19話 面談後
「トワっ!」
扉を開けると、真っ先に近付いてきたのはディルクさんだ。小部屋に入る前から不安そうだった顔が、さらに険しくなっていた。そういう顔するとさらに色気が増すからやめてほしい。彼はモカにも視線をやってから少し安堵したのか、また私の手を握る。もういいや、好きにさせておこう。この国の距離感の近さはこの国からしたらこれが普通で、古いタイプの日本人の私がきっとおかしいのだ。これも魔王になる可能性を下げることになるなら致し方ない。
「無事にお会いできたようで安堵いたしました」
続いて大神官長様とその後ろにクィンさんとアナが近付いてきた。
「もしかして、時間軸が違っていたりします?」
なんかみんなの反応が大袈裟な気がするのよ。
「ええ、いまはすでに17時を回っております」
「えっ。入ったの13時頃でしたよね? そんなにお待たせしていたなんて申し訳ありません!」
私からしたらそんなに長時間話したつもりはなかったのに、この忙しい人たちを何時間も待たせるなんてあり得ない。
「いえ、ここに入ると時間軸が狂うんですよ。もっと早く進む場合もありますからね。気にしないでください」
そう優しく大神官長様は言ってくれるが、罪悪感がものすごく押し寄せてくる。なにせ我が家は時間に厳しい家だった。遅刻はもってのほか、行動は常に効率よくというのが家訓のようなものだった。両親ともにのんびりしているのになぜかそこは共通していたんだよね。
「ディルクさんもクィンさんもアナもごめんなさい。今度入る時は待たなくていいからね」
そう言うとクィンさんとアナさんは問題ないと言ってくれたが、ディルクさんから強い視線を感じる。
「と、とりあえず、自宅に戻りましょうか」
「あ、先ほどロクが来まして。殿下が明日から2日間は休んでその翌日、このメンバーで親睦会をするため別宮の食堂に集まるようにとのことです」
「親睦会?」
「はい。殿下とは初日以来お会いしていないでしょう? ご報告もあるようですから出席をお勧めいたします。ドレスコードはありません。普段の格好のままで良いとのことです」
普段の格好って、常にキラキラしているここの人たちと、頑張って着飾ってようやくほんの少しキラリとする程度の私では全然違うと思うんだけど。
そのまま神殿に大神官長様とクィンさんを残してとりあえず一旦帰ることにしたけど……。気まずい。ものすごく気まずい。
モカはアナに相手してもらいながら後ろを歩いているし、あれからひと言も話さないディルクさんに手を繋がれているから、連行されている犯人のような気分だ。
手を離してダッシュしたとしても、きっとすぐに追いつかれるだろうからしないけど、気分的にはしたい。ものすごく逃げたい。
相変わらず神殿や王宮周りには人が多く、私たちを見て騒ぎ立てている。私はいまはそれどころではないのだ。待たせたから怒っているのだろうと思っていたけれどどうもそうではない気がする。繋ぐ手の力強さに、もしかしてこの人はなにかが不安なのだろうかと気付く。でもなぜそこまで不安になるのかが分からない。
「あの……ディルクさん?」
気まずいのも限界だ。こちらから打破してやる。そう思い、繋がれている手を少しこちらへ引く。するとようやく彼が私を見た。
「待たせたことは本当に申し訳なく思っているんですけど、私、ほかになにかしました?」
「え?」
「いえ、だって私が出てきてからずっと不機嫌でしょう? あ、もしかして出てこなかったほうが――」
「そんなわけない!」
ビクッ
急にあげられた大きな声に条件反射的に体が反応してしまう。モカが慌てて走り寄ってきた。
「ちょっとディルク! ママになにしたの!」
「すまないっ。怖がらせて申し訳なかった。大丈夫か? ごめんっ」
大きな体を曲げ、私の肩に触れながら眉を下げて謝ってくる。
「う、ううん。怖いとかじゃなくて、その、驚いただけだから大丈夫」
モカと二人暮らしだったから大きな声を間近で聞くこともなかったせいもあるのだろう。逆にそんな大袈裟な反応してしまったことにも申し訳なく思ってしまう。
「モカもありがとうね、大丈夫だから。アナもね」
アナが心配そうに両手を握りしめながらこちらを見ているのがわかったから、アナにも微笑む。
「どんな理由があれ大声を出した俺が悪い。申し訳なかった」
「ちょっ! 頭をあげてください!」
いいって言ってるんだからやめてほしい。もう別宮に入っているからほとんど人はいないけど、いるにはいるんだから!
「……許してくれる?」
かぁっ! なんでそんな上目遣いをしてくるかなっ!
まるで大型犬におねだりされているような感覚だわ。
「許しますっ、許すからお願いだから頭をあげて!」
なんとか上を向かせようと、今度は私が彼の肩に手を当てる。目の前には吸い込まれそうぐらい綺麗な紫と青が混ざったような宝石のような瞳。そのときにようやく、至近距離になっていることに気がついた。
慌ててバッと身を逸らす。前にもやったな、これ。
「ディルク。次またママを怖がらせたら容赦しないよ」
モカが私と彼の間に入り、上からディルクを睨んでいるようだ。……上から?
「モ、モカッ! 大きくなってる!?」
私の目の前はいま大きな白い背中しか見えない。狼サイズではここまで大きくない。思わずアナの腕を引っ張って、アナにも確認してもらう。
「大きくなられていますね……」
アナもぽかんとその大きな背中を見上げる。見上げても首が痛くなるほど大きい。元ポメラニアンだとは誰も思わないだろう。
「二度とこのようなことはいたしません。申し訳ございませんでした」
背中に隠れて見えないけれど、ディルクが謝罪しているのは聞こえたから、次はモカをとめないと。
「モカ、ママの心配してくれてありがとうね。ママは大丈夫だから彼のこと許してあげてね?」
「……本当に?」
「本当よ! ママがびっくりしちゃっただけだから! でもモカが心配してくれたのは嬉しいからね、ありがとう。大好きよ」
全く回りきらない腕を回し、モカを抱きしめる。そうすると今度は、しゅるしゅるしゅるっと空気が抜けるかのようにポメラニアンサイズのモカが腕の中にいた。それをさらにギュッと抱きしめてから、ディルクさんに向き直る。
「はい」
落ち込んだ様子の彼に、モカを抱っこしていないほうの手を差し出す。
「え?」
「仲直りの握手。原因はわからないけれど、私が悪いんじゃなければそれでいいです。でも今後もしなにか不機嫌になるようなことを私がしてしまったなら、ちゃんと理由を説明して欲しい」
「今後……」
「仲直り。するの、しないの?」
差し出したままの手を上下に振る。すると、腕を引っ張られ、そのまま抱きしめられる。モカを抱っこしているからかなり緩くだけど、えっ。
「ごめん。二度としない。ありがとう」
耳元で囁かれる低音ボイスに耳が溶けそうになる。
彼はすぐに私を解放して、空いている手を繋ぎなおした。手はどうしても繋ぐのね。
彼を見上げると、さっきとはうって変わって穏やかな笑みを向けてきた。
なんだこの微笑み。私に死を与える気かっ。
夜の更新はSSと合わせて2話分投稿します。




