16.白鳳さんとお昼ご飯
期末テスト明けの解放感。テストとかいう心理的な重荷が消え、さらに当日限定には早帰りというおまけまでついてくる。
テスト期間の苦痛を取り返すためにも、今日ばかりは自由を謳歌する──というのは今回ばかりは叶わない。
「僕は無難に包み焼きハンバーグでも頼もうかな。白鳳さんはどうする?」
「えっとじゃあ私は……季節の定食セットを注文します」
メニュー表の一番先頭を飾る期間限定の定食を指差しながら白鳳さんはにこやかに言う。
「ナスが入ってそうなのはこれぐらいなので!」
……白鳳さんの筋金入りのナス好きもそろそろ慣れてきた頃だ。
タッチパネルで注文を確定し、後は運ばれてくるのを待つのみとなった。
それにしても技術の革新は凄まじい。一昔前なら店内を彷徨く店員を捕まえるか、それとも呼び出しボタンを押して注文していたものだが、今はそんな手前がない。
「あの猫耳のついたロボットは何でしょうか?」
「ん?あー、あれは配膳ロボットみたいなやつだよ。猫耳がいるかどうかは分からないけど」
白鳳さんは興味深そうに感嘆した。
彼女は喫茶店やカフェにはよく足を運ぶらしいけど、ファミレスや定食屋などの食事をメインとする飲食店に入るのは少ないらしい。
ファミレスに来たのも数年ぶりで、驚くのも当然だ。今の白鳳さんにはファミレスがアミューズメント施設に見えてもおかしくない。
『ご注文をお持ちしましたにゃ!!』
「しゃっ……喋りましたよこの猫さん!ど、どうすればいいのでしょうか?」
「お腹の部分から注文したプレートを取って、後は頭のてっぺんに触ってあげたらいいよ」
白鳳さんは屈んで、猫ロボットの虚無な視線を気にしながら、プレートを手に取る。
『お客様、早く料理を取ってほしいにゃ』
「ご、ごめんなさい。不慣れだからよく分からなくて」
猫ロボットは多分決まった台詞を言ってるだけなのに自然と会話になっていておかしい。
笑いをこらえながら僕も自分の料理を確保した。
「次は頭を撫でてあげたらいいんですよね?こうでしょうか?」
白鳳さんはたどたどしい手つきで猫ロボットの頭を撫でる。ワンピースの袖か見える二の腕は、彼女の髪色のように透明だった。
『あったかいにゃー。お食事、楽しんでくださいにゃ」
軽快なBGMを垂れ流しながら、猫耳はバックヤードに消えて行った。
☆
今日、白鳳さんと昼食を食べることになったのは、夏休み前に「夜月」の件を打ち合わせするためだった。
偽装アンチは上手く運用できているか、「夜月」の同行はどうか、どのタイミングで「夜月」と接触するのか、諸々の事を決めるつもりでここにいる。
それだけじゃなくて個人的な用事もあるのだけど。
「これ、美味しいです!」
白鳳さんは両頬に手を当てて、ん〜!と唸る。
「なすの揚げ浸し?」
「はい!写真に載っていたのでこれを当てに注目しましたけど、正解だったみたいです。大葉がよく効いてます!」
小さな小皿に盛られたナスとピーマンを突っつきながら白鳳さんは上機嫌だった。
……色々悩みは尽きないけど、今は普通に料理を楽しむべきか。
友達と飲食店で食事をする。こんな青春をうやむやにするのは勿体ない。
アルミホイルに切れ込みを入れ、僕もハンバーグに手をつける。
「ごちそうさまでした。全部美味しかったです!」
季節の定食なだけに夏野菜が大量に使われた料理を平らげた白鳳さんは満足気に手を合わせる。
「家族以外の誰か外食するっていうのも初めてで、こんなに楽しいとは思ってもいませんでした!」
「それはよかった。今度は望月さんと行ってみたら?仲良くなれたんだっけ?」
「私の認識では仲良くなれたと思ってるんですけど、どうでしょう……。なんだが三月ちゃんに遠慮されてるような気がして」
白鳳さんは困ったように俯いた。
「最初はそんなもんだと思うよ。それに望月さんは人見知りっぽいから」
本を正せば白鳳さんと望月さんを引き合わせたのは僕の勝手な思い付きだ。特に望月さんには複雑な事情がありそうだし、僕の安易な行動で彼女を傷つけていないか心配だ。
二人の関係に何かあった時は、しっかり責任を取るつもりである。
