1.ファンには気を付けろ
高校生活は過去を隠蔽するところに重点が置かれているような気がする。
まず中学の三年間に人間が最も愚かになるのは言うまでもない。周りと反りが合わないと思想を尖らせている奴がいれば、左腕に暗黒竜を飼う奴がいて、とうとう手にしたスマホでデジタルタトゥーを刻む奴がいる。
まあ、その時は自分の過ちに一切気付いてないだろうし、ただ楽しいかっただけの「過去」として自分の中に保存されているのだろう。
沢山の思い出が詰まった記憶、その氷山の一角に異彩を放つ形でひっそりと埋没している「過去」だ。
だから気を付けなければならない。一本の白髪が気になって引っ張ってみると思いの外痛かったみたいに、「過去」は掘り出されると牙を剥く。
要は何が言いたいのかって?
つまり僕──朝霧瞬の過去は深淵に葬り去られたというわけだ。
☆
「で、自己紹介はフツーに済ませたんだ。高校生デビューだし一つかましてみてもよかったんじゃない?」
電話口の先、明るい元気ボイスで弥生が応えた。
「これからの学校生活をどん底か頂点かで振り分けるようなリスキー、僕がすると思う?」
「ん、しないだろうね。でも瞬は可愛いから、やったとしても大事には至らなそうだけど」
「可愛い」なんて、弥生はそれが僕の古傷に塩を塗る言葉であることを理解しているのだろうか。まあ軽口で言ってるだろうし、僕と弥生の仲だ。そんなに気にすることでもない。
「ちなみに弥生の方はどうなんだよ?」
「私?私はねえ……」
耳につけたイヤホンから「ふわあ」と可愛らしい欠伸の声が聞こえた。完全夜型人間の弥生にしては珍しい。
「聞いて驚きなよ。実は夜間の高校に通うことになったんだよねえ」
「えっ?マジで言ってる?中学三年間を超芸術的に不登校したあの弥生が?」
「ふっふっふ。朝霧君よ、君は幼馴染の成長にあまりに疎い。私は少しずつ社会に進出しているのさ」
通話越しでも弥生が確実に自慢げな表情をしているかが伝わってくる。
いやあ、感動だ。弥生と言えば現代学生の問題たる問題、典型的な不登校というイメージだったので、その成長を目の当たりにして目頭が熱くなる。
「じゃあ、今日は高校の手続きかなんかで早起きしたのかな?」
「んー。それとは別で、ゲームのイベントがなかなか終わらなくてオールしただけよ」
「そ、そっか」
着々と真人間に染まりつつある彼女に感動を覚えていた矢先にこれだ。
ああ、なんか感動が冷めちゃったな。
「それに夜間高校って言っても、昼は同じ校舎で違う学校が授業してるからね。二部制みたいな?なかなか面白い仕組みだよね」
面白いかどうかは分からないが確かに現代の学校の仕組みは多様になったものだ。
全日制、定時制、通信。大まかにこの三つがあって、さらにそれぞれの学校によって独自の差が出る。近代の多様性主義に通ずる所がある。
それにしても多様性か……。最近よく聞く言葉だ。
僕はそのムーブメントに批判的じゃないし、「多様性」なんてものに対してネガティブな声が大きいのはいつも部外者の大人だ。
社会なんて優しければ優しいほどいいと思うし、それで冥原みたいな人達が幸せなら、凄くいい事だと思う。
「ねね。今日は『モラスタ』の新マップボスの討伐を手伝ってくれる約束じゃない?そろそろやろうよ」
「あ~、ごめん。ちょっと考え事してた。今から開くからちょっと待ってね」
「ふひひ、やった。今回のボス、ギミックが超ウザイらしいよ」
「うえ、最近妙なギミック抱えたボス多くない?僕のキャラ育成状態で通じるかなあ」
「大丈夫だよ。瞬はちゃんと強い方だから!それは、このゲーマー女子冥原やよいちゃんのお墨付きだからね」
「一旦足を引っ張らないように頑張るよ……」
ローディング画面を眺めながら、去年断腸の思いで貯金して買ったゲーミングチェアに沈む。午前は学校、夕方からは気の置けない幼馴染とゲームをする。
うん、僕が描いた理想の高校生活だ。願わくばこんな日常を続けて、ちょっとした場面で青春を感じて、それで後は「過去」さえ完全に風化すれば、僕は理想の僕になる。
──はずだった。
☆
本校舎三階男子トイレ。洗面の鏡には、男女の区別がつかない中世的な人の顔が映っていた。
僕、朝霧瞬のご尊顔である。
幼くは小学生時代に「女みたい」といじられ、中学時代にはとんでもない黒歴史を作り出す原因になった、コンプレックスの塊だ。
湿気でうねった前髪をちょいちょいと整えながら、深く溜息をついた。
自分の顔にコンプレックスを抱く人間自体は珍しくない。大抵の人間が何かしら、ネガティブな感情を持っていることだろうから、僕が自分の顔に文句を垂れ流すなんて、傲慢な真似はしない。
けれど、それとあの黒歴史とは話が違うんだよなあ。
教室に戻ると、まだクラスが始まったばかりだというのに、コミュ力のお化け達はとっくに打ち解けているようで、馬鹿笑いに耳が痛くなる。
「や、瞬。調子はどうだい?昨日は何か変わったことでもあったかな?」
自席についた矢先、前の席の男子──國城和仁が話しかけてきた。園城は、右耳にリング状のイヤリングに明るい茶髪が相まって随分チャラく見える。
