10.策略
「あ、待ってました。どうぞこちらに来てください」
純白の髪がアンティークな本棚を背にゆったりと揺れる。
白鳳さんの手招きで彼女の向かい側に腰掛けた。図書委員の仕事でよく来ることと、元々図書室が好きだということも相まって、随分気分が落ち着く。
ゆったりと見渡し、他の生徒がいないことを確認して口を開いた。
「呼び出しってことは「夜月」の件で何か動きがあった感じ?」
僕の問いかけに白鳳さんは悲し気に眉を下げた。
今日の白鳳さんからは悲壮感を感じる気がした。髪色も相まって儚い印象は非常に適正が高い。
「多分見てもらった方が早いんですけど。これを……」
白鳳さんが見せてきたのはもう毎度おなじみ『夜月』とのトーク画面である。
ららぽーとでのエンカがうやむやになってから『夜月』とは少し疎遠になったらしいが、どうやらまた連絡が着いたらしい。
夜月「nakiriとのデートは楽しかった?」
とても短い、端的な一文。それなのに純粋な悪意の色が見えて胸がざわつく。
「エンカする予定だったあの日、ドタキャンしたかに思われた「夜月」は、実際は来ていて僕らのことを尾行してたってことか」
添えられた僕と白鳳さんの背中を映した写真をタップで拡大する。
大胆にも一切のブレがなく「夜月」が相当なやり手であることが伺える。
「そうみたいです」
白鳳さんは肩を落として落ち込む。
落ち込むのも当然だ。彼女は『夜月』が少しズレたところがあるだけの同志だと思っていただろう。だからこそ「夜月」の行動は裏切りのように感じられるだろう。
「元々香ばしくはあったけど、ここまでだとは思わなかったよ」
そもそも僕を隠し撮り、あまつさえ白鳳さんに流すような人物だ。最初から「夜月」が危険人物であることは火を見るより明らかだった。
「私、余計なことをしてしまったのでしょうか」
「そんなことないよ。安易にエンカしようとしたのは間違いだったかもしれないけど、僕もそれで解決できると思って疑わなかったし」
考えが足りなかった、というのは僕も白鳳さんも同じだ。
頭の片隅で一悶着はするかもしれないけど、でも平和的解決に落とし込めるだろうと期待していたのが間違いだった。
どうやら認識を改める必要があるらしい。
「夜月」は一筋縄ではいかない神出鬼没のステルスギミックを持つ敵だ。
僕たちはそいつを攻略するために致命傷を避けつつ、行動パターンを読み、少しずつ距離を縮めていく。
……一切尻尾を見せない相手だぞ、普通に無理ゲーじゃないか。
「……一体どうすればいいんだ?」
「完全に手詰まりって感じですよね」
姿の見えない悪意に二人して唸る。
せめて何か「夜月」の解像度を上げられるような要素を見つけられればいいのに。
ひたすら思案に耽る僕の頭を固い衝撃が撃ち抜いた。
「痛ッ……」
「図書室で気難しい顔するの禁止なんだけど。図書委員としての自覚が足りないんじゃない?お兄さん」
鈍痛が響く頭を押さえながら、僕の視線は低身長で口がお悪い少女を捉えた。
自販機に手が届かなかったこと、三倉澄美──ロリ先輩である。
「図書委員の何たるを語っておきながら、本を鈍器として扱うのは矛盾してるんじゃないか?」
「本のあらゆる可能性を試すのが図書委員。考える力が足りないんじゃない?」
ロリ先輩はやれやれと肩を竦める。
雰囲気的に僕が負けた雰囲気を出してきて、普通にムカつく。
「……朝霧君の知り合いですか?」
睨み合う僕らの間を割って、白鳳さんがおずおずと聞いてきた。
張り詰めた空気が、白い風に払われる。
「図書委員で一緒なんだよ。こんな身長だけど、二年生だから先輩。一応敬わないといけないらしいね」
「おい。らしいねってナニ?先輩なんだけど、敬って欲しいんだけど」
小さい図体でズイズイ詰め寄られる。
……レッサーパンダの威嚇みたいだなあ。
「それで。お兄さんたちは何をそんなに悩んでるの?どうせ、お兄さんが白色後輩ちゃんにろくでもないことをしでかしたんじゃない?」
「白色後輩ちゃん……?ああ私のことですか」
「そ、サイテーで女々しいお兄さんに関する悩みなら何でも聞いてあげるけど」
「本当ですか?それならいくつかあって……」
「当の本人がいる前でそんな話するもんじゃないと僕は思うな」
僕への嫌味を話すならせめて僕の耳に入らないところでしてほしいものだ。いや陰口もなるべく言ってほしくはないけど。
話が逸れてしまった白鳳さんに変わって、代わりに僕がロリ先輩に聞く。
「もしもの話なんだけど。姿の見えない透明人間みたいな敵がいて、そんなやつと対峙することになったら、君はどうする?」
「透明人間?そんなのどうしようもなくない?」
「絶対に何とかしないといけない状況にあると思って考えて欲しいかな」
数秒間沈黙した後、ロリ先輩は真剣にそれはもう真剣に意見を出した。
「私も透明人間になる。同じ土俵に立てばどうにかなるでしょ」
「……真面目に考えた?」
「何?私はいつでも真面目なんだけど。……要は不可視を乗り越える方法を聞いてるんでしょ?なら同じ次元に立てばいいだけの話」
……それがまかり通るなら君は今頃、妹と同程度の身長でブイブイ言ってるんじゃないかな。
同じ土俵に立つまでの困難を色々蔑ろにしている気がする。
「同じ土俵、同じ次元、同じ立場……。あ!もしかしたらいけるかもしれません」
「今ので……?白鳳さんマジ?」
「私の意見だからね。何か閃くのも当然。お兄さんはバカだから白色後輩ちゃんの邪魔しないように」
そう言い残しロリ先輩は本の貸し出し手続きの仕事に捌けていった。
……僕をバカ呼ばわりした恨みはいつか返そう。
「今回の件で私達は「夜月」に関する認識が改まりましたよね」
何やらスマホを操作しながら白鳳さんが確認する。
「そうだね。純粋なファンじゃなくて厄介で悪質で一筋縄じゃいかない相手がだと分かったよ」
「そうです!ファンじゃないんです!こう言っては極端かも知れないですけど、アンチみたいなもんだと捉えるべきだと思います」
そう言って、一通りの操作が終わったらしい白鳳さんは、スマホをこちらに向け、策略の全貌を見せる。
SNSアカウント名「舌切かぼちゃ」。プロフィールには一言「男の娘が嫌い」
「私達はなき様のアンチとして「夜月」に接近するんです」




