15.読書推進月間
月に一度の図書委員会。三学年それぞれのクラスの図書委員は招集され、委員活動のあれこれを決める定期集会だ。
そして今日は、一学期の締めくくりを飾る七月の委員会。図書室に飽和する控えめなざわめきを打ち払ったのは他でもない、委員長三倉美桜の一声だ。
「それでは図書委員会を始めます」
後ろで一つ結びされたポニーテールがゆったり揺れる。皆の注目を一身に浴びながらも、美桜先輩は物怖じすることなく堂々と振る舞っている。
やっぱ美桜先輩はカッコいいなあ。目を擦れば天使の羽根が見えてきそうだ。
美桜先輩に見惚れていると視界の端に、小学校低学年ぐらいの少女が映る。残念な姉ことロリ先輩だ。
彼女は美桜先輩の隣で踏み台に乗り、ホワイトボードにペンを走らせる。
「今月は読書推進月間です!夏休み目前の今だからこそ、生徒の皆さんには読書に対する興味を持ってほしいんですね」
ホワイトボードにはドーンと「読書推進月間」綴られる。
……ロリ先輩を前にすると、そこまで大きくないボードも城壁のように高く感じるなぁ。
美桜先輩が目配せすると、アイコンタクトの意図を汲み取ったロリ先輩がせっせと文字を書く。
流石の双子コンビネーションだ。三倉姉妹は二人で委員長、副委員長を務めるが、彼女以上に息の合ったコンビは中々見つからないだろう。
まあ姉が妹の補佐というのは一見珍しい構図だけど、彼女達の身長差……はまずいか。性格を鑑みればそこまで違和感はない。
「誰か意見があったら挙手をしてください」
鈴を転がすようなハキハキとした声。清廉潔白で甲斐甲斐しい三倉美桜。
「お兄さん、意見あるでしょ?もしかして無いとは言わないよね」
いつの間にか僕の側に来ていたロリ先輩は低い声で僕を脅す。
毒舌で怒りっぽい三倉澄海。
こうしてみると妥当すぎる配役だ。
「お兄さん?」
「ああ、えっと。……何を答えればいいんだっけ?」
「もしかして美桜の話聞いてなかったの?そんなんだから女みたいな見てくれなんじゃない?」
ロリ先輩は呆れたように鼻を鳴らした。
……僕の見た目が女っぽいのは元からだ。決して人の話を聞いてない罰で、女子寄りの顔つきにされた訳ではないぞ。
胸中で弁明しつつ、ロリ先輩に聞くのは癪なのでホワイトボードに視線を向ける。
大抵の事は丸っと板書されているのだ。
ええっと「読書推進月間」とは期末テスト明け、夏休み目前の二週間で行われるイベント。
その目的は美桜先輩が言っていた通り、生徒の読書量を底上げするためのものだ。
そして、イベントの内容については今から議論し計画を立てていくのだが──。
「正直、何をすればいいのか全く分からないや」
「結局その程度なのね。残念残念」
口元を手で隠しながら嘲笑う様は、何とも小悪染みた様だ。
「それじゃあ君は何か意見があったりするのかな?僕にそこまで言うってことなら、君はさぞ素晴らしい提案があるとみた。さあ聞かせてみなよ」
「うぐ……。それはその」
おやおや……?一気に形成が逆転したぞ。ロリ先輩の視線が合わなくなってきた。
が、この程度で打ち負かせられるほど、軟弱な相手でないことはよく知っている。
「……私は副委員長なんだから、お兄さんより偉い。よってお兄さんが私に意見をするのは身の程知らずってやつ」
なるほど。権力を振りかざしてきたか。確かに図書委員という組織の中で実質的なナンバーツーであるロリ先輩に対して僕の立場は三等兵程度だ。
しかし──。
「偉いからって人のこと馬鹿にするのは違うくない?上の立場ほど下には優しくしないとでしょ。まあ君には分かんないか」
「まるで私を馬鹿にするみたいな言い方!そっちがその気ならこっちもホンキでいくけど?」
「君との戦争は今に始まったことじゃない。今日この場で雌雄を決してもいいんだよ」
刺々しい視線がぶつかり合い電流が漏れ出る。
ロリ先輩の言動はいつも鼻につく。だからこそ今日この場で俗に言う「分からせ」という奴をするべきだ。
密かに行われる闘争がまさに異様な熱を帯びようとした頃。そんな僕達の事なんて露知らず、図書委員の一人が手を挙げた。
「あの提案があるんですけど」
「はい!えーと一年生の森本さんですね。どうぞ言ってください」
三つ編みで括った髪と丸眼鏡を合わせた、いかにも文学的な女子がおずおずと口を開く。
「中学の時にやったゲームみたいなものなんですけどいいですか?」
「はい!逆に是非是非言ってください!色んな案が欲しいのですからね」
美桜先輩の言葉に森本さんの緊張が和らぐ。ひねくれた性格の姉とは違って、なんと包容力に満ちた声なんだろう。美桜先輩は人に扮しているだけの女神な気がしてきた。
「いわゆるビブリオバトルっていうものなんですけど。委員が一人一つオススメの本をプレゼンして、どれだけの人が魅力的に感じたか競うゲームです」
「なるほどビブリオバトルですか……。確かに生徒の皆さんに本の興味を持ってもらうにはとてもいい方法ですね。それに委員同士で対戦要素があるのもまた面白いです!」
……対戦要素。
その言葉が耳に入った瞬間、僕はこれだ!と思った。生意気なツインテのほぼ女児を分からせる、丁度よさげな土俵。
「ねえ君。もしもビブリオバトルをやることになったら競わない?それで今までのいざこざにケリを付けようよ」
「丁度私もそう考えてたところだわ。これで、ちょっと可愛いからって調子に乗ってるお兄さんを泣かせてあげられる」
「別に僕は可愛いからって調子に乗ったりしないよ」
いや中学時代は調子に乗ったか。僕の黒歴史がその裏付けになってしまってる。
☆
「それじゃあ読書推進月間に私たちがするのはビブリオバトルで決定しますね」
美桜先輩がパチパチと拍手をしながら、委員会を締めくくる。持ち場である美桜先輩の横に戻ったロリ先輩もそれに同調して拍手をする。
が、その音がどこまでも冷たく乾いているように聞こえる。その顔に浮かぶ笑みは余所行きのお飾りの笑みではなく、嗜虐心に満ちた残忍なものだ。
「ボコボコにしてあげるから。お兄さん」
そう心の中で戯言をほざいているに違いない。僕がロリ先輩に負けるなんてありえないのに。
かくして決戦の火蓋は切って落とされた。