「昨日……?いや特に変わったことはないと思うよ。でも、ほら学校が始まったばかりだし、気分的には目に映る全部が真新しいというか」
「ふうん。まあ何となく分かるよ。まだみんな探り探りって感じだしね」
アイツ等を覗いてだけど、と園城はコミュお化け達を見やって苦笑いを浮かべる。
園城は絵に書いたようなチャラ男の風貌なくせして、性分は陰よりの気質らしい。
……きっと園城みたいなタイプが一番モテるんだろうなあ。もちろん、女子からだけではなく男子からも。
うん、席が近くなったよしみで、國城には一年間仲良くさせてもらおう。
「ところで、瞬は興味のある部活はないかい?」
「部活かあ……。まだどんな部活があるかとか全然見てないからなあ」
帰宅部はさすがに寂しいから、運動があまり得意じゃない僕でもできる、なるべく楽な文化部に入るつもりではある。
と、そんな曖昧な僕の様子を見計らってか、國城はニタぁと口角を上げる。
「瞬、俺と一緒に手品部に入ろう……!瞬と一緒なら高校生最強マジックコンビになれる気がするんだ」
國城はどこからともなく取り出したトランプをパタパタと空中で高速交換する。
「手品部……?そんな部活聞いたことないけど。それに僕、特別手先が器用だったりするわけじゃないんだけど」
「大丈夫、手品は俺も未経験だから。あと、手品部は存在しないから俺達で一から立ち上げる形になるね」
未経験なのかよ……。変にできそうな雰囲気を出さないでほしい。
「それにしても一から部活を創立するのか……」
「瞬は嫌かい?そういうの」
「いや、嫌ってわけじゃないけど。むしろ青春らしくてやってみたいとも思うよ」
僕の返答を聞いてか國城の顔が輝く。
手品ぐらいだと、僕でも練習すれば技の一つか二つぐらい習得できるだろう。そんなに労力がかかりそうなわけでもないし、それでいて一から部活を立ち上げるという青春らしさも兼ねそろえている。思っていた以上にいいな、これ。
「これで、顔面ゲットっと……」
一人で満足げに頷いていた僕の耳に、國城が零した独り言は届かなかった。
☆
「それじゃ、瞬。部活のことは追って連絡するから楽しみにしててね」
「分かった。何か困りごとがあったら手伝うよ」
國城の背中を見送って、僕も机の横に掛けた鞄に手を伸ばす。
今日は何とも濃い一日だった。高校に入学したばかりのひよっこの僕らには「新入生歓迎会」という形で上級生がゲームを用意されていた。
多くは、まだクラスに馴染めていない生徒達のために同学年で交流できるゲームだ。今日だけで、何人の名前を覚えさせられたやら。
頭の中で名前と顔を一致させながら復習。
それに合わせて國城との部活の件もある。着々と僕の高校生活は理想的な方向に舵を切っているようだ。
「あの、あ、朝霧さんですよね?」
と、上擦った声で誰かが僕の名前を呼んだ。
顔を上げると、目の前には小柄な少女がいて、その子は胸に手を当て緊張を宥めているようだった。腰元まで、だらりと伸ばした長髪。驚くべきはその長さだけでは、なく色だ。染めたのか、はたまた地毛なのかは分からないけど、純白で清らかな白髪だ。
と、見とれている場合ではない。
「僕が朝霧で間違いないよ。えっと君は……」
「白鳳です。白鳳美白、あの別に覚えなくていいんですよ……」
「いや、流石に覚えるよ。珍しい髪色だね。……おかしいな自己紹介の時に白髪の子がいたらインパクトが凄すぎて覚えてそうなのに」
「わ、私は多分クラスが、その違うので」
「ああ、そういうことか」
合点がついた。元より別のクラスの子だったから、印象的な白髪の子の記憶がないわけだ。
「と、それで白鳳さんは僕に何の用?」
「あの、ほんとに大したことじゃないんですよ。あ、朝霧君からしたら、私の存在なんて一万分の一だろうし……」
たどたどしく言葉を詰まらせる白鳳さんに、僕は彼女が何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
いや、正しくは分かるはずだった。分かるはずだったのに、僕が危機回避的行動を咄嗟に取れなかったのは新生活の多忙のせいで、あの忌々しい過去がフェードアウトしていたからだった。
「サイカワ男の娘『nakiri』、これ朝霧さんですよね?」
白鳳さんが差し出したスマホの画面には、僕が死ぬほど消したい黒歴史がばっちりと移されていた。
女装した僕の姿が、何とも無様に。
「あの、私!『nakiri』さんの大ファンなんです!」
白鳳さんは鼻息荒く僕に詰め寄る。そして「わ、わあ……ほ、ほんもの」と小学生並みの感想を残して卒倒した。
かくいう僕の脳内は情報過多によってまともな思考をできないでいた。
僕の痴態、僕の黒歴史。なんでバレた?そもそも、『nakiri』の更新は二年近く止まっているわけで、未だに熱狂的なファンが残っているはずがない。
いや残ってるだろ、目の前の幸せそうな顔で死んでいる白鳳さんが。
突然過去を掘り出された混乱が思考をぐるぐると渦巻き状にする。
もしかして、僕の理想の高校生活はこの瞬間に崩れ去ったのだろうか?
真っ当な連載をするのは今回が初めてです。
お手柔らかにお願いします!




