12.保健室での再会
人探しと言っても所詮、学校程度の箱内でだ。簡単に見つかる……そう思ってた頃があったとはとんでもない。
グラウンドの方からは運動部の威勢のいい声が飛び込んできて妙な風流を感じる。多分それは、焦燥と疲弊から来るものだけど。
休み時間を縫って大体のクラスは見渡したというのに、日記帳の落とし主は見つからなかった。
そして気付けばもう放課後。未だに僕はこの日記帳に囚われている。
「お、最近サボりがちの瞬じゃないか。どうしたんだい?浮かない顔して」
「サボってるのはホントにごめん。ちゃんと自主練はしてるから許してくれ……」
一応顔を出しておこうと、手品部の部室である東校舎二階の教具準備室に足を運べば、國城が出迎えた。
机には三角コーンが三つほどバランスよく重なっている。
多分國城がやったんだと思うけど、これはマジックと言うより大道芸の部類では……?
爽やかに頬を緩める國城に、僕は思い切って聞く。
「実は人探ししてるんだけど、なかなか見つからなくてさ。この日記帳を届けたいんだけど」
「事務室に届けるじゃダメなのかい?」
「ほら日記帳って人によるかもしれないけど黒歴史の煮凝りみたいなところあるじゃん。見られるかもしれない状況にさせるのは可哀そうかなって」
國城は驚いたかのように眉を上げた。
「まさか瞬、読まずに我慢してるのかい?俺にはできそうにないよ」
「そりゃまあ黒歴史には敏感であるべきと、僕は思うわけで」
僕は他人に黒歴史を見られる痛みがどれほどのものか重々承知しているつもりだ。孔子でいう己の欲せざる所は……である。
「そこで國城に頼みがあるんだけど、國城の頭を貸してくれない?前、大体全部の生徒の顔と名前を覚えたみたいなことを言ってた気がするから」
入学して間もない頃、國城は「とりあえず全生徒の顔と名前を知ってくるよ」と馬鹿めいたことを残して、校内中を歩き回っていた。
ホントに全生徒の顔と名前を一致させているかは微妙なところだけど、実際國城は校内の出来事を大体把握している、化け物じみた情報通の一面を持っている。
「分かった、俺の情報網で検索をかけてみるよ。瞬、その日記帳の持ち主の特徴を、覚えている範囲で言ってみて」
「えっと、モップみたいに散らかった黒髪で身長は……どう表現したらいいかな、白鳳さんよりやや高めぐらい?一番の特徴は目元にほくろがあったことかな」
「モップのような髪、美白ちゃんよりやや高めの背丈。涙ぼくろが特徴的……」
國城はぶつぶつ呟きながら、腕を組んで考え込む。
期待できそうだ──とぬか喜びしたのも束の間、國城はお手上げだという風に力を抜いた。
「残念ながら俺の情報網だと当てはまる人物はいないよ。一応全生徒覚えているつもりだけど、その誰にも該当しなかったね。……モップのような髪型の子がそもそもいないんだ」
「そっか……。でも、ありがとう」
平然と全生徒の名前を憶えていると口にしたけど、國城は新聞部か生徒会に向いているんじゃないか?
交渉術に対話術、そして圧倒的情報量に長ける國城はひたすら能力値の高い有能な人間でしかない。
まあその有能な國城が自ら部活を立て、それに僕が誘われたのだから、國城は僕に期待と信頼を寄せているわけで僕はそれに応えなければならない。
早く部活に集中できるような状態に持ってこなくては……。
「結局どうするつもりなんだい?」
「とりあえずもうちょっと探してみて、それでも見つからなかったらその時はその時で考えるよ」
國城に手を振って、僕は部室を出た。階段を降り昇降口から外に出ると、眩しい日差しが僕を出迎える。
暑い……。
五月の下旬、この頃の季節は夏の前ぶれのように気温が高い。それに梅雨が近づいて湿度が高いのも会って蒸し暑いのが気持ち悪い。
夏か冬どっちが好きかを問われれば、無言で冬に手を挙げるのが僕だ。冬が好きなんじゃなくて、夏がひたすら嫌いだからそうなるだけなんだけど。
「あ、危ない!!」
突然グラウンドの方から大きな声が飛び込んできた。
何事だ、と注意が向く暇もなく僕の頬を鈍い感触が撃ち抜く。
「──ッ」
衝撃と痛覚がほとんど同時に訪れ、視界がチカチカと明滅した。
──ああ、これだから夏は嫌いなんだ。足元をコロコロと転がる軟式球の横に僕は倒れた。
☆
「ほんとに大丈夫?うわあ結構腫れちゃってるね。うちの馬鹿どもには後でちゃんと謝らせるから」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それじゃあここまでで、ありがとう」
ヒリヒリと痛む頬を刺激しないようにしながら、僕は野球部のマネージャーに連れられて保健室の前に来ていた。
鏡がないから分からないけど、マネージャーの顔が青ざめているのを見る辺り、結構酷く腫れているに違いない。
もしも絵に書いたような虫歯で頬を腫らしている姿だったら笑えるなあ。
自分で自分に苦笑しながら、靴を小ぶりの下駄箱に入れ、スリッパに履き替える。
「失礼します」
高校で保健室に来るのは初めてだから、どうすればいいのか分からないけど、とりあえずノックをして入室した。
鼻をツンと刺すようなアルコールの匂い。そして次に飛び込んできたのは驚きの視覚情報だった。
「お、お前……は!」
「あ、えっと。昨日振りだねでいいのかな」
保健室に設けられたソファーに腰掛ける少女。その子はモップのような髪を放置していて、目尻に涙ぼくろがある。昨日もそうだったけど、前髪が長いせいで、彼女の表情は上手く掴めない。
「保健室の先生は?」
「きょ、今日は出張……。一日中いない」
「そっか」
途端に気まずい沈黙が流れる。僕は彼女を探していた身であって、だけど今は怪我人で保健室に来た立場で……えっとどうすればいいんだっけ。
「ほっぺ……。怪我してるのか?」
「あ、ああうん。さっき野球のボールが直撃してさ」
モップの少女はゆっくりと僕に近づいて頬を確かめる。アルコールで敏感になっていた鼻を甘い香りがふわりと包む。
「け、結構痛そうだな。消毒ぐらいは私がやってやる」
綿と消毒液を棚から取り出し、少女は表情を前髪で隠しながらそう言った。
なんて数奇な再会なんだろうと、この時は単純に思ってしまった。




