1話 異世界へ
初投稿です!至らない点が多々あると思いますが、少しでも楽しんでいただけると幸いです。
愛犬モカと一緒にソファでくつろいでいた時だった。
ガタッ、と家全体が揺れた。
「えっ、何!? 地震?」
モカは耳をぴんと立て、眠そうだった顔を一瞬で引き締めた。周囲を見渡すが、地面が揺れる地震とは違う。
「なんか、ゆらゆらしてるよね……」
何かが落ちたりしている様子もなければ、物が揺れている様子もない。でも明らかに家自体は動いている。船に乗っている感覚に近いかもしれない。
「モカ、ママが外を見てくるからここにいてね」
動きが止まったタイミングでソファから立ち上がり、モカの頭を一撫でしてから玄関へと向かう。
「あっ、ママっ、ダメだよ!」
「…………ん?」
いま、子どものような声でママと呼ばれた気がする。いつも「ママだよ」と声をかけていたから、その呼び方自体は不思議ではない。
でも、それをモカが理解して口にするなんてありえなかった。
「ママ、ボクだよ。モカだよ」
きょろきょろして声のする方――ソファに目をやるとモカ色をしたポメラニアンの愛くるしい瞳がこちらを見上げていた。
「……ええっと……?」
混乱する頭を押さえながらモカに確認する。
「ボクはモカだよ。いま外に出るのは危ないと思う。ここは地球じゃないから。だからボクが話せるようになったんだよ」
「……夢? 庭仕事に疲れていつの間にか寝てしまってたのかな」
朝から庭でモカを遊ばせながら草むしりしたり、洗車したりしていたから疲れて寝てしまったんだろう。そうでないと、犬が日本語を話してるなんておかしすぎる。
「もうっ、夢じゃないよ! モカだって言っているでしょ!?」
「いやいや、夢じゃなきゃおかしいでしょ。さっきまでワンて鳴いてた子がこんな流暢に日本語を話してるのも、地球じゃないって……どういうこと?」
「さっき揺れてたでしょ? 異世界転移に巻き込まれたんだよ。ボクがもともと異世界の者だからだと思う。ごめんね、ママ」
頭の中では、異世界、聖獣、魂という単語がぐるぐる回っていた。理解しようとしているのに、情報が多すぎて全然追いつかない。
異世界なんてまるで弟妹の好きなアニメの世界じゃないか。それにモカがもともと異世界の者ってどういうことだ。それでも、悲しそうに頭を下げるモカを見ると、ただ混乱している場合ではないと思った。
「モカ、これが夢じゃないなら詳しく説明してくれる?」
「うん。ボクの魂はね、もともとこの世界のものなんだ」
「……この世界?」
「聖獣の王になるはずだったんだけど、それを嫌がった人がいて。ボクの魂を赤ちゃんに戻して、地球に飛ばしたんだよ」
「飛ばした? じゃあポメラニアンの体は」
「そこにたまたまいたの。ごめんね、ママ」
モカに聞いた話は、正直すぐには飲み込めないことばかりだった。思い返せば、この子との出会いも少し変わっていた。
この子は、当時の職場の先輩の家で生まれた子だったが、人見知りで里親が決まっていなかった。そこへ名乗りを上げたのが私だった。人見知りのはずなのに、この子は私の足元にぴたりとくっついて離れなかった。私自身もこの子が良いという直感があり、即決で先輩にお願いしたのだ。
そのモカが聖獣の王様って……外見はどう見てもポメラニアンだけど、良いのか? そもそも聖獣ってなんなの? 異世界アニメでは、フェンリルとかドラゴンとかそんな感じのものがよく出ていたからそういうものかしら。
「それから、ボクは外へ出れば色も真っ白になっちゃうんだ」
「えっ! モカの名前の由来がなくなっちゃうの!」
「うん、ごめんね。大きくなったり小さくなったりもするし、ご飯も排泄も必要なくなるけど、ご飯は食べたいから食べるね」
「お、おぅ、なかなか自己主張する子だったのね、モカ」
身の上話を終えたモカが、自己主張もきっちりとするポメラニアン、いや、王様としての振る舞いをしだしたことに少し驚く。気が弱いわけではなく、ただ言葉を話せなかっただけで、実はいつもこんな風だったのかもしれないけれど。
