7.白鳳さんとデート
「どうですか?似合ってますか?」
白鳳さんはキャップを被らずにエアーで試着して見せる。
ベージュの下地にシマエナガのデフォルメワッペンのついたキャップ。それが彼女のさらっと長い白髪の元で映える。
「めちゃくちゃ似合ってるし、めちゃくちゃ可愛いな」
「えっ、えっとその。か、かわいいですか?ふへへ」
ほっぺをむにゃむにゃしながら白鳳さんは恍惚とした表情を浮かべた。
「白鳳さんは白髪だし、色々な組み合わせがありそうだよね。例えばこのベレー帽と丸眼鏡はどうかな?」
「これですか?」
言われるがまま白鳳さんは眼鏡をかけ、頭の上にベレー帽をちょこんと乗せる。
紺色の深みがある優しい色は彼女の白髪で際立ち、そこに眼鏡という要素が加わるだけで印象がガラッと変わる。
儚げな文学女子と言ったところか。
「うんうん、僕の思った通りだ。……やっぱ元がいいから、何を着ても様になりそうだよ」
「元が……?私、かわいいですかね?」
「う、うん。可愛いと思うよ」
顔を真っ赤にしながら詰めかけられて思わずたじろいでしまった。
まあ白鳳さんが美少女なのは主観関係なく誰から見ても事実だろう。
「あの、今度は朝霧君の方が試してみませんか?」
「僕?まあ確かに白鳳さんオンリーでファッションショーするのは負担が大きいか。……よし、僕も何か試着してみよう」
「では、これとかどうですか?」
微笑みと共にやけに質量のあるふわふわの服を渡される。
……モノクロがベースのダークな印象を受けるドレス。そこかしこにレースとフリルがバシバシあしらわれていて、俗にいうゴスロリってやつだった。
「これは……?」
「見た通りです。朝霧君の体系や顔立ちからしてゴスロリファッションも似合うのではないか、という試みですよ。あれ、私何か間違ったことを言っちゃいました?」
「何が間違ってるというか、全部間違っているというか。男物のクールな感じの服はない?」
「それはボーイッシュということですか?」
「僕は男なんだが」
呆れを通り過ぎて疲れてきたよ。男の娘時代は確かに手当たり次第女性物の服を試したものだが、今はそういうものを求めてない。黒歴史だし。
「一般的な、こうイケメン向けじゃないけど、僕みたいな男でもかっこよく決まる服はないかな?」
「朝霧君が男性らしく着こなせる服ですか……」
数秒程顎に手を当てて思考を巡らせた後、白鳳さんは洋服店の中を駆けた。
そして息を切らしながら戻ってきた白鳳さんは一着のTシャツを手渡してくる。
「これはどうでしょうか?私が思う中で、男性が着てたら思わず見惚れてしまうような服です!」
……それは本当か?
受け取ったTシャツの前側を見ながら僕は疑問符を浮かべる。
中心にナスのデフォルメイラストとその上にローマ字で「nasu-be」と書かれた白T。
大いに白鳳さんの主観が入ってそうだな。世界中の女性を集めて「これカッコいいかな?」と聞いたら、白鳳さんだけは頷いてくれそう。
じゃあ、ほとんどの女性はカッコいいとは思わないわけで。
掲げたTシャツを盾に、白鳳さんの様子を伺うと、好意的な反応を待つポメラニアンみたいな表情をしていた。
……この好意を裏切るなんて僕にはできるのか?
