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聖獣と自宅、異世界に着地  作者: 冬実 なぎさ
転移した先での出会い

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11話 散歩

 


 散歩をしようと夕方、狼サイズがもはやデフォルトとなったモカと外へ出てみた。中庭の広い空を見上げていると、さっきまでの重く沈んでいた気持ちも少しずつ晴れていく気がする。


「ママっ、早く遊ぼっ!」


 それはモカも同じだったようで、早く早くとボールをこちらに渡して走っていく。


「ほらっ!」


 おもちゃの小さなボールを投げてやると、すごい勢いでそのボールに飛び付く。

 明らかに日本にいたときよりジャンプ力が上がっているし、走るスピードも速い。


「モカすごいね! すごく高く飛べるねぇ!」


 ボールを持ってきたモカをわしゃわしゃと撫でてあげる。


「すっごく高く飛べるようになったんだよ!」


 モカは魂がもつ本来の運動能力を取り戻したのが嬉しいのか、喜びながらぴょこぴょこ飛び跳ねている。

 こちらも嬉しくなって、そのあともボールを投げては褒めるのを繰り返していた。が、これはダメだ。

 日本にいた頃より明らかにモカに体力がある。これは私のほうがまずい。


「モカぁ、ちょっと休憩しよー」

「えー」


 私は足を前にだらっと伸ばし両手を後ろにつき、疲れたぁと全身で訴えていた。その時、私の肩がとんとんと軽くたたかれた。


「ん?」

「私が代わりに投げても?」

「ディルク様!」

「様は不要です。ディルクとお呼びください。モカ様にもそうお願いしております」

「え、いやそれは……」


 振り返ってみればそこにいたのは今日は来られないはずのディルク様だった。あ、様はダメなのか。

 今日も顔が整っている。その美貌はどうやって保てるのか美容法を教えて欲しい。


「もっと気楽に接してほしいんですよね? それならぜひ呼び捨てで。敬語も必要ありません」

「そうではありますが、さすがに呼び捨てというわけにはいかないので、えっと、ディルクさんでいかがでしょうか。私のことは最初にお伝えした通り、トワと呼び捨てで構いませんし、敬語も不要です」

「では、いまはそれで我慢しましょう。いずれ必ず呼んでくださいね? あ、敬語も不要だったか」


 なぜだろう、彼は驚くほど自分の名前に固執しているように見える。

 もしかして、この世界で本名を教え合うのって、想像以上に重い意味があるんだろうか?


「えっと、はい、慣れれば……」

「では、慣れるよう頻繁にあなたに会いにきても?」

「私に、ですか? モカにではなく?」

「モカ様も大変愛らしいが、私はあなたに会いたい」


 かあっと顔が熱くなった。この人、これ無自覚で言ってるんだろうか。だとすれば恐ろしすぎる。


「ママぁ、まだぁ!?」


 あ、そうだった。いまはモカの散歩中だった。赤くなっている場合ではない。


「モカ様、私が代わりに投げても?」


 モカを見れば、ボールを投げてくれるなら誰でも良いみたいで早くっと待っていた。

 ここは素直にお願いしようとボールを渡し、移動するために体を動かそうとしたら肩に腕を回された。

 そのうえ、ひざ裏にも手を回され、身体が宙に浮く。


 ――えっ!?


 いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。至近距離で彼と目が合い、ふっと優しく微笑まれる。

 私はその破壊力に完全に撃沈し、さらに真っ赤になったであろう顔を両手で覆い隠すしかなかった。


「こちらでしばらくお休みください」


 降ろされたのは二人がよく見えるベンチだった。


「あ、ありがとうございます……」


 目線を合わすことができなかったが、お礼を言う。

 彼は「いつでもお任せを」と言ってモカのいる方へ進んで行った。


 彼氏がいたことはあったのに、お姫様抱っこなんて初めてだし、こんなにドギマギしたのも初めてだ。

 正直、私はディルクさんのような綺麗な顔より男らしい精悍な顔のほうが好みで、妹からはいつもゴリマッチョ好きと言われていたはずなのに。


 顔が良すぎる男は、もはや暴力だわ。


 まだ赤いであろう顔を両手で仰いでいたら、モカとディルクさんがボール投げをし始めたんだけど、なんだこれ。明らかにボールのスピードがおかしい。

 ディルクさんがビュッと投げれば、モカも炎の弾丸でも吐き出すような勢いで首を振って投げ返している。


「あー! 団長、めっちゃ楽しそうなことしてる!」


 昨日ぶりのロク君と、昼間分かれたロキ君が、こちらへ駆け寄りながらモカとディルクさんを見て言うけど、違う。 私の知っているボール遊びは、もっとこう、ほのぼのした遊びだったはずなんだよ。


