4.急展開
「失礼します」
ドアをゆっくりとスライドする。噛み合わせが悪いみたいで、ギギギと鈍い音が鳴った。
「誰に対する失礼かな?」
「例え誰もいないとしても、何となく口にしたくなっちゃうんだよ。分かる?」
「まあ、分からなくもないよ。今日からここは俺たちの部室だし、お世話になるって意味かな」
東校舎、二階教具準備室。僕たちが通う唐風高校は、校舎が東と西の二つに分かれている。
最近の人口減少が原因で空き教室の数は格段に増えていて、「手品部」の部室は簡単に用意された。
代わりに新部設立でひと悶着あったらしいが、國城が熱心に学校と掛け合ってくれたらしい。
……つまり、今のところ僕は何もしてないわけだ。
「國城、僕が手伝えることってマジでないの?」
「瞬は最近それしか言わないね。あんまり気にしないでいいよ。瞬はいてくれるだけで大助かりなんだから」
こう聞く度に、國城は決まってそう答える。
いてくれるだけでいいと言われても、僕としては何か力になりたいわけで。現状「手品部」に何も貢献していない僕はむず痒さを感じていた。
と、気落ちする俺を見かねてか、國城はほうきを投げ渡してきた。
「それじゃ、気にしすぎな瞬へ手伝いの申請だ。部室を片っ端から掃除していくよ」
「待ってました!この朝霧瞬、汚れという概念を打ち消すつもりで掃除させてもらいます」
「大袈裟だよ。活動するのに支障がないレベルでいいよ」
國城はそう言うが、これまでの無働きを取り返すつもりでピカピカにしてやろう。一応、僕A型だし。A型の恐ろしさを披露する時がきてしまった……。
手渡されたほうきの竿を強く握りしめ、マスクで口と鼻を覆う。
「手品部」初活動は部室の大掃除から──。
☆
流石に空き教室なだけあって放置されていたのだろう。カーテンを叩けば埃が落ちるし、掃き掃除をすれば、黒い塵のようなものがどっさり集まった。
普段使われていないから人為的にゴミが発生することはないけど、汚れはRPGのザコ敵のように自然湧きする。
だからこそ、定期的な掃除は大事なのだろう。
「瞬、次は壁を磨くつもりだけどいける?体力的には余裕はあるかい?」
「余裕余裕。掃除は今日中に終わらせる勢いでいこう」
洗剤を馴染ませた雑巾を壁に押し当てる。
……さて、何気に壁磨きをするのは初体験である。
試しに、適当に擦ってみる。すると、たちまち白の美しい発色が蘇る。
擦る範囲を広げるほど、綺麗な白の陣地は拡大の一方を辿る。
──何これ、超楽しいんだが。
気分としては、某インクを塗り合う軟体動物のゲームをやってる感じだ。
学校の大掃除とかで体験しそうなのに、なぜか壁磨きをしたことがなかった。
毎回外の落葉拾いとか、プールの清掃とか、一風変わった役割を当てられるし。
みんなこんなに楽しいことをしてたなんて、羨ましいよ。
感動に肩を震わせるのも束の間、普段は物静かなスマホが珍しく通知音を鳴らした。
白鳳ns:今から伺っても大丈夫でしょうか?(*'ω'*)
……マジですか。
「どうしたの瞬?悩ましいような顔をして」
「……過去と壁、どっちを払拭しようか悩んでるだけ」
「どういう意味か、皆目分かんないんだけど。瞬って偶に変なこと言うよね」
「色々事情が重なっただけ……って言いたいけど、全然その通りだなあ」
自分が変わっていることは否定できないし、何なら自覚している。
普通の人間に、男の娘をしていた黒歴史なんてないだろう。
さて、その過去を秘匿するために白鳳さんと協力して、僕の素性を握っている「夜月」の調査を行っている。
この白鳳さんの連絡は、「夜月」の件で何かあることは、図らずとも分かる。
ならば、僕の回答は初めから決まってる。
「はい。伺いました!」
威勢のいい澄んだ声と同時に、教室のドアが開かれる。
透明感溢れる白髪と、ちゃんと食べているか心配になるぐらい細身で小柄な少女。
白鳳さんは、僕が返事を返したコンマ数秒後に現れた。
「いや、おかしくない?僕、この教室にいること伝えてないよ?」
「私、時々思うんです。GPSって革新的な発明だったんだなあって」
「ごめん、たった今その革新が物騒に反転しそうなんだけど。倫理って知ってる?」
何食わぬ顔で犯罪を吐露されて、堪らず頭が痛くなる。
人畜無害そうな顔のくせに、やってることのギャップよ。やっぱりこの子、ちょっとどころかすんごいヤバい。
「瞬、その子は彼女さんかな?」
げんなりしていた僕の肩を國城が叩く。見れば、國城は何か面白そうなものを見つけた、という具合に不適な笑みを浮かべていた。
