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カプリコーンの森で、ふたり暮らし ――巻き角の少女ファティと甘党のカルペ――   作者: 紫野玲音
メニュー2 ランチはお魚、午後は『爽やかレモンデザート』
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9/10

魚のランチと爽やかレモンデザート④ つめたいデザートはお好き



 人里ほどではないが、ファティの住む森の夏は暑い。


 だが、その暑さのお陰で、いろいろな作物ができるのも事実。


 それだけではない――不思議も、この森にはあるのだけれど。



 人間と暮らしていた頃、ファティはまだ体温調節がうまくいかなかったのもあって、夏は辛かった。

 


 ファティはふかふかの巻き毛の中にある、硬い角の感触を確かめた。

 その目が少しだけ、ぼんやりとした。


 ほんの少しだけ。



 だが、次の瞬間、ファティは明るく顔を上げた。


 風が頬を撫で、

 木の葉の影が大きく揺れたのだ。



 ファティはそのまま氷室の手前の食糧庫へ、階段を下りて行った。


 扉を開けると、ひんやりした空気を感じた。


 夏場であるのに、大型の氷室のお陰で、この倉庫も十分涼しくなっていた。



「あ、また増えている……

 妖精さん、精霊さん、ありがとう」



 カルペがいるとミルクの減りが早い。


 大きな二つのミルクカンの蓋を開けると、両方ともいっぱいになっていた。

 やさしい白いミルクの、少しあまい香り。


 この独特な香りは、なにのミルクか分からないが、おそらく妖精の森から分けていただいたもの。

 ファティがこの森に帰って来た当初は、妖精の森のそばまで、ミルクを分けてもらいに行っていた。


 妖精の姿は未だに見たことがない。カルペが自分が妖精だというけれど。



 目に見えぬ隣人への贈り物は、それはこの森に生きるものの約束。

 父母たちや村の人たちがしたように、

 ファティもこの森に帰ってきた時、

 慣れない手で作った贈り物を携え、挨拶し、森の恵みをいただいたのだ。


 それを一年ほど繰り返し、いつの間にか倉庫のミルク缶が減らなくなった。

 ファティは小さいから、重い瓶を持っての往復は大変だったので、とても助かった。


「本当に、やさしい」


 精霊さんが、ここに補充してくれるようになったのだ。


 なぜ、分かるかって。

 それは、ときどき、精霊の気配がするから。

 薄暗い場所なら、余計に分かる。

 


「ふふふ……今日は、わたし、来るの遅かったのね。

 もう、いないわ」



 ミルク缶を傾けて、空の瓶に注ぐ。



「でも今日は……約束の日だから。ふふふ」


 機嫌よく小さく歌を口ずさみながら、ファティは母屋へ戻っていった。



 玄関前の井戸まで着くと、

 高台からは遠く、

 薄青い空が一筋紅色がかって見えた。


 その下の森は墨色を纏い始めていた。


 そろそろ夕暮れ。


 まだ、空が赤くなるまでは時間があるけれど――

 


「さあ、早く始めましょう」



 部屋に入って、台所に向かう。

 カルペはまだぐっすり寝ていて、クッキーの張り紙すら気づいていない。


「そうよね。今日はよほど遠くへ行ったんでしょう。

 疲れててあたりまえね。夕方もお出かけだから、

 しっかり、眠っておいてね」



 作業台に用意しておいた金属トレイと、木べら。


 レモン、お砂糖、

 たまご、蜂蜜だけでいい。


 レモンは果汁をしっかり絞る。


 かまどに火を入れて、


『ーフラムゥラ・イグニー』


 小さな指から、火が灯る。



 かまどの上にお鍋を置いて、

 ミルクとお砂糖、

 蜂蜜と、

 溶き卵を入れる。


 まだ、かまどは遅めの昼食作りの時の熱が残って温かいからすぐに沸く。



 でも、弱火じゃないと駄目だから、

 その火加減が難しい。


 くるくる、くる……


 やわらかいクリーム色、

 焦がさないように、ゆっくり混ぜる。


 隣の部屋で、ぐっすり寝ているカルペが、

 ふんふんと鼻をひくひくさせた。


 濾し器に、さっと通して、

 ボウルに注ぎ、

 レモン果汁を入れてかき回し……


 浅いバットに注ぐ。



 『ーフレジドゥス・パウロー』



 中のうすクリーム色の甘い香りの液体は、

 外側から、霜のような

 細かな氷の結晶を載せ、

 凍る。



「ふぅ、これも気をつけなくちゃ。

 だって、あんまり凍りすぎたら、大変なんだもの」



 縁から木べらを差し込み、そっとかき混ぜてみる。


 シャリ……


「うん、いい感じ」


 ファティは木べらでバットの中をよく混ぜる。

 しっかり混ぜたら、また、



『ーフレジドゥス・パウロー』



 氷の呪文。

 

『ーコンジェイロー』より、少しだけの時、

 冷やすだけの冷魔法。


 本当はもっと違いがあるのだけれど、

 ファティはそこまで魔法が上手にできないから、あまり意味がないのだ。


 でも、この魔法があるせいで、

 できる素敵なレシピがある。



 また、しっかり混ぜてゆく。

 徐々に手ごたえが強くなる。


 これを何度か繰り返し――



 夏の森の、

 レモンアイスの完成だ。



 少し大きめなブリキの蓋つき容器を取ってきて、冷魔法を唱える。

 今度はしっかり凍らせるように。



『ーコンジェイロー……

 パウリリウムー』



 この呪文は広い範囲に使うものだから、こんな時はとても困る。

 だから、様子を見て『ひかえめに』って、付け足した。


 その凍った容器にアイスを詰めて、毛布のような布でくるんだ。



 窓からの空が薔薇色に霞み、いよいよ夜を山間に呼び込んでいるようだった。


「ふふふ」


 陽か暮れきってしまう前に、

 出発しなくてはと、ファティは思っていた。





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