16話 神殿
「こんにちは、トワさん」
「あれ、クィン様とディルクさん。あ、アナも」
背の高い二人の後ろからアナが頭を下げているのが見える。
「こちらの服装になったのか。よく似合っている」
「ええと、どうもありがとう。あの、昨日はご迷惑おかけしました。ありがとうございました」
「いいや。よく眠れた?」
「はい、それはもう」
「それならよかった」
なぜかディルクさんのほうが嬉しそうに微笑むから、私の顔がまた赤くなっている気がする。ディルクさんはきっとナチュラルでこうなんだから慣れるべきよね、うん。
……慣れるのか?
「いつの間にか2人は仲良くなったんだね? 親友としては嬉しい限りだよ」
「いつから親友になったんだ?」
「子どもの頃からずっと一緒なのにひどい言いぐさだなぁ。あ、トワ様、俺のことはクィンと呼び捨てで構いませんからね。敬語も不要です。ただの護衛ですから」
そう言うがどう見てもただの、ではない気がする。気品漂ってるし、ロキ君とロク君とはまた違った人たらしな雰囲気がある。それなのにどこか冷たそうな空気も纏っていて、そこがディルクさんと気が合うのだろうか。
「本人がこう言っているのだから構わない」
私が戸惑っていると、ディルクさんが助け舟を出してくれた。代わりに私にも敬称敬語は不要だとお願いすると、快く了承してくれた。
「そうだ、アナ。服ありがとうね。ごめんね、寝てしまっていて」
「いいえ。よくお似合いですよ」
「ありがとう。それで、今日はどうしてこのメンバーなの?」
クィンさんに視線を向けると、少し困ったような笑顔で答えてくれた。
「それなんだけど、大神官長様が一度神殿に来てみてはどうかと。それで迎えに来たところタイミングが同じだったんだ」
「わざわざ護衛騎士の方に来てもらうなんてお手間をとらせてしまい申し訳ありません」
「こちらの都合だから気にしなくていいよ。早速だけど、行きましょうか」
「モカも連れていって大丈夫?」
「もちろん」
モカは私の腕から飛び降り、狼サイズのモカになって、トコトコと跳ねるように歩いて行く。
「神殿、楽しみだね!」
神殿は別宮から出て、王宮の中心部にあるらしい。思わぬところで初めて別宮の外へ出ることになった。
ディルクさんがエスコートを申し出てくれる。断ったら許さないという圧があり、また腕を組む羽目になってしまった。
それを見たアナは驚愕の顔をしているし、クィンさんは面白そうにニヤニヤしているが、ディルクさん自身は満足げだ。だけど、それを許せない人たちもいるようで。
「キャァ! カルド団長様とアゲート様よ!」
「あのお二人が一緒にいらっしゃるなんて!」
「あの女、なによ!」
「なぜエスコートされているの! あんな平民が!」
「それに、なに、あの白い狼は。魔獣かしら」
「馬鹿ね、魔獣ならあのお二人が放置されているわけないでしょ」
立て続けに聞こえてきたその会話の方向を向こうとすると――
「見る必要も聞く必要もない」
視界を遮るように立った彼を見上げると私には見せたことがない冷たい表情をしていた。
「そうそう。羽虫の言うことに耳を貸す必要ないよ」
「羽虫……」
自分たちにキャーキャー言っているのに羽虫扱い。いつもこんな感じなのだろうか。
カルド団長って、団長はこの中でディルクさんしかいない。名字で呼ばれてるってことは……やっぱり貴族なんだ。納得はできるけれど、なぜか胸がちくっとした。
再び歩き始めようとすると、待ったがかかる。
「トワ」
「ん?」
「歩きにくいのか?」
「え、そんなことないけど……すみません、嘘です。一人で歩くほうが楽ではあります……」
慣れないエスコートのせいもあるが、問題はスカートだ。ほぼ地面につきそうなロング丈がローヒールパンプスに絡まり、躓きそうで実は歩きにくい。
先ほどの女性たちはみな煌びやかなドレスだったが、あんな格好で颯爽と歩けるのは素直に凄いと思う。
「それならこうしよう」
そっと自分の腕から私の手を離し、あろうことか手を繋いできた。
「え!?」
「これならまだ歩きやすいだろ?」
「え、いや、一人で――」
「却下」
却下ってなに!? しかもまたすごい悲鳴があがってるけど、それも聞こえていないの? それに問題はスカート丈なんですけど!?
