13.望月三月
「いてッ……」
「う、動くな。ちゃんと消毒できない」
消毒液で湿った綿布を押し当てられ傷口が染みる。ただ腫れているだけだと思ってたけど、普通に出血もしているらしい。その証拠に綿布に血が滲んでいる。
僕は痛みに邪魔されながら、真剣な顔で手当てをしてくれている少女のことを見やる。
──望月三月と彼女は名乗った。
「よし、これで終わりだ」
最後に傷口をガーゼで蓋をして手当は終了。後はこの上からアイシングをしていれば、腫れは治まるだろう。
「ごめんわざわざやってもらって」
「ほ、保健室の先生の代わりにやっただけだ。別に私に優しさなんてない」
望月さんは首をぶんぶん振って否定するけど、彼女が優しくなければ僕のことなんて無視しただろう。
多分、口に出してしまったら否定されてしまうので、心の中で勝手に優しい人認定をさせてもらう。
「あ、そういえばすっかり忘れてた。これ」
胸ポッケから手帳大のノート、望月さんのモノであろう日記帳を取り出す。
「な、なんだ?待てそれは──」
始めはキョトンとした顔をしていた望月さんだが、すぐに慌てた様子になって日記帳に飛びついた。
どうやら彼女の私物で間違いないらしい。
──彼女の反応を見るに、日記帳を事務室に届けない判断は正解だった。
「な、なんで私の日記帳を持ってんだ?」
日記帳を抱きかかえて隠しながら望月さんはキッと僕を睨む。
「昨日ロッカールームでぶつかった時に落としてたよ。覚えてない?」
「き、昨日……?確かにそんなこともあった気がする」
「そそ。ぶつかった拍子に多分ポロって落としてたよ。……てかめちゃくちゃ慌てた様子だったけど、何かあったの?」
自然と昨日の事を思い出していた流れで、昨日の望月さんの行動に疑問が浮かぶ。
「え、えっと……。昨日はその」
「ああいや話しにくかったら話さなくていいからね。別に無理に聞こうって言うわけではないからさ」
口ごもる望月さんに急いで断りを入れる。僕としたことが、少し無理やりだった。人の敷居にズケズケ上がるのは僕としては賢くない。
「そ、そうか」
「うん、そうだよ」
まずい、ちょっと気まずくなってきたな。日記帳関連にはこれ以上踏み込めないし、共通の話題もないからなあ。
とはいえ、それじゃあばいばいと言うには少し早すぎる気がする。何か無難な話題があればいいのだけど。そういえば望月さんについてよく知らないな。
「望月さんって何年何組?」
「……一年二組」
二組ってことは白鳳さんと同じクラスか。僕と國城が一組だから教室は隣り合わせだ。
てかめちゃくちゃ身近にいるじゃん。……あれ?それじゃあ全生徒の顔と名前を知っているという國城の話は嘘なんだろうか。
と、望月さんの様子がどこかおかしいことに気付いた。
「望月さん、どうしたの?」
「い、いや。クラスの話をするのは初めてだったというか。──わたし保健室、登校だし」
望月さんが微かにうつむくとモップのような長い髪がカーテンのように、彼女の体を覆い隠す。
仕草や表情から彼女の意図を読み取ることができないけれど、声のトーンが一段下がったのを聞くに脆く細い何かを感じ取れた。
その何かは多分──悔しさであろう。
「そっか、望月さんは保健室登校か」
「……見下すか?」
髪のカーテンの間に、望月さんの瞳が見える。その瞳は外界の目まぐるしい刺激におびえたような、そんな瞳だった。
「見下さないよ。保健室登校だろうが、そうじゃなかろうが望月さんは望月さんだし」
「ふうん」
望月さんは自分の髪をねじねじいじる。その仕草が何を意味しているのか分からないけど、僕の言葉を信じてくれれば嬉しい。
「で、お前はいつ帰るんだ?」
「あれ?もしかして邪魔になってた?」
望月さんの治療を受けて、それじゃあばいばいは流石に薄情すぎると思ったのだが、そうでもないらしい。まあ望月さんは一人が好きそうなタイプだし長居するべきではないとは感じていた。
「邪魔というか落ち着かない。お、お前はお前だし」
両手の指をツンツン合わせながら望月さんは言う。僕は僕だからなあ仕方ない。今の状況を客観視すれば、保健室で男女が二人談笑しているという構図だ。
「異性と二人きりっていうのは周りの目が気になるしね」
「……お前のことを男とは認識してない」
自然に僕の事を刺しにきたな。確かにぱっと見は女と誤解されるかもしれないけどさ。喉ぼとけあるぞ、喉ぼとけ。喉元見られたら男ってバレちゃうぞ?
「それじゃあそろそろ行くよ。ケガの手当ありがとね」
「お、おう」
座っていたソファから立ち上がって、地面にスリッパを擦らせる。
……まあ、日記帳を渡すっていう目的は果たせたし、怪我の功名と言ったところだ。それに時間的にも今から部室に行けば、國城はまだそこにいるだろう。
そんな事を考えながらドアの窪みに手を掛けようとしたその時、ドアが勢いよく開かれた。
僕が内から開くよりも先に、外から誰かがドアを開けた。
「朝霧君大丈夫ですか!ああ、折角のお顔に傷が……」
その人物はシルクのように白い髪を長くたなびかせながら、僕に駆け寄りケガを労わる。
「白鳳さん?どうしてここに?」
「朝霧君のピンチに駆け付けなくて何が協力者でしょうか?」
当然とばかりに僕の疑問に答える白鳳さんには、心底怖くなってきている。
なんか偶に僕の背後にドローンでも追わせて観測しているんじゃないかってぐらいに、僕の情報が筒抜けなことがあるんだが。
nakiriファンの恐ろしい察知能力のようなものだと思っておこう。
「みっ……」
望月さんが断末魔のような短い悲鳴を上げた。おそらく、同じクラスの生徒が現れたことに動揺しているのだろう。
「み……なんですか?」
白鳳さんは平然と望月さんに近寄って問い詰め──。
ってマジで白鳳さんの行動力やばいな。「夜月」とのエンカがなされようとした時もそうだが、この子には危機感や躊躇いってものがないのか?
望月さんが後退れば白鳳さんは一歩前進。ソファを間に置こうと距離を取れば、それもお構いなしにズイっと距離を詰められる。
実に完璧な間合い管理だな……なんてことを思っていたら望月さんの鋭い目つきが飛んでくる。
これは「助けろ」というメッセージだな。
望月さんの必死のメッセージはしかと受け止めたが、しかし僕がそれに従うかは別だ。
……この状況ちょっと面白いし、もう少し放置してみよう。
あ、男として認識してない発言に対する報復ってわけではないよ全く。断じて嘘じゃない。




