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カプリコーンの森で、ふたり暮らし ――巻き角の少女ファティと甘党のカルペ――   作者: 紫野玲音
メニュー2 ランチはお魚、午後は『爽やかレモンデザート』
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魚のランチと爽やかレモンデザート⑤ 昇霊の夜、星空ピクニック


 急いで背負える丈夫な鞄と、きれいなナフキンを用意する。


 それから、慌てて氷室にエルダーフラワーの炭酸水を取りにゆく。


 それは、もちろんファティが春に収穫して、丁寧に作った天然の炭酸水。

 

 瓶は二瓶。

 ひとつは大きめのもの。


 キッチンに戻って、仕上げに、そのエルダーフラワーの炭酸水にお昼前に作ったニワトコの実のシロップをそっと垂らす。

 あまいようなすっきりした香りが立つ。


「ふふふ……だって、

 甘い方が好きだものね」



 ブリキのお弁当箱に、レモンクッキーをきれいに詰める。

 そして、赤いチェックのナフキンで包んで――

 瓶は、きゅっとふたを閉めて、割れないように綿入りの布でくるんだ。


 同じ柄のナフキンに大小一本ずつスプーンを包んだ。

 それに数枚お皿も、割れないように。

 それらを、マチが革製で、いい飴色になっている鞄に入れた。



 ファティはさっと薄手の上着を羽織る。

 上着は刺繍の入ったりぼんで縁取った明るい草色のお気に入り。


 それから、髪の毛を手櫛で何度か整えた。

 ファティの髪の毛は、放っておくともこもこになってしまうので、毎日朝晩手入れをするのだ。

 

 こつんと……少しざらっとした固い角に手が触れた。


 ファティは角の周りの毛を逆立てて、その上を自然と覆うようにふんわりさせた。



 鞄の中に用意したお弁当箱と瓶を詰める。

 そうして、ひょいっと背負った。


「カルペ……起きてる」 


 ファティが隣の部屋をのぞき込むと、

当のカルペは眠そうな目で、外行の服を着た同居人を見つめた。

 


『そんな時間か』

「うん。そうだよ」

『オレも行かなきゃいけないか』

「あたりまえよ。前から言っていたじゃない」

『あー』


「……ミルク」

『そうだそうだ』


「そうだ、カルペ、おやつを食べられるわよ」

『よし、行こう』



 二人は家の木の扉を開けた。


 外光は金色を帯びて山際を墨色に沈めていた。

 まだ、天上は紫めいて青いが、地平の縁に青白い一番星をのぞかせていた。



「さあ、行くよ」

 ファティはぽんと足を蹴った。



 二人はいつもとは別の方向、もっと元集落から外れた方角から山へ向かう。

 そう、ニワトコの木の裏側からだ。



 昼間のようにファティは傾斜をひょいひょいと昇り、

その横にはカルペがつやつやした赤い毛をなびかせてついてくる。


 峰は高いが、二人にはどうってことはない。


 それにここは崖だらけというわけではない。

 草を蹴って、岩を踏み台に、ぽんと跳ぶ。


 木々を通り抜け、

 そこには草の広い平原が広がっていた。

 

 だが、そこは正確にはただの原っぱではない。



 高台の草畳—―


 そして、

 空が一番近い場所。



 ≪星見の丘≫だ。



 ここは妖精の森の端。



 緑の草の葉先はみな同じ方へそよいでいる。

 風は涼しく、空は金と朱に染まった。



「よかったわ。間に合った」


『あんなに急がなくても大丈夫だったぞ』



 二人は高台の縁のそばまで行く。


 空はさらに、ぐっと近くなった。


 そこにはおあつらえ向きに、テーブルに良さそうな大きな石があった。

 だが、二人には少しだけ背が高い。

 

 でも、それでいいのだ。



 ファティがピクニックの用意していると、

 カルペはのんきに横にごろんと寝ころんだ。


 気持ちよさそうに、やわらかい草の上で。



 ふふふ……と、ファティは笑って、ブリキの容器とお弁当袋を取り出した。

 ブリキの容器をぱかんと開けた。



(あ、よかった。ちょうどいい)



