17.ビブリオバトル
一学期図書委員、最後の大仕事。ビブリオバトル。
その内容は生徒を呼び込んみ、委員が一人一人プレゼンする──などという大事ではない。
そもそも図書委員になるような人は大人しい人が多いし、人前に立つよりも陰でモノづくりをするのが得意なタイプの子が多い。
講堂の壁一面に張り出された模造紙は委員が各々作成した、お気に入りの本の紹介文だ。それぞれ、マーカーでカラフルに彩り、仕掛けを作るなどして工夫が拵えてある。
模造紙の前には、机の上にレビューした本の実物が置かれ、気になった本をその場で試し読みできる仕組みだ。
講堂の中心には間仕切りがあり、紹介した本のタイトルが書いてあるスペースにシールを張ることで、投票ができる仕組みだ。
「よし、これでいいかな」
「お兄さんも終わったみたいね。どう?私に負けて泣きべそをかく覚悟はできた?」
自分の紹介文を張り、色々な準備が終わったタイミングで一息つく僕に、ロリ先輩が話しかけてきた。
頭の両端のツインテが上機嫌に揺れている。どうやら、余程僕に勝つ自信があるらしい。
「それで僕が勝ったらすんごい恥をかいちゃうと思うけど。大丈夫?」
「杞憂だね、お兄さん。私が負けるはずないもの」
悪役令嬢のように妖艶な笑み浮かべるロリ先輩。
……チラッと見た感じ、ロリ先輩が勝利を確信するのも当然なほど、ロリ先輩の紹介文は出来がいい。
黒と白の単純な配色で描かれていて、モノトーンの美を感じさせる本文。周辺の装飾も激しすぎず、引き算の美学を感じさせながら、やはり白黒で統一。
狭いスペースに、そこだけ別世界が内包されている。
が、僕の方も負けていないはずだ。
ロリ先輩と相反して僕の紹介文は圧倒的な情報量過多である。JKが好きそうなポップ調の装飾で、恥なんか捨てて、誰よりも目立つように作っている。
色とりどりの造形を前に、是非自撮りでもとって盛り上がって欲しい。
白鳳さんから教わった直接的な「好き」の表現。僕のレビューはひたすら率直な表現で語る、直線的なものだ。
「勝負は午後の六時。片付け直前の得票数で決めるからね」
「分かってる。それまで、のんびり放課後を謳歌させてもらうわ」
なおも勝ち誇った様子でロリ先輩は講堂から出て行った。あの負けフラグを立てまくる自身の持ち様、尊敬しなことはない。
さて、僕もぼちぼち他の場所に行くか。
ビブリオバトルが開催された今日の日は、同じように科学部や手芸部など様々な部活が展示をやっている。これはプチ文化祭のようなもので、外部の人は入ってこないけど、定期的な活動報告のような行事になっている。
「あ、朝霧さん!」
と、僕の名前を呼び誰かが近寄ってくる。
十万ルクスの輝きこと図書委員長の美桜先輩だ。緑色のゼッケンを着ていて、どうやらこのビブリオバトルの管轄者であることを表しているらしい。
「聞きましたよ、朝霧さん。またお姉ちゃんと何かあったんだよね?」
「またって言いますか、いつもの小競り合いって言いますか……。はい、毎度ご迷惑をおかけして申し訳ないです」
僕は美桜先輩に絶対の尊敬を誓っているため、頭が上がらない。だって美桜先輩は女神の現世の姿なんだから。
「あ、でも今日で澄海先輩との決着をつけるので、これ以上美桜先輩を困らせるようなことはないと思います」
美桜先輩の前でロリ先輩をロリ先輩呼ばわりするのは少し憚られた。美桜先輩は動く聖水のようなものだから、僕の毒なんて簡単に浄化されてしまう。
というのは建前で、流石に失礼だと思っただけで、ロリ先輩に対する恨みは消えないぞ。
「そうならいいんだけどね。私としてはお姉ちゃんにはみんなと仲良くして欲しいんだよ?でも、ほらお姉ちゃんあんな性格だし」
美桜先輩は重たい溜息を吐いた。
一瞬、普段のみんなを率いる頼れる図書委員長の皮が剥がれ、単純に姉を思う健気な妹の姿が見えたような気がした。
が、美桜先輩はすぐに気を取り直し「それじゃあ、何かあったら言うんだよ?」と言い残して、他の図書委員のところに行ってしまった。
