2話 手紙と名前
————————高城永遠様————————
初めまして、永遠。私はこの世界の創造神ウィスティアード。突然こんな手紙を渡されても混乱しているだろう。
なによりもまず、君に謝罪をしたい。モカだけでなく君を巻き込んでしまい、本当に申し訳ないと思っている。聖女召喚の儀が行われた際、召喚陣に誤りがあったため、あのままでは、到底聖女と呼べない人間が召喚されてしまうところだった。
動き出した召喚陣を止めることはできない代わりに、私はモカを瘴気の土地を浄化してもらうために急遽呼び戻すことにした。いずれにせよ、いまいる国での滞在は長くはならないだろうから、改めて瘴気の土地に向かってもらう必要がある。
お詫びにはならないかもしれないが、この世界での暮らしが少しでも楽しめるようにいくつかスキルを付与させてもらったから大いに活用して欲しい。
一、自宅
その名の通り、君の自宅だ。車もそのまま使えるようにしてある。神特製の永久魔石を使用しているため、光熱費なども必要ない。日本で暮らしていた時と同じように生活できるだろう。
収納と唱えれば自宅を持ち運ぶことも可能だ。消耗品についても困らないよう手配してある。
また、これらには強固な結界をかけてある。君が許可した者や、君に縁のある者には見え、それ以外の者には靄がかかったように見えるだろう。人を見る時の判断材料のひとつとして使うといい。
一、帰宅
最初の一年の間に三回だけ日本へ帰ることができる。
家族以外は君たちのことは覚えていないが、好きな時に「帰りたい」と願えば可能だ。君が大切な人たちを心配したままでは、この世界を楽しめないだろうからね。
他にも大切なスキルはいくつか付けてある。必要になった時にモカに聞けばいい。今はこれだけしか与えられなくて申し訳ない。あとは当面の生活費や役に立ちそうなものを入れてあるよ。
私から連絡するときは、モカに手紙を預けよう。
最後になるが、君の運命はすでに動き出している。だから少しでも君がこの世界を楽しめるよう加護を与えておく。
これまで、モカを育ててくれてありがとう。
それから、君の幸せを誰よりも願っている。
————————創造神ウィスティアード————————
「創造神ウィスティアード様……ありがとうございます」
手紙の端をぎゅっと握りしめ、モカのほうに向きなおる。まずは一番詳しく知りたいことが書いてあったから確認しないと。
「最後まで読めた?」
「うん、ありがとね。色々わかったけど、3回だけ帰れるって……」
「帰りたい日を決めてくれたら、ボクがママのお父さんたちの夢に出て、この日にここに来てって知らせる役だよ。でもごめんね……ママ。それだけしか帰れないんだ」
「それは……うん、仕方ない。心配は色々あるけど、最初の一年で事情を説明してわかってもらおう。私は一人じゃなくて、こうやって話すことができるようになったモカが一緒なんだからなんとかなるよ! それにうちの家族はこういうことに理解がありそうな気がするからね」
「ママ……。大好き」
「ふふ、私も大好きよ!」
モカがべろべろと勢いよく舐めてくるからゴロンとソファに寝転んでしまう。
そういえば、異世界に家を持ってきたということは、ローンの支払いはどうなるんだろう……うん、今は考えるのをやめよう。
……ハッ。待って。もし向こうで家が消えたことになっているなら、ローンも消えたのでは!?