「違うよ、ただの友達。だよね?白鳳さん」
「私がなき様……また間違えました。朝霧君の彼女……!」
やめて白鳳さん、話がこじれるから変な反応しないで。
っていうか、「なき様」と呼ぶな。
國城の悟られないように、後ろ手でスマホをフリックする。
朝霧:秘密厳守。
気が抜ける通知音に、白鳳さんがスマホを見るとハっとした顔になる。そして、気を引き締めます、という感じに親指を立てる。
……なんかドッと疲れてしまったな。白鳳さん一人の扱いでこんなに疲労するぐらいなんだ。「夜月」との決着は早急につけたい。
「一旦、名前ぐらい名乗らせてもらうよ。俺の名前は國城だ。君と同じ瞬の友人だよ」
「えっと、私は白鳳美白です。朝霧君は初めてを捧げた大事な友達です!」
「瞬?」
國城の瞳がギョロリと僕を補足する。園城の薄ら笑いは若干引きつっているように見えた。
……白鳳さん、えげつない省略をやってくれたな。僕は心底呆れを通り越して清々しさすら覚えているよ。
「初めてっていうのは、ラインの友達登録の話だ。白鳳さん、どうにも寂しい生活をおくってきたらしいから」
「寂しくはなかったですよ?私にはなき様がいたので!」
恍惚とした笑みで答える白鳳さんに、もはや誰も何も指摘しない。
「ところで、國城君と朝霧君はここで何をしていたんですか?」
「掃除だよ。瞬と二人で新しく部活を作ってるんだよ。よかったら美白ちゃんも一緒にやらない?」
「へえ~、面白そうなことしてるんですね。……入部するかどうかは一旦保留させてもらいますけど」
真っ当な判断だ。今のところ実績云々の前に、碌な活動もしていない。
「な……朝霧君と一緒に部活するって言うのは個人的に解釈違いなので」
何?そのにこやかな視線。
白鳳さんの取り扱い方法が未だに掴めない。
「……と、ちょっと白鳳さんと二人で話してきてもいい?すぐ終わらせるから」
「ああいいとも。……瞬、ちなみに言っとくけど、少人数の部活が長らく活動するのに必要なのは部員、すなわち勧誘だからね」
さっき断られたばっかりなのに、まだ粘るのか。
いや、白鳳さんは保留って言ってたな。國城的にはまだこの綱を手放すつもりはないようだ。
☆
教室を出てすぐ、傾いた陽光が差し込んで、白んだ廊下。
耳を澄ませば、グラウンドで汗を流しているだろう運動部の活力に満ちた声が聞こえる。
「で、白鳳さん。連絡してきたってことは「夜月」のことで何かあった?」
「ありました。というか「夜月」さんの素性をほとんど絞り込むことができました」
「それマジで言ってる?驚きで何を言うべきか分からないんだけど」
「マジです。私の頑張りを褒めたたえてください」
白鳳さんは自慢げに胸を張る。
僕は期待に胸が高鳴る。
「昨日、朝霧君と別れた後、「夜月」さんにやりとりを持ちかけたんです」
そう言って、白鳳さんは「夜月」とDMで会話している画面を見せてきた。
会話の履歴、その全てを見通して僕は目を疑った。
「……僕の目が病気じゃなかったら、白鳳さん、自分の個人情報バンバン明かしてない?」
「これはある意味駆け引きです。相手の情報を知りたくば、自分の情報を晒すのがもっとも有効的です」
名前を聞くなら自分から名乗れ理論と同じようなものか。
いや、普通に危ないだろ。
「一旦、手段とか過程とかは置いておいて、結果を伝えます。「夜月」さんは私と同年代同性の方でした。さらに住まいもこの周辺。どうですか?この情報は役に立てそうですか?」
付近に住んでいて、僕とnakiriの関係を知っている同年代の女子。
この情報だけを聞いて、僕には一人、心当たりのある人物がいた。
「ありがとう。めちゃくちゃ役に立つ情報だよ」
「感謝感激ですか?」
「雨とあられも贈呈するレベルだよ。ありがとう。白鳳さんのおかげで何とかなりそう」
「夜月」という正体不明の危険人物の解像度が高まった分、僕の心には安心感と余裕が生まれる。まあ、まだなぜ白鳳さんに共有したのか、そして「夜月」の真意を知らないから、油断はできないけど。
「夜月」の件が片付いたら白鳳さんには改めて感謝を伝えよう。
ついでに秘密厳守に釘を刺そう。
「とりあえずお力になれて良かったです。あ、あと明後日ぐらいに「夜月」さんとリアルで会う約束をしました!それじゃあ、失礼しますね」
満足げにそう告げて、白鳳さん背を向ける。小柄な背丈に、長い白髪がすっぽり収まって、後ろから見ると、彼女の姿は一枚の布だ。
……最後に、「夜月」と会うとか言ってた気がするけど、聞き間違いだよな?