彼は私の困惑を無視し、ずんずんと歩き続けモカたちに追いつく。手を繋いでいる私たちを見たアナもクィンさんもさっきと同じ表情だった。なぜこうなってしまったのか私が一番わからない。
『ママ、きっと何言っても無駄だろうからこのまま行こうよ、ね』
『女性の悲鳴とか罵詈雑言が聞こえるのに?』
『無視しておけばいいんだよ。ほら、早く行こう』
頭の中にモカの声が響く。モカはそう言うけど、遠巻きとはいえ聞こえる大きさの声で言われ続ける悪口は耳に残る。
「大丈夫か?」
きっかけはあなたですけどね? 俯きかけた顔を上げてそう言いたいのを我慢して答える。きっとここで手を振り払うなんてしたら傷つくのも恥をかくのも彼だろう。騎士にそんなことさせるぐらいなら自分が我慢した方がマシだ。
「大丈夫」
意識をその声に向けないようにして前だけを見て進むようにする。
そうこうしていると、正面に厳かな白い建物が見えてきた。あれが神殿だろう。さらに近くに寄ると、曇りのない白い石材で築かれた重厚な本堂の脇には、ひときわ目を引く美しい塔がそびえている。針のように先の尖ったその白亜の塔は、真っ直ぐに天高くそびえ立っていた。
「うわぁ、すごい……」
こんな子どもじみた感想しか出ないのもどうかと自分でも思うけど、それ以外の言葉が出てこない。日本でどれだけ立派な建物を見てきたとしても、これは別物だ。
「わざわざお越しいただきありがとうございます」
中から出迎えてくれたのは残念イケオジの大神官長様だ。
「いえ、こちらこそお招きありがとうございます」
「ささっ、どうぞ中へお入りください」
重厚な扉を押し開けた瞬間、外の喧騒がすとんと消えた。ひんやりとした静寂が満ちていた。
椅子などの遮るものが一切ない広大な石畳のホールの奥には、神聖な祭壇が鎮座している。高い窓から差し込む一筋の光が、がらんとした白い堂内を真っ直ぐに照らし出し、厳かな空間を浮かび上がらせていた。
「あちらが創造神ウィスティアード様でいらっしゃいます」
大神官長様がさす方向には、一体の像があった。そこにあったのは、混じり気のない白い石材から削り出された神像だった。
神殿の壁と同じ純白のその像は、静かに目を閉じ、慈悲深い表情を浮かべている。余計な色彩がないからこそ、その白い輪郭がひんやりとした薄暗い堂内にくっきりと浮かび上がっていた。
「ねぇ、ボクとママは祈りの間に行ってもいい?」
「祈りの間ですか」
「うん、あの扉の奥にあるでしょう?」
モカがちらっと視線を向けた像のある壁際には、確かに人ひとりが入れそうな小さな扉が見える。
「お待ちを」
待ったをかけたのはディルクさんだった。なんだろうと思い、隣の顔を見上げる。
「ディルク団長、なんでしょうか」
「扉とは? 目視できない所へお連れすることは護衛として許可できません」
「え? 扉ならあるよ?」
モカと同じ方向を指差すが彼は小さく首を振る。
「侍女の君にはそれが見えるか?」
「えっ、い、いえっ、見えません!」
自分に話しかけられると思ってもみなかった雰囲気のアナがかなり驚きながらもしっかりと否定する。
どういうことだろう。
「大神官長様、それが見える条件は?」
「さすが殿下の筆頭護衛騎士ですね。そうです、あれが見えるのは神聖力を多少なりとも持っていなければなりません」
「……つまり、彼女は神聖力も持っているということですか」
えっ、ますますわかんないんだけど! 魔力ですらろくに分かってないどんくさい人間なのに、まだ他にも力があるの?
「ママは、愛し子の加護の影響で見えるんだよ」
なるほど、さらに分かっていない愛し子の力ね。植物だけに影響するわけではないのね。
「私には残念ながら見えません。そこは、安全を保証できる場所でしょうか」
「見える者だけでなく、神からの許可がないと入れません。ここより安全なところはないでしょう」
「…………」
大神官長様がそこまで言っても彼は苦渋の顔のまま、手を離そうとしなかった。
「ディルク、ボクとママは大事な用事があるんだよ。いまここで離してくれないと本当に――」
モカが最後に言った言葉は、なんて言ったのかわからない。
ディルクさんが不安そうな顔をしているから、離れる直前にこちらからぎゅっと握りしめてみた。すると彼は少し目を見張ったあと薄く微笑んでから、手を名残惜しそうに離す。
いってきますと伝え、案内役のクィンさんの後に続いて進んで行った。