そんな現実的なことを考え出すと手紙を握りしめた手が、少しだけ震えているのに気づく。三度のスキルを使えばもう日本には帰れない。両親にも、弟妹にも、二度と会えない。家族だけが私のことを覚えているというのは、辛いことかもしれない。
それを頭で理解した瞬間、指先から体温が引いていくような感覚がした。
でも、うずくまっている時間はない。モカがいる。話せるようになったモカが、そばにいる。それだけで、なんとかなる気がした。
「モカ。ママはチートになった気がするけど、なにせ何もわからない異世界。二人で頑張って生きていこうね!」
「うん。ボクも頑張るからね!」
「まずはここがどんなところか確認しないとよね」
「そうだ。ママは外に出たらしばらく声が出にくいかもしれない」
「声が? なんで?」
「外は空気中に魔素というものが含まれていて、魔法使いはそれを利用することもあるんだけど、ママは魔法のない世界から来たでしょ? だから最初は体が驚いちゃうから」
「それを治すにはどうすればいいの?」
声が出ないって、それは困る。
初対面の人に何も伝えられないのは、思っていた以上に不安だった。
「ママの体に合う魔力の持ち主がいればすぐに解決するよ。その人から魔力をもらえばいいんだ」
「モカはだめなの?」
「ボクは魔力だけじゃなくて、神力のほうが強いから、ママへの負担が大きくなってしまうんだよ」
「なるほど。魔力をもらうってことは、ママも魔法使いになれる!?」
「それはなれないと思う。ごめんね」
モカのあっさりとした否定にがっくりと肩を落とす。せっかく魔法のある世界に来たのに、眼鏡をかけた有名な某魔法使いのようにはなれないみたいだ。
「それならなんで魔力が必要なの? 生活のため?」
「生活のためでもあるけど、多少は持っていないとママのスキルが発動できないんだよ」
創造神様からいただいたチート能力が発動できないとここでの私の生活は終わりの予感しかしない。私は小説の主人公のようなサバイバル本能みたいなのは持っていない。
本来ならあれだけのスキルを使うには膨大な魔力が必要で、そもそもスキルを複数持っている人間自体が少ないようだ。でもそれがないと私が生きていけないだろうと判断した創造神様が少ない魔力でも発動できるよう特別仕様で私に付与してくれたらしい。
創造神様からもかなり軟弱な生き物として見られているのか、この異世界そのものが、強者でなければ生きていけない場所なのか。
「それからこれも大事なことなんだけど、この国にいる間は特に、ママは本当の名前を言わないほうがいいと思う」
「昔だと名字があると貴族だったりしたわよね。そういうこと?」
「うん、ここでもそれは同じだよ。ママが悪い魔法使いに会うことはないと思うけど、名前で縛る魔法があるんだ。契約と見せかけて奴隷にしたりとかそういったことにも使うし、追跡するのに使ったりといろいろ」
「えっ、そんな怖い世界なの!」
「ボクと創造神様の加護があるから、ママには危害を加えられないけど、念のためね」
「そういうこと。身を守ることは大事だもんね。うーん、なににしようかな……」
私の名前はいわゆるキラキラネームの一種だ。両親は自分たちの名前がありふれていて嫌だったらしく、子どもにはせめて変わった漢字を使おうとしたらしい。子どもからしたら良い迷惑でしかない。
で、私の名前は、永遠と書いて《はるか》と読む……。
痛々しいんだと思われたことはわかっている。キラキラネームとバカにもされてきた。正直、この名前で苦労したことは多い。
でも、両親が願いを込めてつけてくれた名前でもある。名前の響き自体は気に入っていたから、ここでは名乗れないのが少し残念だけど、何にしようかな。
「あっ、そうだ、トワにする!」
単に永遠の違う読み方なだけだけど、覚えやすくて良いでしょう。
「トワがママで、ママがトワ。うん、ちゃんと覚えたよ!」
「モカはそのままで大丈夫なの?」
「ボクを縛れる者なんてそれこそ創造神様だけだよ」
「そう、それなら安心ね。ママはモカに何かあると辛いの。だからママもモカを守るね!」
「うん!」
「よし、ではまずは、外へ出てみましょう!」
異世界と言われてもなにもまだ実感がない。
モカが変わったことや、創造神様からの連絡だとかおかしなことは起こったけど、外の景色すらわからないのだ。まずは異世界を実感することが大事だ。
私の異世界生活は玄関ドアを開けた先から始まる。