「戻ってきたか」

「人が仕事してるのに、遊んでるなんてズルすぎません?」

「私がモカと遊んでたのはいいけど、疲れてしまったから交代してもらっていただけよ」

「なにそれ羨ましいです。団長。俺も遊んでみたいです。ロキはすでに遊んだことがあるみたいなんで」


 ロク君がモカがいる方向を指さす。モカを見ると、さっきのが楽しかったのか「まだぁ!?」と吠えていた。


「それなら、次はお前たちが遊んでみるか? 良い訓練にもなる」

「マジっすか!」

「では、遠慮なく!」


 二人は元気にモカのいるほうに走り出していった。ボール遊びとか好きなのかな。


「ロキとロクは、きっとモカ様とは相性が良いと思うよ」


 そう考えていると、隣に座ったディルクさんから説明された。


「モカと遊んでいただきありがとうございました。私の知っているモカの体力じゃなかったので助かりました」

「敬語」

「え?」

「普通に接してほしいならあなたこそ敬語をなくすべきでは?」

「でも、不敬とかに当たりませんか」

「本人が良いと言っているんだから構わない。周りは放っておけば良い」


 そんなものなの? たしかに普通に接してくれたほうがありがたいけど、この人、色気だけでなく品もあるから平民ではない気がするんだよなぁ。ロキ君とロク君は平民だって昨日説明してくれたし、どこかやっぱり違うもの。


「それが嫌であれば、俺もあなたに敬称をつけて敬語で、聖獣の主として敬うことになるけど?」

「じゃあ、私も敬語なくしますので普通でお願いしま――お願い」


 お願いしますと言いかけて慌てて言い直す。それに対して「うん」と頷いた彼はどこか嬉しそうで、可愛かった。

 可愛かった!? ってなんだ!? そんなこと思ってはいけない。気をしっかり持つのよ、永遠!


「さっきの話だけど、こちらこそ聖獣とあのようなことができる日が来るなんて夢にも思っていなかったな」

「聖獣ってもういないの?」

「いまでは伝説上の生き物となっている。聖獣はモカ様お一人だが、生物の頂点の生き物だな」

「……なるほど。そんな凄い生き物なら、魔法かなにかで白じゃなくして目立たないようにしたほうがモカも危なくないんじゃ……」


 モカはものすごく強いみたいだけど、私からしたら大事な家族だから何かあったらと心配は尽きないのだ。


「モカ様が凄い存在だということは、見るものが見ればすぐにわかるから迂闊に手を出しては来ないだろう。特に魔法に通じているものならなおさらだ」

「この国の人はみんな少なからず魔力を持っているんだっけ」

「あの侍女に習ったのか」


 侍女ってアナのことよね? たしかに午前中、彼女からいろいろ教えてもらったばかりだ。


「うん。でも自分の魔力すらわからなくて」

「ああ、それなら俺が教えるよ」

「でも、お忙しいのでは?」

「誰かさんが護衛を断ってくれたせいで、ずっと今回の件に付き合わされてうんざりしているんだ」

「ぐっ……」

「せっかくだから少し練習してみようか」

「練習?」

「自分の魔力がわからないんだな?」

「そう、です」


 初日にこの人から魔力をもらってから私にもあるらしいんだけど、いまひとつ実感がわかない。スキルだって使ったことがあるのは通販だけだし、日本にいた時と同じ感覚で買い物しているだけだから魔力が使われているのかどうかすらわからない。彼のほうを向くと目が合う。


「俺の……」

「え?」

「俺の魔力は、わかった?」


 ディルクさんは、そっと私の手を取り、じっと見つめてくる。この瞳に見つめられると考えがまとまらなくなりそうだ。


「魔力を感じとれたのは殿下とディルクさんだけだったけど、ディルクさんだけ温かかった。あ、あと……」

「……あと?」

「……良い香りがしました……」


 ――あああ!  今の、完全にアウトじゃない!?  会って間もない美形にセクハラかましちゃったわ!


 謝ろうと勢い良く顔を上げれば、口元を片手で覆い、顔がうっすら赤くなっているディルクさんがこちらを見ていた。


「え……」

「……っ、い、いやっ、なんでもない」

「私がセクハラめいたこと言ったせいよね! 本当にごめんなさい」

「頭をあげて! その、せくはら、というものがなにかはわからないが、あなたが悪いことは何ひとつない!」


 握られたままだった片手はそのままギュッと握り締められ、慌てて顔を伏せた私の肩を、彼の大きな手が支える。

 逃がさないと言わんばかりに下からのぞき込まれ、逃げ場のない至近距離で整いすぎた顔が迫る。


 ……っ、無理! これ以上の心臓への刺激は耐えられない!


 思わず顔を後ろへ大きくズラすと、彼の顔付きが変わった気がする。

 なんというか獲物を捕らえようとするような……この瞳から私は逃げ切ることができるのだろうか。

 ——そんな予感が、ふと頭をよぎった。


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