「ほら、カルペ、来てよかったでしょ」


 そう言いながら、容器の中を傾けてカルペに見せた。

 そこには――


 こまかな霜で包まれるように、きらきらと輝くやさしい色の

 レモンアイスが、いっぱいに入っていた。



『おおー』


 赤い縞柄尻尾がぶわっと太くなった。


『はやくはやく』


 カルペはうずうずしながらファティににじり寄る。



 小さめな器と、中くらいの平皿、

 それから、花柄の入った大きな器。


 大きなスプーンですくって、小さい器と中くらいの平皿に

 ぽん――

 すくって、ぽん……



『もっと、たくさん』


「あまり多く食べると、お腹こわす」


『オレは平気』



 二人で並んで、暗くなった空の下、

 黄みがかったミルクの色のアイスクリームを口に入れた。



『ううー、んまぁい』


「わ、おいし……」


 それにつめたい――


 口の中にレモンの酸味とミルクのやさしい甘さ。

 そして、妖精の森の蜂さんたちが集めてくれたこっくりと華やかで甘い蜜。


 ふたりはしばし、のんびりとアイスを味わいながら、

高台の涼やかな草の香りのする風に吹かれた。



「そうだ、味見どころかいっぱい食べそうになっちゃった。

 用意しなきゃね」



 大きな器にアイスをよそい盛り付けた。

 器の外側に散ったエルダーフラワーの模様がよく映えた。


 ファティは石の台の上を手で払って、鞄からもう一つ大きい方のお弁当箱の包みを取り出した。



 昼に作ったレモンクッキーは、


 小さな頃に、お母さんと作ったレシピ。

 あの頃もこうして、この丘に――みんなで持って行ったっけ。


 みんなそれぞれ、得意なお菓子、

 お母さんは、このレモンクッキーだった。



「ふふふ」



 そして、赤いナフキンと黄色いレモンのクッキーが映えるよう、きれいに広げた。

 夕時の風に、バターの香りがふわりと流れた。



「まだ、もう少し時間があるわね。

 じゃあ、先にいただこうか」


『やったぜ』



 ファティは草の上に赤いチェックのナフキンを敷くともう一つのお弁当箱を開けた。



『わぁ』



 中には黄色いお月様みたいなクッキーが、コロンコロンと入っている。

 蓋を裏返して、そのクッキーの半分をその中に入れ、待っているカルペの前に置いた。



「さあ、どうぞ」


『へへ』


 カルペは笑いながらブリキの蓋に顔を突っ込んだ。



 ファティも一口。

 

 ぱくり……

 口の中でさくりと軽やかに響き、濃いバターと爽やかなレモンの香りが広がった。



「おいしい……」


 さくさくという歯ごたえと、クッキー生地が口の中でほろほろと砕ける。

 そのちょうど良い甘さは、お母さんの味に近づいた気がした。


 ファティは満足げに微笑んだ。


 そして小さい方の瓶も開ける。

 エルダーフラワーはニワトコの花。


 その花とシロップで作った天然の炭酸飲料は、喉をシュワシュワと祝福するように通っていった。


「ああ……さっぱりして、おいしいー」


 さわやかな、淡いお花と草と、少し青いブドウのような甘い香り。

 

『オレにも』


 実はカルペは、エルダーフラワージュースが好きだった。

 ふしぎなことだが、こういう甘くてお花の香りのするものが大好きなのだ。



 すると急に、空は暗くなり、

 小さな星が散らばるようにチカチカと点りはじめた。


「さぁ、用意しましょう」


 ファティは食べる手を止めて、大きな瓶を取り出した。

 そっと結露を拭いて、



『ーフレジドゥスー』



 まだ十分冷たいが、少しだけ冷やす。


 そして、瓶の蓋を開ける。



 プシュッ……


 両膝をついて、

 石台の広げた赤いチェックのナフキンの上に、そうっと置いた。



『ふぅぅ』カルペが急にため息をついた。


「しぃぃ」

 ファティが指を口元に当てて、


 カルペを注意した。



(今は静かにしないといけないの。

 ……だって、恥ずかしがりだから)


 

 少し身を引いて座り、じっと二人して瓶を見つめる。



 そこに――

 ひとつ、小さな光がひらりと寄って来た。



『ほら、ホタルみたいだろ』

「しぃぃ……」



 そして、もう一つ、また、二つ……。


 糠星のように。

 紺滅色の宙に浮かび上がる。


 次々に光の粒が、

 瓶のふちに寄って来た。


 その光は瓶だけでなく、レモンアイスの盛られた皿や、

 いつしかファティのクッキーの入ったお弁当箱にも集まっていた。



 群る群る――ひかり


 昇霊の夜



 瓶の厚い曇り硝子の中に、小さな光が群がって、

 重なり合うと、中心に琥珀のような色をはらみ、いっそう光を強くした。



 レモンアイスは好みだったのか、

ひときわ多く集まって、眩しいほどに輝いていた。


 ブリキの鈍い銀の色に、明るい黄色い色が映り、

 湯だつように光輪が燃えるように見える。


 中に入ったクッキーは、微かな微かな音を立て、千々になって、

いつしか銀の底が見えるようになるまで光り続けた。



 光の粒は、踊るように浮かび上がって、次々に並ぶように空へ舞い上がる。

 

 それはまるで清流を抱く小川のようで。



 群青の空へ飛んで行く。


 舞いのぼったその光たちは、

 深く昏い空に――光を移し、染め上げてゆく。


 けぶるような銀河の天の、一粒の星々になって、


 白い川の流れのように、

 はたまた、闇を彩る金平糖のように、


 夜天を満たすのだ。



 二人は並んで、じっと見ていた。


 この世の物とは思えぬ、ふしぎな光景を――



 最後の一つの光が、天に上がった。


 ファティは厳かに両手を揃えた。


「いつも助けてくれて、心より感謝します。

 親切な隣人、精霊さんたち……


 そして、わたしたちを受け入れて、

 育んでくれる妖精の森よ」



 天は、その時、いっそう煌めいた。


 それから、闇ばかりだったそこは満天の夜空に代わり、二人を包んだ。


 ファティはにっこりと微笑んだ。



 月影が山の端から、姿を現した。


 星だけの刻限は、これで終わり。

 ほんの一刻、この時期だけ。



 ファティたちも、そろそろ帰りの時刻だ。

 

 昔は大きな毛布を一枚持ってきて、家族で固まって夜を過ごしたこともあった。

 

 でも、今日は、優しい思い出を胸に、

 ふたりの家へ帰りましょう。


 輝く星々と

 夜道を照らす明るい月が



 ふたりを見守っているから――







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