15話 マジックバッグ
ふと目を開けるとベッドに眩しい光が差し込んでいた。朝にしては強すぎる。体が重い。ここは自分の家のベッドだ。昨日何があったか思い出そうとして、頭がぼんやりしていることに気づいた。
「あ。ママ、起きた?」
サイドテーブルとは反対側から、モカがベッドへ上がり、私の顔をべろっと舐めてくる。そんなモカに私はキスを返す。朝晩のキスは日本にいた頃からの日課だ。それ以外でもよくしていたけれど。
「おはよう。もしかして、私、一日寝てた?」
「そうだよ! あのままディルクが運んでくれて、いまは午前10時だよ。神殿には昼食後に来てって頼んであるから、安心してね」
「それはありがとう……え、あのまま?」
「抱っこされたまま寝てたでしょ」
モカの無慈悲な一言に昨日のことを思い出して、私はシーツを被って悶絶した。
いい年してほぼ初対面の男に運ばれて爆睡?
「ちゃんと魔力の関係だってわかっていたから大丈夫だよ。それよりご飯食べようよ」
まだ冴えきらない頭を動かして、身を起こす。
「そっか、ごめん! ママが寝ていたせいでなにも食べていないよね! モカは何食べる? 好きなドッグフードもあるよ」
「ささ身!」
「いくら食べなくても生きていけるとしても、もう犬じゃないからドッグフードじゃダメかもね。サラダチキンとかでもいいのかな」
「いいよ!」
モカは、もう犬ではないはずなのに、ソファでぶんぶんとおもちゃを振り回している。運動量も大幅に上がっているんだろうか。これは私も体力づくりとして何かした方が良いかもしれない。
そんなことを考えながらサラダチキンをほぐしていると、テーブルにある荷物が目に入る。
「モカ、その荷物なに?」
「これは、アナが持ってきてくれたんだよ」
モカ曰く、護衛の人たちが戻ったあと、アナがわざわざ実家の商会から服を持ってきてくれたらしい。着替えがなかったらと、上下セットで数着も。この世界の若者、出来過ぎではなかろうか。あとでちゃんとお礼を言わないとだわ。
「あれ……? 待って。運んでくれたってことは、家の中に入ったってことよね!?」
この散らかったままの部屋に!
「ボクが目くらましの魔法かけておいたから、ベッドですらぼんやりとしか見えていないはずだよ」
「さすがモカ! 愛してる!」
ぐりぐりっと頬を擦り付ければ「ご飯早く」と冷たくあしらわれた。悲しい。
今日はモカの朝の散歩も行けていないし、午前中の勉強も午後からにしてしまって周りにかなり迷惑をかけてしまっている。
「朝の散歩なら行ったよ?」
「え、どうやって?」
「アナとロクが来たから中庭で少しだけ遊んだんだよ」
「そうだったの。みんなに迷惑かけてしまっているわね」
どんだけ爆睡してるんだ、私は。全く気づいてなかったわ。
サラダチキンと自分用のトーストした食パン、コーヒーをローテーブルに置き、一息つく。
そういえばと、まだマジックバッグを試していなかったことを思い出す。創造神様が用意してくれたというリュックとショルダーバッグを手に取り、まずは中を覗いてみる。
——思わず閉じた。
「モカ」
「んー?」
モカはいまはチキンに夢中でなおざりだ。でも誰かに聞いてほしいことが起きている。
見かけは普通の、ポケットの多い機能性重視のリュックと軽量ショルダーバッグだ。ところが開けてみると、中が渦巻いていた。宇宙空間のように、それはもうぐるぐると。このブラックホールに手を突っ込むのはなかなか勇気がいる。
「これって、これで正解? なんかぐるぐるしてるんだけど……」
「マジックバッグのこと? ママのは特別仕様だからね。他の人にバレないように普通のかばんと同じように使ったほうが安全だよ」
「日本にいた時みたいに、人前では普通のバッグとして扱ったほうがいいってことね」
「まあ、そのリュック自体がないけどね」
「ん?」
「なんでもないよ」
ぼそっと呟いたモカの声は何を言っているのか聞き取れなかった。なんだろうと思いながらも、もう一度マジックバッグに意識を向ける。ここに手を入れないとマジックバッグのことがなにもわからないままだ。
えいやっと決意を込めて目をつむりながら財布が出てくるよう手を入れて念じる。
「あった!」
思わずそれを両手で持ち上げて喜ぶ。モカは少し呆れたように見ていたけど、財布は大事でしょう。ついでにポーチも取り出しておく。結構乾燥しているからリップは必需品だ。
「一覧」と唱えたあとに取り出した在庫一覧表には、もともとリュックとショルダーバッグに入れていたものが本当に一覧表に記されていた。マジックバッグの中身や買い物した物まで自動で更新される。便利すぎる。
「そういえば、ここのお金って見たことないのよね。貨幣価値は教えてもらったけれど」
「お金のことは、アナに聞いたらいいんじゃない?」
「そうよね、今度見せてもらおう」
マジックバッグをひと通り確認したところで、スマホを手に取った。使える機能は限られているが、残っている写真はモカと家族のものだけだ。それだけでも残っているなら御の字だろう。カメラも使えるし、スマホの現代通販も問題なく動いている。
「カメラが使えるから、アサ姉とキリ姉が喜ぶね」
舞台鑑賞が好きで衣装展にも行っていた上の妹の朝陽華や、コスプレ好きでオタクな下の妹の綺羅花。それに、ゲーム大好きで元気な弟の羅稀――あの賑やかな感じは、ちょっとロキ君と似ているかもしれない。
「つまり、制服を着た騎士とモカの絡みが撮影できる……!?」
そんなの最高ではないか! 昨日見ているだけでも至福だったものな、遊び方は除いて。
「手紙を送る時と帰る時に見せてあげたらいいんじゃない? ディルクも撮って見せれば、すごく喜ぶと思う」
確かに。うん、あの顔はまずいない。
「ライ兄は、アナが好き」
「アナ?」
これまでの羅稀の彼女を思い出してみるが、好きなゲームキャラとは全然違っていた。ゲームキャラでは、スタイルの良い癒し系が好きだったはず。
「アナそのものね……」
「でしょ?」
「でも、スマホとかカメラをみんなの前に見せても良いの?」
「いまこの家が見えている人は大丈夫だよ。それに、ママやボクと触れながらならその人もスマホに触れて撮影できるよ。買い物はできないけどね、いまは」
「そっか。それなら、集合写真もいけるわね」
異世界に行ってしまったけど、なんとか楽しんでるよって安心させてあげたい。
軽く化粧をしてから出かける準備をして、アナが持ってきてくれた服に着替える。淡いベージュのシャツに若草色のロングスカートだ。茶色のベルトまで付いている。あと二着は色違いが入っていた。
「……若作りじゃない?」
着替えて姿見の前に立ってみる。スカートは足首まで隠れる長さで、正直歩きにくい。ここの世界の人はみんな背が高いから、それに合わされているのか、足を見せるのがダメな世界のどちらかだろうか。
「ママは可愛いよ?」
「モカー! ありがとう」
ポメラニアンサイズになったモカを抱き上げてモフっているとインターホンが鳴り響いた。




