3.図書室の双子
図書室の独特な匂いが好きだ。
インク由来の主張が控えめな香ばしい匂いは、静けさの中に優しさをくれる。
この匂いを自発的ではなく、仕事と題して堪能できるのが図書委員の悪魔的な部分だ。
本日の貸し出し履歴をペラペラ捲りながら、僕は図書委員を堪能する。
僕の黒歴史とか白鳳さんとか「夜月」なんて、僕の精神を蝕む汚染物質はこの場にはない。
常時デバフを解除するホーリースポットこと図書室だ。
それに委員決めで対抗馬が出なかったこともよかった。
衝突や争いを忌避し、堅く平和を望む僕にとって、話し合いや譲り合い、はたまたじゃんけんなんてものは劇薬だ。
あれらの毒を避けるため、狡猾にクラスメイト一人一人の出方を探らねばならない。
学校生活は能ある者が制する。僕こそが鷹だ。
「お兄さん、何ニヤニヤ笑ってんの?キモ」
「えっ?」
突然話しかけられたことよりも、率直な悪口が耳に入って、堪らず変な声が出た。
艶のある亜麻色の髪はツインテールで括られている。白鳳さんよりも断然ちんまりとしてるロリ体系の少女は、僕を嘲るような視線を向けて一言。
「……女々しい」
「その言葉、めちゃくちゃ効くからやめてくれない?」
女寄りの顔であることは承知しているが、それを面と向かって指摘されるのはツライ。
若干慣れてきつつもあるけどnakiri時代を思い出して、胸が痛くなる。
「てか、僕のことお兄さんって呼んだけど、君いくつ?」
「十七、れっきとした高二。なんか気持ち悪いから君って呼ばないでよ」
「名前が分かんないから仕方ないじゃん。ていうか、先輩じゃないですか」
小学生みたいな外見のくせに年上なのかよ……。バグじゃん。
唖然としているとロリ先輩はご立腹の様子で頬をむすっと膨らませた。
「先輩で何か悪い?お前、私のことチビだって侮ってるんでしょ?女みたいな顔のくせに」
「言葉が強いよ……。僕、そんなに怒らせるようなことしたかな?」
「私は常に怒ってるから。私を低身長だと定義する世の中に」
世の不条理に対する怒りの矛先を僕に向けないでくれ。
まあコンプレックスに関しては僕も共感できる部分があるけど。
「ああもうウザったい!どうにかして私が高身長って言われる世界線にいけないの?」
「もしもボックスがあればいけるかもね」
「じゃあ、お兄さん。それを持ってきてよ。発言の責任を取るべきじゃない?」
ええ……冗談通じないのかよ。
白鳳さんといい、このロリ先輩といい、最近変な人によく絡まれるなあ。春だからか?
「ちょっと、お姉ちゃん!図書室では静かにしてよ!」
と、ぷんすか腹を立てるロリ先輩に誰かが駆け寄る。
「美桜、私は静かにしてるんだけど」
「嘘つかないでよ。もう……とってもやかましいからね?」
その子はロリ先輩をお姉ちゃんと呼び、彼女を宥める。
ロリ先輩と相反したスラっと背の高い少女。髪型は後ろで一つ結びしたポニーテール。文脈的に彼女たちが姉妹だということは読み取れるが、確かに顔立ちが似ている。
「元を辿れば美桜が私の身長を奪ったのが悪いんだ!」
「家に引きこもってばかりで、夜更かしばっかりしてたのが悪いんでしょ?お姉ちゃんは、そろそろ自分の過失を認めるべきだよ」
美桜と呼ばれた妹の方に正論を食らわされ、姉は顔を歪ませながら身を引く。
妹の一本勝ちと言ったところか。
「で、そろそろ僕に謝ってくんないかな?」
「……お兄さんには意地でも謝りたくない」
「お姉ちゃん?」
「……ごべんなさい」
妹の剣幕に押され、ロリ先輩は渋々頭を下げる。ツインテールが大きく揺れて、なんか縄跳びみたいだ。
と、ロリ先輩の謝罪に見とれていると、美桜さんが僕の肩をちょちょっと叩く。
顔には申し訳なさが滲んでいた。
「ごめんなさい。姉が迷惑をかけたみたいで」
「いや、全然気にしてないから大丈夫ですよ。ところで君達は姉妹?」
「そうです。一卵性双生児の双子でこっちの姉が三倉澄海」
「こいつは妹の美桜。双子なのに全く似てないじゃんって思ったでしょ?」
ロリ先輩改め……やっぱ改めない。ロリ先輩が勘ぐる。
まあ確かにそう思ったのは事実だ。顔立ちや雰囲気はどことなく似ているけど、何しろスタイルが完璧に違うからなあ。
「姉の称号よりも美桜の体が欲しかったのに……」
「美桜さんの話を聞く限り、君の生活習慣が悪かったのでは?」
「うぐぅ……。てか、君って呼ぶな。なんで美桜は美桜さんで、私は君なの?自己紹介したよね?」
「君って呼ぶのがしっくりくるからかな?どうしてだろ?身長差かな」
「身長イジリを直ちにやめろ。この女男!」
馬鹿め、しばらくはいじり倒してやる。
これは戦だ。互いのコンプレックスを殴り合う、急所攻撃のみの地獄格闘。
それを制止したのは──
「口が悪いよ、お姉ちゃん。朝霧さんも、あんまり焚き付けないであげて」
やはり美桜さんである。
ロリ先輩と僕の頭頂部にそれぞれチョップを一発。完全な痛み分けである。
「すいません、ちょっと調子に乗りました。……ところで僕、自己紹介はまだしてませんけど」
「ん?……ああそういうことね。私図書委員長だから、図書委員の子の顔と名前は全部記憶してるんだよ。そういえば、図書委員会はまだだったね。委員会もまだなのに、早速仕事をさせちゃってごめんね」
お茶目に舌を出す美桜さん。
──ああこういう人だ。僕が憧れる、一般的な方向で尖っている人。これからはそれに敬意と羨望を込めて、「美桜先輩」と呼ばせていただこう。
「僕、図書室大好きなので、これっぽちも嫌に思ってませんよ。美桜先輩が牽引する図書委員を是非支える所存です」
「うん、とってもいい心掛けだよ。朝霧君にはたっくさん手伝ってもらおうかな」
女神は微笑んだ。10万ルクスの輝きの陰、低身長の悪魔に闇が募る。
「……美桜、せんぱいぃ?」
どうやら姉の方が「美桜先輩」呼びにケチをつけたいようだ。
残念だが、君はどう足掻いても「ロリ先輩」だぞ。
ロリ先輩……