「ちょっと話を変えるけど舌切かぼちゃはどんな感じ?しっかりアンチできてる?」
「もちろんです!1日3アンチを目安に着々となき様への悪口が溜まってます。……その都度、私の心が変な音を立てるんですけどね」
序盤は意気揚々と報告をしていたのに、急に死んだ目になったぞ。
……辛い思いをさせてしまっているのはほんとに申し訳ない。
「今からでも僕が変わってもいい……っていうか変わろうか?」
「それはダメです!朝霧君にはなき様を否定してほしくないというか、とにかくダメなんです!」
断固として断られてしまった。
「舌切かぼちゃ」を白鳳さんが運用するというのは是が非でも譲るつもりはないらしい。
「じゃあ変えないけどさ……。もう何度も言うけど、本気で辛くなった時は言うんだよ?僕にできることなら何でもするから」
「では女装を……」
「それは無理」
上目遣いでおねだりされても、通用しません。
……この流れデジャブを感じるなあ。
☆
「よし、そういうことだから『夜月』に接触するのは夏休み終盤。舌切かぼちゃのアンチ投稿が千を超えたタイミングにしよう」
「了解です!それに合わせて投稿の調整をしますね。しっかり無関係な投稿も混ぜながら」
投稿数が少なすぎては怪しまれてしまうし、アンチ投稿ばっかりだとそれはそれで印象が悪い。
舌切かぼちゃは丁度いいアンチの体を成すのが最終目標だ。
……さて、それはそれとして。
「白鳳さんに一つアドバイスが欲しい悩みがあるんだけど聞いてくれる?」
「悩みですか?朝霧君の質問にはなんでも答えますけど、「夜月」さんのとはまた別件で何かあったんですか?」
「悩みってほど大事じゃないんだけど」
訝しむ白鳳さんに、僕は七月図書委員会での出来事を説明する。
「……なるほど、じゃあ朝霧君はあの小っちゃい先輩さんと雌雄を決するわけですね」
「そうそう。ロリ先輩って、やたら僕に対する当たりが強いんだよなあ。まあ僕も僕で言われっぱなしは癪だから対抗してるんだけどね」
僕とロリ先輩が犬猿の中なのは言うまでもない。しかし、ここまで関係がこじれているのは、彼女が最初から僕に攻撃的な所に問題がある。
僕としては、一回きっちりケリをつけて手を打ちたい。まあ、その後も小さな小競り合いはあるかもしれないけど。
「それで、ビブリオバトルで勝つための方法で悩んでるから白鳳さんを頼ろうと思ったんだよ」
「勝つための方法ですか……。ごめんなさい、私はあんまり読書をしないのでアドバイスはできないかもしれないです」
申し訳なさそうに肩を窄める白鳳さんに、僕は慌てて首を振る。
「僕が聞きたいのは選ぶ本じゃなくて、好きなものを好きと言える力強さ?心の持ち方みたいなものを教授してほしいなあって。ほら、白鳳さんて好きなものにはとことん真っすぐじゃん」
白鳳さんは僕が見てきた人達の中でトップクラスで好きに忠実な人だ。元nakiriとして、推されていた身として、それは直接的に感じている。
白鳳さんは小難しそうに首をかしげる。
「好きなものへの心の持ち方なんて考えたことありませんでした……。私は、何も考えずに推し活をしているので」
そう言いつつも、白鳳さんは「あ、でも」と言葉を続ける。
「推しに対してこうあるべき、みたいな矜持は持ってます」
「矜持……?」
僕が余程小難しい顔をしていたのだろう。白鳳さんはふっと微笑しながら、フォークを机の真ん中に立てた。
「推しにひたすら囚われるんです。学校でも寝る時でもずーとずーと。目を瞑れば、瞼の裏に推しが浮かぶようになるまでですね。そしたら幸せですから」
……それはちょっとしんどくない?推しでゲシュタルト崩壊を起こしそうだけど。
フォークの三つに分割された隙間から白鳳さんの目が見える。
その目はフォークを経由していながらも、その先──僕のことを真っすぐ見つめていた。
「なき様、大好きです」
愛おしいものを見つめる敬愛の視線と、不意に紡がれる好きの言葉。
純粋で熱心で淀みのない白鳳さんの本心。
……もうnakiriでない僕は、それにどう応えるべきなのか、どう捉えればいいのか、全く分からない。
でも、白鳳さんの「正直」の正体が少し分かった気がした。




