第三話 村を歩く
ようこそ、『黒彼岸花』の世界へ。
今日もショコの物語を、どうぞお楽しみください。
夜が明け始めた。
朝日が障子越しに差し込み、畳を柔らかな光で照らしている。
ショコはゆっくりと目を開けた。
しばらくの間、何もせず静かに横になっている。
外からは村の朝が少しずつ目を覚ます音が聞こえてきた。
大人たちの穏やかな話し声。
子どもたちの楽しそうな笑い声。
遠くでは小鳥たちがさえずっている。
優しい風が木々の葉を揺らし、ひんやりとした朝の空気が部屋へ流れ込んできた。
ショコはゆっくりと立ち上がり、玄関へ向かう。
――ギィ……
木の扉を開けると、爽やかな朝の風が頬を撫でた。
庭にはまだ朝露が残り、草花が朝日に照らされてきらきらと輝いている。
木々の間を吹き抜ける風が、ショコの九本の尻尾を静かに揺らした。
ショコは庭を抜け、村の通りへと歩き出す。
村はすでに目を覚ましていた。
井戸へ向かう者。
庭を掃除する者。
店を開く準備をする者。
穏やかな朝の空気が村中を包んでいた。
ショコは小さく微笑み、頭を下げる。
「おはようございます。」
村人たちも笑顔で応えた。
「おはよう。」
「今日もいい朝だね。」
昨日は驚いた様子だった村人たちも、今日はどこか安心した表情を浮かべていた。
ショコも優しく微笑む。
「皆さんも、良い一日を。」
そう言って、村をゆっくり歩き始めた。
歩きながら、ショコは辺りを興味深そうに見回す。
木造の家々。
ゆるやかに反った屋根。
見慣れない建物ばかりだった。
村人たちが身にまとっている着物も、彼女にはどこか新鮮に映る。
しばらく歩いていると、静かだった通りは次第に賑やかになっていった。
石畳の道には馬車が行き交い、商人たちの荷車が並ぶ。
あちこちから元気な呼び込みの声が響いてくる。
遠くでは鍛冶屋が鉄を打つ音。
――カン! カン! カン!
市場には色とりどりの果物や、美しく輝く魔鉱石が並んでいた。
ショコは目を輝かせながら歩いていく。
すると、一軒の服屋が目に入った。
黒と赤を基調にした美しい漢服。
その隣には、お揃いの袴まで飾られている。
ショコの目が一気に輝いた。
「わぁぁ……!」
「すっごく綺麗……!」
「欲しい! 欲しい!」
子どものようにはしゃぐ。
しかし……
財布がない。
お金もない。
肩ががくりと落ちた。
小さな声でぶつぶつと呟く。
「欲しかったのに……。」
「どうしてお金なんてあるんだろ……。」
周囲の人々は誰一人として気づかない。
ショコはため息をつき、再び歩き出した。
その時だった。
武器屋の前で、一振りの刀が目に留まる。
黒い鞘。
柄には赤い糸が丁寧に巻かれていた。
鍔の下からは三本の赤い飾り紐が垂れ下がり、その先には真っ赤な彼岸花が揺れている。
まるで血が滴っているかのような、美しくも妖しい装飾だった。
ショコの瞳が再び輝く。
「わぁぁ……!」
「きれい……!」
刀の前まで駆け寄る。
「いつか絶対買う!」
そう宣言したものの……
やっぱりお金はない。
「……。」
肩を落とし、また歩き始めた。
その時。
甘い香りが風に乗って漂ってきた。
餅。
団子。
焼き菓子。
甘い匂いに、ショコの耳がぴくりと動く。
九本の尻尾も嬉しそうに揺れた。
「わぁー!」
「お菓子!」
「食べたい!」
嬉しそうに走っていく。
しかし店に着くと……
皆、お金を払って買っていた。
ショコはぴたりと止まる。
「……また、お金。」
寂しそうにうつむいた。
その時だった。
近くを歩いていた二人の狼族の会話が耳に入る。
「ギルドでパーティーを組まないか?」
「ああ。その方が上位の依頼も受けられる。」
ショコは足を止めた。
「……ギルド?」
初めて聞く言葉だった。
興味が湧く。
「ギルドって……何だろう。」
ショコは少し考えたあと、小さく頷く。
「……行ってみよう。」
そう呟くと、ギルドがあるという方向へ歩き始めた。
お読みいただきありがとうございました。次回もよろしくお願いいたします。




