苦手なんだ」
「……その顔で?」
マジで言っているのかこの人。殿下の後ろに立つロク君を見ると、こくんと大きく頷かれる。マジか。
「愛のない結婚だけれど、大切にするよ?」
「殿下、冗談ですよね?」
「うーん、割と本気かな? 君たちを守るのも私が一番だと思うけれど?」
「一介の異世界人に対して大変光栄なお話ではありますが、お断りさせていただきます」
「理由は?」
「私はただの平民で異世界人です。それが聖獣の主だったとしても私からすれば変わりありません。それに私は、この国の人間でもありませんから、まずは皆様から学びながらにはなりますが、自立をすべきだと考えています」
「この世界では、まだまだ女性の立場は弱い。往々にして結婚で守られる。たとえ結婚したとしてもあくまで男が主軸となる。そんな世の中でも自立したいと?」
「私の世界も昔はそうでした。いまでも平等とは言い難い部分はありますが、女性が社会に出て働き地位を得ている人もいます。一人でも多く外へ出ればこの世界だっていつかそうなるかもしれないじゃないですか」
「そう考えるならますますこの国の女性のトップの証である王太子妃、王妃になるのが早いのでは?」
「……正直に言ってもよろしいでしょうか」
「もちろん」
「そんな面倒な立場になりたくない。責任の重さに見合う覚悟もないですし」
一瞬の静けさ。言ってから、さすがに言いすぎたかと思った。が、殿下が吹き出したので良かったと胸を撫で下ろす。
「アハハハッ! 誰もが欲しがる立場を面倒だと断るとはっ!」
いやいや、どう考えても面倒でしょうよ。私はあくまで働く女性の一員としていたいだけで、それを管理する側にはなりたくない。それこそ上に立つ教育をされている王族や貴族の仕事だろう。そういう人がなればいい。土地の開発はチートスキルを使ってこそ。ここでそれは使えないだろう。
「ハァ、久しぶりに笑ったよ。残念ながら夫婦にはなれなさそうだが、良い友人にはなれそうだ」
「友人でしたらこちらも嬉しく思います」
殿下はそれだけで満足したのか、さっきまでの軽い雰囲気のまま続ける。
「では、ほかになにか望みは?」
なんだろう、なにかあるかな? 横に寝そべっているモカを撫でながら考えてみる。あっ、そうだ。
「王都の見学に行きたいです」
確かディルクさんが連れて行ってくれると言っていたけど、殿下の許可が必要だと聞いていたもんね。
「王都か。なにか目的でも?」
「このままここにいるわけにもいきませんから、見学に行きたいです。私は、経済格差はありましたが身分制度のある国の出ではありませんので、同じ平民の人々の生活が知りたいんです」
「別宮か王宮に住めば良いのではないか? いくらでも部屋はあるぞ」
「王宮内では生活できそうもありませんし、出るのは許可してください」
私がなにかできるわけではない状況で、私自身を受け入れてほしいなんて言えるはずもない。なにかできることを探して生活していく術を得ないといつまでたってもこの異世界で客人のままだ。それはこの国にいようが、瘴気の土地へ行こうが関係ないと思っている。
「賠償金に関してはこの後、渡す予定にしている。その金があれば買い物もできるだろう。ただし、頻繁には行かないこと、必ず護衛をつけることが条件だ」
「その護衛なんですけど、必要あります?」
そう言えば、殿下とロク君までもがこちらを何言ってるんだと言わんばかりの目で見ていた。
「最初に言っただろう。例えモカ様がいらっしゃったとしても、あなたとモカ様は護衛対象であると」
「そう聞きましたけど、その護衛がいるからこそ目立つような気がするんですよねぇ。私とモカだけで外へ行くのは大丈夫な気がする。モカだって大きさを変えることができるし、最強だし、私に結界をつけることができるんですから」
「ダメだ」
顔をしかめて首を振り、間髪入れずに答えられる。でも実際、そうだと思うんだけどな。きっとモカがいるだけでも目立つのにそこに、銀髪の団長に双子騎士、美少女の侍女がいれば誰もが振り返り目立ってしまう。
これをわかってもらうにはどうすれば良いのか。……内緒で行く、なんてことを考えてしまう自分が一番危ない気もするけど。
でもそうすると一人確実に怒りそうな人がいるんだよなぁ……なんで身内でも彼氏でもない人にこんなに気を使わないといけないのか……いえ、距離を縮めるチャンスにもなるってことぐらいはわかってるんだけどね。
「では、せめて中庭からこの別宮までの護衛はなしにしてくれませんか。毎日何度もお迎えに来ていただくのもこちらとしては申し訳なさすぎますし、ここまでの道でしたら覚えましたから」
「……良いだろう、だがそれ以外は許可できない。別宮内に変な輩が入ったことは一度もないが、王宮は様々な人間が出入りしているからな。王宮前は平民に解放される時もある。それを考えると、限界が中庭からここまでだ、いいね?」
本当は全然納得いっていないけど、とりあえずわかりましたと返事をし、ようやく食堂へと移動となった。