体としてのデートではあるが、感じ方の違いなんかですれ違いが起きるのはちょっと嫌だよなあ。
「どうですか?どうですか?朝霧君!」
「あー、すっごくカッコいいと思う。特にこのナスの下手の部分のギザギザとか。……これ買っちゃおうかな」
「いいと思います!毎日の普段着、そして礼服としても扱えそうな最高の一着です」
普段着はともかく、礼服はちょっと舐めすぎだと思う。多分、何らかの間違いで着て行ってしまったら、周りの視線で血溜まりができるぞ。
「で、白鳳さんはどうする?何か買う?」
「私は……この帽子を買おうと思います」
白鳳さんは最初に試着したシマエナガのキャップを手にはにかんだ。
☆
「……それ何?」
アツアツのたこ焼きを割って冷ましていた僕の手前で、紫の主張が激しい丼が置かれる。
「うどんです。トッピングになすの天ぷらを沢山乗せちゃいました」
「にしては衣がついてないようだけど?」
「衣は既に剥がしてつゆに溶かしました。朝霧君の前で衣を剥がすなんて卑しい姿を見られるわけにはいかないので」
卑しいと思うのであれば控えるべきでは……?まあ、人の食べ方に文句を言いだすと戦争が始まる。僕は平和主義者だから、回避行動を選択だ。
「……白鳳さんは、ほんとにナスが好きなんだね」
「ううふははひはほへ……。そう思いませんか?」
何も聞き取れなかったわ。適当にここは肯定しておこう。
僕が頷くと、白鳳さんはうどんを啜る手を一旦止めて続ける。
「小さい時に家庭菜園をしてたんです。その時になんでナスの皮って紫色なんだろうと不思議に思ったんです」
そう言って白鳳さんは箸でナスを持ち上げる。
紫紺の皮に包まれた白い果肉からは黄金の液体が垂れる。
「変ですよね。今はそういうもんだってほっといちゃうのに、小さい時は不思議が不思議のままなのがやけに気持ち悪いんです」
「分かるよその気持ち。僕も小っちゃい頃は一生昆虫図鑑見てたし」
子供は好奇心旺盛と言うけれど、あの時の興味関心は好奇心程度で図られるものではなかったんじゃないかと思う。
まだ生まれて一桁の年齢だ。世の中に見える全てが未知で、逆に世の中のほとんど全てが自分を知らない。
あの底知れない好奇心は知るためじゃなくて、自分という存在を知らしめる挨拶みたいなものだった。
「それで調べたんです。ナスの皮が紫なのはナスニンというアントシアニン色素が関係してるみたいです。その色素は紫外線を防ぐためで……どうですか?思ったより大したことはなかったですよね?」
「まあ、割と肩透かしなところはあるなあ」
「けれど私にとってはそれが衝撃だったんです。上空から降り注ぐ未知なる光線を、ナスは薄い皮で防いでいるんだと。その力強さに感動したんです。──だから、ナスは神の野菜なんです」
白鳳さんはナスを頬張って、頬を零す。異常なレベルまで心酔しているのは、少し気を疑うが、でも彼女のナスを愛する心が幼少期に起因していることには、どこか親近感を覚えた。
思い返せば僕もnakiriになった理由は、幼少期のあの体験が大きいんだなあなんて気づかされたり。
「朝霧君も一緒に老後はナス農家にでもなりませんか?」
「それはまあ、その時考えるよ。それよりも食後はゲームセンターでも行ってみない?」
フードコートの入り口真横にあるクレーンゲームの筐体を指差す。
食事処と遊び場が隣接しているのは珍しい配置だ。
……僕がナス農家になるのはあんまり想像つかないなあ。
☆
「もう辺りは暗くなってしまいましたね」
「だな」
太陽がほとんど西に沈みかけた頃。辺りはもう帰らんとする人々ばかりで、何となく寂しいような気持になる。
一日一日がその時限りであることを教えてくれるような、不思議な時間帯だ。
「白鳳さん、今日は楽しかった?」
まだお別れというわけでもないのに不意に、今日を振り返るような一言が出てしまった。
僕の半歩先を歩いていた白鳳さんは立ち止まり、やや恥ずかし気に頬をかいて答えた。
「とっても……楽しかったです。私、デート以前にまず友達と遊んだことがなかったから。その、初めての相手が朝霧君でよかったと思います」
「そっか。僕もそう言ってもらえて光栄だよ」
洋服屋でファッションショーをして、フードコートでご飯を食べて、クレーンゲームで遊んで。気付けば「夜月」のことなんてすっかり忘れてはしゃいでしまった。
高校生らしい青春を完全に理解して、ついでにナスの顔もたくさん見た。
おまけの癖が中々強いが、総じて凄く充実した一日だった。
「ああ「夜月」のことどうしよう……」
「結局今日は進展がありませんでしたからね。まあ、いつかはどうにかなりますよ!そのいつかが来るまで、私しっかりお手伝いしますから!」
白鳳さんが力こぶを浮かべて見せると、彼女の細く白い腕には力という力の影が見えず、か弱くて頼りないように見えてしまう。
けれど、彼女の存在が精神的な支えだ。これからもきっと頼りにすることだろう。
「ほんとに何度目って感じだけど、よろしく頼むよ」
「任せてください!な……間違えました。朝霧君の為に身心燃やし尽くします」
「そろそろnakiriのことは忘れてくれないかな……?」
「いいえ、なき様が引退しようと、なき様を忘れない限りなき様は存在するのです」
厄介ファンは手を腰に当て力強く言い切る。
……黒歴史って根っこを焼かないと消えない雑草みたいだなあ。全然笑いごとじゃない。
夏の息吹を感じる春の一日。今宵の空は月が掛からない。




