21.特別
「よしっ。これで私の十連勝。さっきのコンボ、実は確定してるんだよねえ」
「くそ……。格ゲーはそこまで得意じゃないんだよなあ」
勝利のファンファーレと共に、自らの実力を誇示する弥生に唇を噛む。
いくら自分が苦手なジャンルとはいえ負けは負けだ。僕と弥生の間にある決定的な差が明白になって、悔しさが募る。
「瞬は対戦系統のゲーム、そこまで好きじゃないもんね。FPSも眉唾だから、『夜好き』のことが分からないわけ。……ん?じゃあ瞬は何を勘違いしてたの?」
鋭い指摘が挟まれ、針のように僕の心臓を貫く。
……弥生は僕がnakiriであることを知る唯一の人。それは僕が男の娘になったきっかけに深く根付くあの経験を一緒にしているからで、「そんなことをしていた」という情報しかない。
つまりnakiri消却中の現在、そして連なる「夜月」は、全くの無関係だ。
わざわざ弥生に話して、それで何かを得ることはないだろう。
「あー、まあ。色々と歯車がずれてたところがあったと言いますか」
「説明になってないけど」
ジト目で凝視されて、冷や汗が噴き出る。弥生の眉毛の輪郭がはっきりするぐらい詰め寄られて、僕は丁度いい言い訳が思いつかなかった。
「えーとっね。クラスメイトが噂話をしてたから気になったんだよ。『夜好き』ってどんな人カナーって。……これじゃダメ?」
「ダメ。見え透いた嘘をつくもんじゃないよ。この天才美少女やよいちゃんの前でね」
僕の幼馴染はいつから人心を読む天才になってしまったんだ?
少なくと空気が読めないようなやつだった気がするんだけど。
ジローっと僕を視線で追い込む弥生に、少し諦念が芽生え出した。
──弥生になら話しても大丈夫だよな?
ここは一つ、僕は幼馴染への信頼を試すことにした。
「……あはっ、まじで?あははっ、瞬ってまさか相当ついてない?ちょ、笑いすぎてお腹千切れる」
結果、弥生は横腹を抑えながら身悶え、大笑いで僕の大変悩ましい現状を、絨毯の乱れにしたのであった──。
「ってそんなに笑うなよ!僕はね、真剣に悩んでるんだよ。真剣に」
「いやっ……くすっ、そんな顔で言われたら余計笑いが止まらなくなるって……」
そんな顔ってどんな顔だ?
まさかこの真剣をそのまま体現するような勇ましい顔が美少女のようにでも見えたりしたか。
ディスプレイに反射する自分の顔を見た印象は、少女みたいだけどさ……。あ、自分で認めてしまった。
ツボに入ってしまったらしい弥生の笑いが止まるのには、結構な時間を要した。
その間、僕がとんでもないほど惨めな気持ちになったのは、身から出た錆とは言え屈辱的だ。
目尻の涙を拭いながら弥生は言う。
「ごめん、流石に笑いすぎた。じゃあ瞬は「夜月」と『夜好き』を勘違いしたってわけね」
「流石に口頭じゃ気付けるはずがないよ……。通話越しだったし」
とはいえ丁度僕の頭を悩ませている奴と全く同じ名前なのは巡り合わせが悪すぎる。
夜が好きという安直なネーミングセンスで「夜好き」にしたのは分かるけど、もっと他のだったらこんな事故は起きなかったはずだ。
「で、瞬はその「夜月」をどうしたいわけ?」
「どうしたいって……そりゃ僕がnakiriだってことを口外しないように約束するだけだけど。僕にとってnakiriは負の遺産、黒歴史なんだから」
「ふうん……そっ、か」
妙に歯切れの悪い言葉だった。
別に僕が間違ったことを言ったつもりはない。
一般的に「実は男の娘してたんです」みたいなことを聞かない。いくら自分の容姿が美少女然としているとはいえ、人に聞かれて良いことはないだろう。
絶対に引かれるし、冷ややかな視線で突き刺される。マイノリティーでいる事が、僕には耐え切れないほどツラいのだ。
「瞬はまだ、あの人の事覚えてるよね?」
「そりゃ覚えてるよ。あの時は相当助けてもらったからさ。けれど……どこまでいっても僕は普通の人なんだなあって」
その方が生きやすいだろうし、わざわざ茨の道を歩む必要はない。
誰かが細い道を通っているのであれば僕はそれを応援するけど、僕が同様の道を選ぶのはまた違う。
「ううん、そんなことないよ。瞬はしっかり変人だからね」
「それって誉め言葉なのかな?」
変わってるね、と言われてポジティブに感じるかネガティブに感じるかは個人差あるだろう。
あれ、僕は案外ポジティブ思考なのかもしれない。普通に嬉しい気がした。
この不思議な感情の正体を僕は瞬時に察する。
アイデンティティがもたらす安心感だ。僕という人間が一意的である証明こそが、このじわじわと胸に焚き付ける熱い感情の正体。
普通を願ってるくせになんて矛盾した感情何だろう。
僕は自虐的に笑みを零した。
「僕って特別な人間なのかな?」
「急にどうした?ナルシストは特別というよりも自意識過剰ってだけだと思うよ」
「いやそういうことじゃないよ……」
深海の底のような濃い青色の髪がだらーんと垂れて、僕を覗き込む。
「何?」
「別に」
その瞳が僕をどんな風に映しているのかは分からないけれど、何か言いたげにしていることはよく分かった。
「私はnakiri、辞めてほしくなかったな」
「しょうがないよ、僕はもう正気になっちゃったからね。普通に恥ずかしいことだと思うよ」
「瞬は特別になりたいんじゃないの?」
それは僕がnakiriとなることで、普通の人とは縁遠い存在になることを指しているのだろう。
確かに人より秀でた才能がない僕にとって、特別を手にするにはこの珍しい容姿を使うのが手っ取り早い。
けれど──。
「僕は一般的な特別になりたいかなあって。勉強ができるとか、運動ができるとか、弥生みたいにゲームが上手いとか」
そう別に手段ならば色々あるのだ。容姿を使わなくたって、何か別の事で、僕は特別になれるはずだと思う。まあ、あくまで「はず」だから確実とは言えないけど。
「──やっぱり何かに本気で取り組むべきだよなあ。僕の場合マジックだろうけど」
「瞬的には、特別って何から生まれるの?」
「そりゃ努力とか才能からかな……。僕はあんまりセンスがないから努力型で特別になりたいなあ。……さっきから僕達何の話してるの?ずっと哲学的なんだけど」
「努力ね……」
僕の問いかけに構わず、弥生は俯いて一瞬の逡巡の後に、
「瞬が今すぐに、努力型の特別になれる方法があるんですが、聞きますか?」
「ほほう、それは気になる。てかなんで敬語」
ツッコみはことごとく無視され、弥生は床に円を描くように指をくるくるなぞる。
「私、瞬の事が好きだよ。これで、瞬は特別になったってわけ。私だけの」
隙だらけの背中を一撃で刺すような不意の告白だった。




