2.ナスのスムージーは不味そうだけど
「ごゆっくりどうぞ」
コトンと、注文したドリンクが机に置かれる。
僕は店員さんに軽く会釈し、早速受け取ったアイスカフェラテに手を伸ばす。
「なき様はカフェラテを注文したんですね」
「うん、まあ普段飲みなれてるし、変に冒険しない主義だから」
それにただでさえ、現状が異常事態なのだ。変わった行動に変わった行動を掛け合わせると、深刻なエラーが起きかねない。
ここは学校から少し離れた喫茶チェーン店で、シーズン事に変わる季節の飲み物が魅力的。
若年層……特に女子高生から圧倒的な支持を集めていて、客層は驚くほど女子率が高い。
どことなく落ち着かない気持ちなのは、店のそういう雰囲気も作用しているのかもしれない。
まあもっともな理由は、目の前でストローをちゅうちゅう吸っているのだけど。
「それ、美味しいの?ナスのスムージーとか聞いたことないんだけど」
「とっても美味しいです。後、これは裏メニュー的なやつなので、なき様が知らないのも当然です」
ふうん、裏メニューね。白鳳さんはここの「通」というやつらしく、どこか話ができる場所を聞いたところ、この店が選ばれたというわけだ。
……ナスのスムージーは不味そうに思うのだが。
アイスカフェオレを傾けながら、僕は早速本題に入った。
「白鳳さんはいつ僕がnakiriだと気付いたの?」
「いつ、というのは多分答えられません。そもそも、私は気付けなかったのですから……」
「それってどういうこと?」
いまいち見当がつかない答えに、疑問符が浮かぶ。
と、白鳳さんはスマホを僕に差し出してきた。
見れば、それはツイッターのDMでやり取りをしている一部始終だった。
内容は「こいつがnakiriだよ」と一言に僕の通常体を収めた写真が添付されている。
「この方が教えてくれたのです」
「へえ、密告みたいな感じか。……待って、めちゃくちゃ怖いんだけど」
アカウント名は「夜月」、アイコンは黒一色でいかにも地雷そうな雰囲気が出ている。
僕の投稿のRTしかしていないようで、自我を出していない感じが、底知れなさを醸し出していて、なお怖い。
写真は隠し撮りみたいだし、匿名で僕の黒歴史が言いふらされているかもしれない状況……。なんだか胃が痛くなってきた。
「ああ、でも多分不特定多数に晒上げているみたいな感じじゃないですよ。相手はなき様のファンアカウントみたいですし」
「同好者同士で情報を共有しただけか。いや、それにしてもプライバシー……」
SNSに自撮りを載せた僕も悪いが、「夜月」は「夜月」で普通に犯罪案件の話だ。
みんなでネットリテラシーを学びにいきたい。
「あの、差支えなければ一つだけ聞いてもいいですか?」
白鳳さんは両手でカップを握りながら、やけに神妙な面持ちで尋ねる。
僕は黙って頷いた。
「なき様……いえ、朝霧君はもうなき様じゃなくなっちゃったんですか?」
それは縋りつくような声音だった。
「僕はもう、nakiriの活動はきっぱり辞めたんだ。それに加え、僕はnakiriを黒歴史みたいなもんだと思ってるし」
「そんな……」
白鳳さんの顔が真っ青になる。それは推しを失った絶望的な表情だった。
胸が痛い。けれどこの決断はとっくの昔に決めていて、いくらnakiriを愛好するファンがいようとも、変えるつもりは毛頭ない。
「突き放した感じになってごめん」
「いえ、むしろこの場でキッパリ引退したことを聞けて良かったです。……あれですね、『推しは推せるときに推せ』ってやつです。はは……」
気丈に振る舞っているようで、その笑いは乾ききっている。
大好きな推しを失った痛みというのは他人が容易に推し量れるものではないだろう。でも、白鳳さんが悲劇的な喪失感に襲われているのは痛いほど分かる。
「それで、これは元nakiriとしてのお願いなんだけど、僕がnakiriであることはみんなには秘密にしてほしい」
「もちろん遵守します。なき様の遺言だと思って全力で守りますよ……」
突然、僕の黒歴史を掘り返してきた身ではあれど、白鳳さんの性根は一途で健気なファンの鏡だ。きっとお墓まで、この秘密を隠し通してくれるだろう。前科が前科だから、確信とは言い難いけど。
「それで、問題は僕の情報を流した「夜月」なんだよなあ。写真を見るに、高校の制服だから、最近のものなんだけど」
