18.小さな背中
「では皆さん、ビブリオバトルお疲れさまでしたね!皆さんのおかげで一学期図書委員を良く締めくくれました!ありがとうございます」
講堂の中心に集められた図書委員に向かって、美桜先輩が締めの言葉を飾る。
図書委員主催のビブリオバトルは何の障害もなく無事に終わり、残すところはバトルの結果だけだった。
「さて、みんなそれぞれが努力して作った紹介文だから、全員に最優秀賞をプレゼントしたいけど、勝負は勝負だからね。それじゃあ、投票結果を発表するよ」
──美桜先輩が、発表する必要がないほど、一位は明瞭だった。
「一位は……森本さん!おめでとう、そしてよく頑張りましたっ!」
「わ、私ですか?」
美桜先輩の労いの言葉と共に、温かい賛辞の拍手が送られる。ビブリオバトルの発案者にして、経験者なだけあって森本さんの紹介文は素晴らしい出来だった。
他の生徒とは一線を画す出来。これは当然の結果だったと思う。
──さて、大事なのはこの次だ。
「二位の子は──朝霧さんです!そして惜しくも僅差だったのが、三位の高橋さんです!拍手!」
またもパチパチと炭酸が弾けるみたいな祝福が講堂に溢れる。
──ロリ先輩は、トップ3にすらなれなかった。
こうして、僕の勝利が確定する。
「……ちょっとお兄さん。こっちに来てくれる?」
片付けの合間、人の目を盗んでロリ先輩が僕を引っ張り講堂を抜け、校舎を抜け、体育館の裏……あの自販機のある場所に連れていく。
ロリ先輩に引っ張られながら見る彼女のツインテはへにゃりと項垂れている。
体育館の方を向き、僕には背中しか見せないでロリ先輩は言う。
「負けは負けよ、悔しいけれど。あーあ、ほんとに悔しい」
ロリ先輩は依然、強気な口調のままだった。けれど、その声には鼻水をすする音が混じる。
僕に負けただけでなく、三位にすらなれなかった彼女の悔しさは、想像を絶するほどのものだろう。
「……何がいけなかったの?」
言葉を放り投げるみたいに、彼女の感情がそのまま吐き出されたかのような一言だった。
「強いて言えば人間関係だと思うよ。嫌いな人に花を持たせるような行為、いくらその人がいいものを見せてきても、したくないから」
「そっか、そうだよね。私が嫌われてるからか」
一位にを取る素質をロリ先輩の紹介文は持っていた。
けれど、投票がいまいちだったのは、投票という仕組みが人の個人的な思考に左右されるものだったからだ。
だからロリ先輩は嫌われているせいで票が集まらないし、そもそもビブリオバトルというゲームにおいてロリ先輩の勝ち目は端からなかったのかもしれない。
「でも、私が嫌われているのは今更どうこうできないし、しょうがないわよね。私の完敗よ。これからは、お兄さんに強い口調で当たったりしない」
そう言って、立ち去ろうとするロリ先輩の腕を僕はしっかり捕まえた。
「待って、別に僕への舐め腐った態度は変えなくていいよ。……なんか自分で言うのは変だけど」
「何それ?一体どういうつもり?」
ロリ先輩は訳が分からなさそうに首をかしげる。
「ほら、僕とロリ先輩は互いに殴り合う関係なわけじゃん。だからこの関係性は変えたくないなあって」
ロリ先輩は今、こいつ何をほざいているのだろう?とでも思っているだろう。実際、僕も頭の中真っ白で話してるし、変なことを言っている自覚もある。
だけど、僕が伝えたいこと念頭にしっかりあった。
「僕が変えてほしいのは、僕以外の子への攻撃的な態度。僕としては、殴り合ってる人が他所でも喧嘩してるなんて聞いたら冷めちゃうし」
「待って、本当にお兄さんは何を言ってるの?頭おかしくなっちゃった?」
「大丈夫。僕はしっかりしてるよ。頭のネジも全部揃ってる」
「じゃあ、そのネジが劣化してるんじゃない?変えた方がいいわ」
弱弱しかったロリ先輩から一転して、この胸が痛む毒の吐き方。ああ、やっぱりロリ先輩はこうでなくでは。
暴言に気持ちよくなっている僕に、ロリ先輩はドン引きの視線を向ける。
「まさかお兄さん、私が嫌われてるのどうにかしようとしてるの?みんなと同じみたいに私に嫌悪感があるんじゃないの?私のことぶん殴りたいって思わないわけ?」
「ぶん殴りたいとは何度か思ったことはあるけど。でも、君のこと嫌いになった覚えはないよ」
ガシャンと何かが崩れるような音がした。
ロリ先輩は多分、自分がみんなから嫌われているという前提がないと安心できないような歪んだ人物だ。だから、わざと嫌われるようなことをして、安心を得ようとする。
でも、そんなのは苦しいだけだし、知らず知らずの内に彼女が嫌いな人達よりも、何よりも自分が自分のことを嫌いになっている──そんな気がする。
「私を嫌ってないの?」
僕の存在を疑うようなそんな目。
「もちろんだよ。だから君には誰からも嫌われないで欲しいし、大勢じゃなくてもいいから、少ない人から愛される、そんな人になってほしいかなって」
言いたいことは言った。あとはロリ先輩がどう答えるかだけだった。
「私は……私は自分の歪んだ性格をよく分かってる。だから、この性格を簡単に変えられるような気がしないし、それはとても怖い」
「全部変えなくていいんだよ。自分自身を殺すような真似はしなくていい。ちょっとだけ生きやすい生き方を心掛けるだけでいいから。それでストレスが溜まってきたら、僕に当たればいいよ」
静寂が優しい暗がりの中に訪れる。ロリ先輩は俯いて僕の方を見ようとはしないけれど、僕の言葉が彼女に届いているのは確かだ。
「……お兄さんの言う通り。だけど、私の歪んだ性格がすぐに真っすぐになる気はしない。私が変わっても嫌われたまんまだと思うし、きっと仲良くしたい子なんて現れない」
零れるのは後ろめたい言葉ばかり。だけど最後にはロリ先輩は、自分の胸元に手を当てて。
「でも、私。……少しだけ変わろうと思う」
ロリ先輩のその言葉を、僕はしっかり受け止めた。
☆
「ちょっと、お姉ちゃん!朝霧さん!一体どこに行ってたんですか?みんなそろわないと帰れないんですよ?待ってくれたみんなに謝って」
「こ、この度はご迷惑をおかけしました……」
「……ごべんなさい」
図書委員の仲間から、怨嗟の混じった刺々しい視線が向けられる。どうやら相当待たせていたらしい。
ホントに申し訳ない。
下げた頭でチラッと視線を上に向けると、美桜先輩から普段の女神オーラが感じられず、代わりに冬と見紛うほどの冷気を察する。
……やってしまった。
「はい。まあ色々言いたいことはあるけど、一旦解散しましょうか。お疲れさまでした」
美桜先輩は深呼吸を挟んでから、図書委員の解散を告げた。
この後、僕とロリ先輩がとんでもないほど怒られたことは言うまでもない。もう二度と怒らせてはいけない人を怒らせるような真似はしません。
「お兄さん、今日のことは忘れて」
帰り際、ロリ先輩が僕に駆け寄りそんな事を口にした。低い視点から僕を見上げて、それだけ告げて足早に踵を返した。
小さな背中は雑踏に消える。