「これからは直接言いたいこと言えるし、念話もするから。ママも慣れてね?」
「念話?」
『こんな感じだよ』
脳内に直接、モカの声が響く。私は目を見開いてモカを見つめた。
「テレパシーのことね!」
「うん。それでね、ボクがここがどこだとかこれからのことを確認してくるから、ママは着替えたりしておいてくれる? その格好じゃ出られないでしょ?」
いまの私の格好は、上下スウェットパジャマで髪ボサボサ、ドすっぴんだ。
「それはまあそうだけど、出るって、え、異世界へ?」
「ちゃんと戻ってくるよ。その間、外が騒がしくなったりしても絶対に覗いたり開けたりしちゃダメだよ?」
「……もし開けたら?」
「ママに呆れて、ボクは戻ってこない」
「きちんと守ります!」
思わず敬礼して答えてしまう。モカがいなくなる=詰みだ。
「うん。すぐに帰ってくるから!」
シュルルッ
「えっ!」
一人残された私は、目の前で消えたモカに驚愕した。
一体どこに行ったのかもわからないし、こんなの見せられたらモカがもうただのポメラニアンではないことを、納得せざるを得ない。
それにしてもここは本当に異世界なのだろうか? 妹に読めと言われたウェブ小説は、山の中に転移していることが多く、それ以外だと王宮で王子様に会うパターンがあった。自宅から出ていない現状、ここが異世界だと言われても今ひとつ実感が湧かない。
「でも……冷静に考えると自宅ごと転移しているってかなりラッキーなことなんじゃない? 消耗品がどうなるのかとかインフラがどうなっているのかとか問題もあるけど」
そういえば、車と自転車はどうなったんだろう。庭横の駐車場に停めてあったけど、オーバーテクノロジーなはず。 ここがどのくらいの時代かにもよるけれど、中世ヨーロッパをイメージしたものが多かった。
となると、移動手段は、徒歩か馬車だろう。馬車か、乗ってみたいけど車に慣れているとすぐに疲れそうな気もする。
騒音が続くなかで独り言をぶつぶつ言いながら自分にできることをしようと着替え始めた。なにを着てもきっと異世界とは合わないだろうから、なにかあったら逃げやすい格好にした。長袖シャツにパーカーを羽織り、ジーンズ。これにスニーカーを履けば完璧だ。
着替えていると、先ほどよりさらに外が騒がしくなっていることに気が付く。なにやらかなり派手な音がしている。
でも、我慢我慢。モカの方が大事。
「ただいまっ!」
「モカ! おかえり!」
しばらく待っているとどこからかモカが帰ってきた!
はぁ〜これで外のこともわかるはず。ずっと音が鳴り響いていてうるさいのだ。
「モカ。外が騒がしいんだけど」
「大丈夫だよ、もうすぐ収まると思う。収まってから外に出ようね」
「え、出ても大丈夫なの? 森の中とかではないの?」
「すごく安全なところに転移できているから安心して! でね、これ。ママにお手紙」
ダイニングテーブルの上に白い封筒がひらりと舞い落ちた。それを手にすると高城永遠様と書かれていた。
「どちら様から?」
「神様!」
「……神様? かみさんて方ではなく?」
「創造神ウィスティアード様だよ。この世界の一番偉い神で、ママとボクはその神様の愛し子だよ」
「愛し子」
手紙を持つ手が小刻みに震え出す。
神様からのお手紙を素手で持っていいものなの?
白い手袋とかしたほうがいいんじゃないのか?
「モカ、これ本当に開けて大丈夫なものなの?」
「ママ宛だもん。早く読んでくれないと外へ行けないよ」
「うっ。ふぅ……わかった。読むね」
震える手を一度ぎゅっと握り直して、ゆっくりと封を切る。中から出てきたのは、見たことのない文字で書かれた便箋だった——と思いきや、なぜかちゃんと日本語で読めた。
「高城永遠へ。まずは謝罪を」
出だしから謝罪とは、なかなか潔い神様である。
読んでいたただき、ありがとうございます!
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