5.蕎麦神
人は元々夜行性なんじゃないかって疑問に思う。
何かに打ち込むとき、私は決まって夜の方が集中できる。休憩を一切挟まずに、ぶっ通しでだ。
眠くならないの?ってよく聞かれるけど、まあ眠くはなる。けれど睡眠欲なんて、ゾーンとも呼べる超集中を前にすれば淘汰されて当然だ。
で、そんな生活を続けてたら昼夜逆転。世間は私を可哀そうな子と呼ぶ。
……一体私のどこが可哀想なんだろう。どうせみんな独りよがりな普通を押し付けてきているだけ。
そもそもみんな変であるべきだ。小学校の道徳で「みんな違ってみんないい」って復唱したよね?
違いを包み隠そうなんてしないで。
「あ、あ。聞こえてる?」
ヘッドホンから聞きなれた幼馴染の声がする。
彼の声は男にしては少し高い。だから、ビックリするほど優しくて、落ち着く声音だ。
私は自然と唇を緩ませていて、気づけば自分の声も少し上擦っている。
「聞こえてるよ。ログインできたら瞬のワールドに加入申請送るから」
「了解。……なあ弥生、何か良いことでもあった?」
突拍子もなく吹っ掛けられて驚いたが、動揺はなんとか隠す。
私は幼馴染の前で焦ったりしないからね。
「……急にどうしたの?私は普段通り、ゲーマー美少女冥原やよいだけど」
「ふうん。そっか」
ビックリした。いや、別にこれと言って後ろめたいこととか、隠し事とかがあるわけでもないのに、なんだかドキッとした。
心臓病なのかな?日頃の不摂生が祟って、遂に死んでしまうのか?
……じゃあ死ぬ前に、大好きな幼馴染とたっぷりゲームしよう。私の好きな幼馴染は私と一緒で少し変わったところがあって。
恥ずかしすぎて胸がキュッとなる黒歴史を持っている。
だから、その「変」を一生ずっと大事にしてほしかったなあ。
☆
「あ、その敵、水属性の攻撃全部無効化してくるよ」
「そういうギミックは最初に言ってくれよ……。最高火力で来いって言ったから、水で固めちゃったんだけど」
「ごめんごめん。私がキャリーするところを見せつけたいって気持ちがあったから、わざと」
……わざとなのかよ。
まあ幼馴染相手だし、愉快なゲームの楽しみ方って感じでいいと思う。
だけど、ゲーマーとしてはあんまり尊敬できないぞ。
「無効」の文字エフェクトを眺めながら、意味がないと分かっていても、何となく攻撃をし続ける。
今、僕と弥生が遊んでいるゲーム『蕎麦神』は最近リリースしたオープンワールドRPG。
うどんの逆襲で、伝説の秘宝陀祇を失ったそばがそうめんと結託したところから始まる本格的なRPGだ。オープンワールドと言うこともあって、マルチプレイで探索、戦闘、ストーリーの全部を楽しめるという。
特にストーリーに関してはソロでやるのが主流というイメージだったので前提が覆されるような目新しさが魅力的だ。
初回インストール特典で手に入れた最高レアリティSSRの「フォーの魔術師」を操作し、すでに数十時間やり込でいる弥生の後をつける。
「……ずっと気になってたんだけど、弥生のキャラ何?ガチャのピックアップにはいないようだけど」
「これは裏ストーリー、裏切りの冷麺をクリアしたらもらえる、甘いキムチっていうキャラだよ。他が麺類ばかりの中で、このキャラだけ違うのがなんか気に入って」
分かる。変なキャラに思い入れが強くなってしまうその気持ち。
……でも甘いキムチってキムチの中でも異端では?特段キムチに詳しいわけではないので、そこまで気に留めないとするけど。
「あとキムちゃんの攻撃は全128通りの乱数で威力が変わるんだよ。面白くない?」
まさかのパチンコ性能。癖のあるキャラを使いたくなるのはゲーマー魂だが、キムチでパチンコってどういう絵面だよ。どうやら中々尖ったゲームらしい。
弥生の的確な指示の元、ゲームは着々と進んでいった。
「よし、ナイスリカバリー。GG」
「お疲れ様。弥生のおかげでめちゃくちゃ進んだよ。ありがとう」
ボス戦後の勝利画面を垂れ流しにしつつ、勝利の歓喜に浸る。
長時間ゲームに熱中していたせいで凝った肩をほぐしながら、コントローラーを手放した。
……最後のボス戦、少しきつかったな。
現時点では適性キャラが不在であるという鬼畜仕様でPS依存なのはどうかと思う。
まあ、廃人の弥生がいたからさほど苦戦しなかったけど。
「……瞬はこの後、もう寝る感じ?」
「そうだね。明日も学校だし、夜更かしするわけにはいかないかなあって」
とは言いつつも時刻は既に零時を回っている。既に立派な夜更かしだ。
「流石に弥生はまだ起きてるか」
「これから別ゲーのランクマに潜るつもり。そろそろオンの大会があるらしいし、それに向けて調整しようと思って」
「へえ~、マジですごいな。優勝祈願に神社でも行く?」
「行きたい……!けど、時間が合わなそうなんだよね。生活リズム的に」
全くのその通りだ。僕が自由にできる時間に冥原は学校がある。逆も当然の然りで、休日は休日で予定が中々合わない。
「まあしょうがないよ。心の底から応援してるから」
「健気な幼馴染の声援に応えてやらないこともない……!」
妙に気取った様子の弥生に苦笑いを浮かべつつ、その流れで通話を切った。
三時間二十分の通話時間に驚きながら、僕はゲーミングチェアの背に体重を預けて脱力する。
今日、弥生とゲームしたのは他でもない僕からの申し出からだ。親元を離れる前の最後の晩餐に、いつも通りの献立を選ぶみたいな心情なのである。
僕は今日、とびきり日常または普段に浸りたかったわけで、それは明日に控える『夜月』とのエンカが大きく影響している。
ネットで繋がった人とリアルで遭遇する。エンカウントを略してエンカ。
白鳳さんは一人で行けると言っていたが、彼女の身に万が一のことがあってはいけないし、そもそも僕の問題だ。僕が痛い目を見るべきである。
「いずれにしろ明日、『夜月』に決着を付けられるはずか……」
マウスを机の上で適当に滑らしながら、独り言ちる。
電源を落とし、真っ黒の液晶に反射する僕の顔は、普段と変わりない、美少女風の相貌である。
nakiriを生み出してしまった罪は深い。