「朝霧君に近しい人物か、はたまた偶然か。どちらにせよ、要注意人物ですね。いっそ、引退した旨を伝えるのはどうですか?」
「確かにありかもしれないけど、相手がどんなやつなのか全く掴めないからなあ。かえって刺激することになるかもしれないし」
nakiriの引退を知り、行き場のない気持ちを暴露の形で消化されればひとたまりもない。
一体どうすればいいんだよ……。
「あの、一つ提案なんですけど。私と手を組んで、この子の所在を探るのはどうでしょうか?同じなき様ファンの私が「夜月」さんに近寄るんです」
「なるほど……。確かにいいアイデアだと思う」
相手はネット上に存在する。だから、いくら現実で僕がアクションを取ろうがと無駄なわけで。
それなら、白鳳さんが密告犯と距離を縮める方が容易だろう。
「でも大丈夫?相手は激烈なストーカーかもしれないし、危険かもだよ。それに、これは僕の問題だし」
「大丈夫です。……それに迷惑を欠けた自覚があるので、その贖罪を兼ねて手伝わせてほしいんです」
そう言って、白鳳さんは立ち上がり頭を下げた。
白鳳さんの大声に店内中の視線が向けられる。
「お願いします……!私のことは道具みたいに使いつぶしてもらって構いませんので」
「ちょ、ちょっと顔を上げてよ。一旦、落ち着こうよ。深呼吸して、水分補給して」
促されるままに白鳳さんは大きく息を吐いて、それからスムージーを啜った。
それと同時に人々の興味も薄れたようで、僕を針山にしてきた視線の針は霧散した。
……それにしてもナスのスムージーはやっぱおかしくない?
「すみません取り乱しました」
「いいよ全然。それで改めてだけど、白鳳さんには「夜月」の調査を手伝ってほしい。これは僕からのお願いで、上下関係は白鳳さんが上だから」
「でも私はしでかしてしまったことへのツケを……」
「そんなに気にしなくていいんだよ、ほんと。僕は白鳳さんが手伝ってくれるだけで十分だから」
「でも……、でも……」
それからも道具扱いを請う白鳳さんに、必死の説得をして渋々彼女は納得してくれた。
黒歴史を掘り起こされたことは確かに、僕にとって重大な事件だ。けれど、白鳳さんがそのことに罪悪感を感じないでほしかった。
いや、ちょっとぐらいは感じて欲しいけど、全ては僕がnakiriを生み出したことに責任がある。「生んだ責任」というやつだ。
だから、僕は絶対に白鳳さんを責めるような行いをしてはいけないのだ。
あと、もう一つは希望。過去を掘り起こされてしまったわけだが、僕の高校生活はまだ一切の支障を出していない。
これから「夜月」の口止めをして、それから白鳳さんには秘密を守ってもらって、そうして僕の少し顔を出してしまった過去は再び、地面の底に沈められる。
……踏ん張りどころってやつだ。朝霧瞬、まだまだ諦めるところじゃない!
「じゃあ、改めてよろしく白鳳さん。めちゃくちゃ頼りにしてるから」
「任せてください!私、火の中でも、深海の底でもお供しますから!」
「ぜひ、それは程々でやめてほしいけどね。一番は安全第一で行こう」
にこぉと、白鳳さんは怪しい笑みを浮かべながらスムージーを飲む。
……この子絶対無茶するんだろうなあ。後、ナスのスムージーは不味そうだと思う。先入観とか、実際に飲んでないじゃんとか言われたらそうだけど、見た目がえげつないし。
ナスを飲むという感覚が分からないんだよなあ。
「あ、連絡先を交換しませんか?気軽に連絡を取って、連携して「夜月」さんの件を解決するんです」
「真っ当な意見だ。ちょっと待って、QRコード出すから」
白鳳さんを待たせんと、吹き出しのアプリを開き、手際よくQRを表示する。
……が、白鳳さんは困惑した様子で、その大きな瞳をぱちくりさせていた。
「……QRコードって何ですか?」
「え、知らないの?友達を追加するってところから、QRを読み取れるんだけど」
「友達を追加する……?私の場合、追加って言うよりも初めての友達になりそうです」
何となく、白鳳さんの壮絶な素性を知ってしまった気がする。
「白鳳さん、もしもクラスで頼れる人ができなかったら、僕を尋ねていいからね」
「それどういう意味ですか?私がなき様……もう違うんでした。朝霧君のお手を煩わせるわけにはいきませんから!」
その意気やよし。でも、高校生活で孤立するのは、精神的に耐えられないと聞く。彼女に気の合う友人ができることを祈ろう。
──かくして、僕の過去隠蔽作戦が幕を開ける。