どうやら美桜先輩は、講堂にいる図書委員に手当たり次第声をかけているようだった。
それにしてロリ先輩……いや、三倉澄海に対する悩みか。
ロリ先輩が特別僕を敵視して毒を吐いているわけではなく、全ての人に無差別に毒をお見舞いしていると聞く。
実際ロリ先輩は二年生の中では悪評高く、多くの人の反感を買っている。だから、ロリ先輩は孤立しているけど、彼女はしっかり能力があるせいで一人でなんでもできてしまう。
その様子を同学年で姉妹の目で見ている美桜先輩の心配が尽きないのも、そういうところからくるのだろう。
何とかなって欲しいものだけど、これはロリ先輩が自分から変わろうとしなければ、アクションは起こせないだろう。何とも頭が痛くなる問題だ。
「朝霧君、来ましたよ」
ぼんやりとした思考は、白髪の少女の登場でかき消された。
「来たんだ白鳳さん。もう紹介文は見て回った?」
「はい!こういうの大好きなんです。教室の後ろの掲示物とか、休み時間で見るのが趣味なので」
……しれっと悲しいことを言わないで欲しい。
「投票ももうした感じかな?」
「はい、ばっちりしました!私が投票したのは『オールド・ツートーン』という作品の紹介文です」
あれ?その作品って。
「それ、ロリ先輩の紹介文だね」
「えっ?もしかして私、敵に塩を送ってしまいましたか?」
「もうばっちり送っちゃってるね。まあ、勝負が公平性に欠くようなことがあったらダメだし、気にしないでいいよ」
僕は真っ当にロリ先輩に勝ちたいのだ。人を使ってサクラのような行為をさせたり、僕に票を入れるよう仕向けるのはまっぴらごめんだ。
きっとこれはロリ先輩も同じように思っていることだろう。
「なんか、その申し訳ない気持ちは拭えないです……」
「それはその、僕もなんかごめん。ところで今日は望月さんと回るみたいなことを言ってたけど、望月さんは?」
「ああ、みつきちゃんは季節外れのインフルエンザにかかってしまったみたいで……」
「そんなこともあるんだな……」
太陽が人をあぶるこの時期は免疫が著しく低下する。僕も体調には気を付けよう。
高熱で苦しんでいるであろう望月さんの身を案じていると、足元に細長い缶が転がってきた。
「おおーい……そこの女子生徒。それ、私のエナドリだ。……拾ってくんない?」
抑揚の激しい掠れた声。くたくたの白衣を身に纏った教師がふらふらとゾンビのように近寄ってくる。
その顔は、良くも悪くも印象が強すぎたせいで、ばっちり覚えている。
手品部顧問──夜原井先生だ。
「んぐんぐ……ぷはあ。やっぱエナドリ飲まないと死んじゃうよなあ。助かったぞ、女子!」
「あの、僕は男です。あと、あなたが顧問を担当している手品部の部員なんですけど」
「おお、そうなのか?人の顔と名前を覚えるのは苦手なんだ。すまんすまん」
タハハ、と大人としてあるまじき汚い笑い声をあげて、僕の肩を叩く。
まるで酒に酔ってるみたいだけど、残念ながら夜原井先生はエナドリに酔っている。こんな破天荒さもエナドリが悪さしているのだろう。
「この人が、手品部の顧問の先生なんですか?」
「そうだよ。まあこんな人だけど、マジックの腕は揺るぎないらしい」
白鳳さんの耳打ちに、夜原井先生に聞こえないような声で返す。
「なんだか私は心配です。朝霧君が所属する手品部が実はずさんなものなんじゃないかって」
「そこは心配しなくてもいいよ、むしろ僕がサボってばっかりだし」
白鳳さんが心配する事態は実は僕のせいで起こってるという恥ずかしいオチになってしまいそうなのが、ほんとにヤバい。
「あ、せんせーは、やらなきゃダメな仕事がたっぷりあるから、職員室に帰るな。お騒がせして悪かった。図書委員の展示を見に来たつもりだが、なんかもういいかなって」
そう適当な事を言い残して夜原井先生はまた、ふらふらとどこかに消えてしまった。
……なんだったんだ、この時間。




