11.エンヴィー
nakiriアンチとして「夜月」に接近する。その一歩は怪しまれることない確固たるアンチの姿形をすることにある。
「……やっぱり私、無理かもしれません」
「草案者が突然やめたいなんて厳しくない?もう投稿するからね」
フルフルと首を振られても、タップ一つをしあぐねることはない。
白鳳さんの待ったに構わず僕は迷わず「投稿する」を押した。
舌切かぼちゃ「コイツ男のクセに女の格好して何がいいんだか。ネカマを男の娘で美化すんなw」
nakiriの自撮り投稿を引用しリポスト。どこからどう見てもアンチなる者の発言だ。
「ああ……ッ」
舌切かぼちゃのアンチ投稿を目の当たりにして白鳳さんは膝から崩れ落ちた。
「なき様、私の裏切りを許してください……」
「そんなに気に病まなくてもいいんじゃないかなあ。nakiriだった僕から言わせてもらうと裏切りでもなんでもないと思うし」
「でも……うぐぅ。朝霧君はなき様だけどなき様じゃなくて……、私は元なき様のためになき様の悪口を言ってるわけで」
もごもごと口ごもらせて、白鳳さんは最終的に言葉を飲み込んだ。
僕はnakiriとはもう無縁と線引きした立場だ。けれど、今白鳳さんと「夜月」をどうこうしようという話になっているのは僕がnakiriであった過去が尾を引いている。
白鳳さんにとっては「なき様であってなき様でない」という複雑な心情にあるのだろう。
「発端の僕が言うのもなんだけど。今はほら、「夜月」のせいで咀嚼する時間がないからさ。その件が片付いたら、きっと収拾がつくと思うよ」
その頃になると僕と白鳳さんが今のように特別に顔を合わせる機会が減るかもしれない。
元推しとそのファン。「夜月」に頭を悩ませる僕と、手を差し伸べてくれる白鳳さん。この二つの関係が無くなった後でも僕は彼女と仲良くしているのだろうか。
変な寂しさが鼻先をツンと刺激した。
「それもそうですね!じゃあしばらく数日はアンチ活動を……頑張りますでいいですよね?やっぱりよくない気が……」
「精神的にヤバくなったら、無限に僕に頼っていいからね。何度も言うけど、元は僕の件だからさ」
「じゃあ精神を安定させるために朝霧君にはちょっぴりお化粧と可愛いお洋服を着てもらって……」
「それは無理。白鳳さんの心が洗われている間に僕が昇天する」
ポメラニアンのような期待の眼差しを向けられても無理なものは無理だ。
僕がまた女装する機会なんて、多分この先ずっと訪れることはない──よな?
☆
「それじゃあまた、動きがあったときは連絡します」
「了解。「夜月」との接触は、また頃合いを見て実行しよう」
図書室を出たすぐのところで、僕と白鳳さんは別れた。白鳳さんは裏門からで、僕は正門から下校する。出口が間反対だから、自然とここで解散になった。
……本来は彼女に連れ添って裏門まで着いていくのが正解だろうけど、他の人の視線が気になるし、それに僕はまだ用事があった。
用事と言ってもワークをロッカーに置いてきてしまったため、それを取りに行くだけだ。そのついでに部室に寄るつもりだけど、國城はもう帰っちゃってるよなあ。
時計の数字が6と7の間を指す頃の時間。放課後が始まってから随分経ったこの位の時間だと、もうどこの部活動も解散ムードで、静かさが寂しくなってくる。
教室から少し離れたところに設けられた、生徒用のロッカールームは、いつもは多くの人でごった返しているのに、全く人影がなかった。
「……っと行き過ぎた」
列を一つ戻って、そこから二三歩歩くと、自分の学籍番号が書かれたロッカーの前に立つ。
ダイヤル式の鍵をアンロックし、窪みに手を掛けたところで、背中に何かがぶつかってきたにしては、やたら歯ごたえのない衝撃がした。
「ご、っ……ごめんなさ……い」
ボサボサの黒い髪がモップのように地面に広がっている。濃淡が深い黒髪の少女。肩には白色のヘッドホンを装備していて、髪色と対を成していた。目尻のほくろは涙ぼくろと言ったっけ?
ほくろと言えば二次元で名だたるダウナー系お姉さんで見てきたけど、この子にはお姉さんのもつ魔性の余裕なんてものはいように見える。
「大丈夫?怪我はしてない?」
「……おっお前は、みし……いやなんでもない。自分で立てる。大丈夫」
差し出した僕の手を跳ねのけて少女は大慌てで立ち去った。モップのような黒髪はロッカーの間をぐちゃぐちゃに走りながら、僕の視線から消えてしまった。
……余程急ぎの用事があったのだろう。僕はあまり気にせずに、ロッカーに視線を戻そうとした。
が、地面に日記帳のようなものが落ちていることに気付いた。
表紙には「diary」とまあどの角度からどう見ようとも日記帳だ。多分さっきのモップが落としていったのだろう。
「落とし物で事務室に届けるのは、少しまずいか?」
何となく独り言ちてみるのは、もしかしたら持ち主がこれを聞いている可能性に賭けているわけだが、もうどっか行っちゃったよな。
日記帳──他人に見られれば見た奴に数百の黒歴史を握られる、禁忌のアイテム。
落とし物として届ければ、そりゃ持ち主を探すために中身は閲覧され、あんなことやこんなことを書いてしまっていたら、もう恥ずかしくて生きていけなくなる。
僕は理解ある人間で鷹だ。女々しい女顔の男ではあるが、それだけではないそれだけではない。
密かに本人に返そう。
やばい、これめちゃくちゃ中身気になる。なんだこの他人の日記の魔性。




