魚のランチと爽やかレモンデザート② 新じゃがと鮭のオーブン焼きランチ
弾むように縞柄の大きな尻尾を揺らし小道を駆けあがり、
カルペがあっという間にファティの前に追いついた。
背中の魚籠からびしゃびしゃと水が漏れ、そこここに散っている。
カルペの背中はびっしょりだ。
「あああ、カルぺ。
それじゃ、部屋に入れないわよ。
そこの小川で、身体をきれいにしてこなくちゃね」
『ええー、せっかく大物獲ってきたオレに
なんてセリフを言うんだぁ』
そう言いつつ、カルペは背中の魚籠を外してくれというように、少し背を伸ばし背中を向けている。
ファティは指でそっと、その籠を取り上げた。
川の水は清らかで今の時期でも少しばかり冷たいが、カルペならば大丈夫だろう。
とはいえ、カルぺの被毛は見た目よりも多い。
乾かすのは手伝わないといけないだろうか。
籠の蓋を開け覗き込むと、
そこには先ほどから尾ひれがのぞいていた二人にとっては大きめな魚と、銀のほっそりした魚がたくさん入っていた。
「それにしても……大きいのは鮭類ね。
それと……まあ、これは」
この辺りの川では見かけない、銀色の細い魚だった。
「海の魚じゃないの。どうしたの」
『ああ、ちょっと散歩。
遠出をしたくてさ。
そうしたら、しょっぱい水辺をがあったんだ。
でもさ、ちっともでかいのが見つからなくて。
帰り道、こいつを釣ってきたのさ』
「……本当にどこまでいったのやら。
きっと、塩湖っていうのだわね。
わたしもこの辺りに、
そんなものがあるって初めて知ったわ」
『ふうん、もし、そいつ欲しいんなら、
また、獲ってきてやんぜ』
「……そうね、ありがとう。ふふ、保存食にしましょうかね」
『へえ、食べ方知ってんのか。って、ええっ、保存食ぅ』
「その代わり、こっちの鮭を今採ったばかりの新じゃがと一緒に食べましょう」
『わぁい、やった』
そう言うと、カルぺは跳び上がるようにして、元来た坂を素早く下って行った。
ファティはいそいそと台所へと向かう。
「さてと、お昼を早く作りましょ。
わたしもお腹空いちゃうわ」
せっかくお魚があるのだから、新じゃがと一緒に食べよう。
それにちょうど二次発酵済みのパン種もあった。
さっさとパンを焼いてしまおう。
「ふふふ」
新じゃがは柔らかい。
一度火を通さなくてもよいだろう。
ころころもいいけれど……
今日はスライスしてお花みたいに巻いてグラタン皿の中に置くこう。
鮭は二人には少し大きいけれど、余る分は氷室に入れておけばいい。
「うんしょ、うんしょ。
カルペ、よくこんなに重いの背負って来たな」
しかも軽々と。
切り身をさらに小さく切って、ジャガイモの花の間に入れ込んでゆく。
小さなバターを高い位置に等分に置いて、
チーズをぱらぱらっと撒いたら、
ちょうどよく、焼き上がったパンができた。
グラタン皿を、温めたオーブンにそのまま入れる。
「さて、こっちの青魚ね」
小さい海の魚、イワシだろうか。
手早くオイルで煮て――
「オイルも少し減ってきたから、少量で作らないとね」
来週あたり、黄色葵の花も枯れ始めるだろうか。
種を集めて一年分の油をつくる。
そろそろ、小麦の群生にも収穫に行かなくてはいけないと、忙しい。
たった一人の住人では、すべてをこなすのは、なかなかに困難なことだった。
そんな一人で生きているファティには、こうして肉魚類をたくさん獲ってきてくれるカルペと……
この森の神秘の小さき協力者なしでは暮らしてゆけないのだ。
ドライハーブとともにガラス瓶へ詰め、粗熱を取った。
すると、
オーブンから香ばしい香りがしてきた。
「さあ、いいにおいがしてきたわ。
もうできあがりよ」
『おいしそうだなぁ。きれいにしてきたぜ』
「ああ、カルぺ、こっちにタオルがあるわよ。
びしょびしょのままはダメよ」
『ふん、こんなのすぐ乾く』
「なに言ってるの。カルペが良くても、
家具が濡れたら困るわ」
『へい、へーい』
それでも、おとなしくカルぺは入り口付近で待っている。
タオルを広げて頭から被せ、ぐあしぐあしと拭いていく。
少々乱暴だが、カルぺは気にも留めない。
「ああ、このまま歩いたらあっちこち濡れちゃうな」
『そこまで気にすんなよぅ』
「そうだ」
カルペの首にタオルを巻いたまま、脇に両手を入れてぐいっと抱き上げた。
とは言っても、カルぺは見た目と違うのだ。
びよーんとどこまでも伸びて、
ファティの肩辺りまで長くなった。
後ろ足は辛うじて浮いているが、濡れても太い尻尾は床を擦りそうだ。
「おもぉい……」
『無理すんなよ……』
よいしょ、よいしょと、幾分ぶらぶらさせながら、食事室へ連れて行く。
そこのカルペの長椅子には、濡れてもいいように分厚いタオルが敷いてあった。
「すっかり乾くまで、我慢できないでしょう」
『へへ、よくわかってるじゃん』
王様か王子様のようにくつろいで、カルぺはふかふかのタオルの上に横になる。
そして、台所に向かうと、
ファティはできあがったオーブン焼きと大麦のパンを持ってきた。
ついでにミルクも添えて。
『やったぁ、うまそうだなぁ』
オーブン焼きはいつもよりチーズは控えめだから、中のじゃがいものお花がよく見えた。
間に鮮やかなオレンジ色のお魚と、こっくりバターの香り。
「さあ、いただきましょう」
カルペ専用の大きめな皿におかずとパンを載せていく。
それともう一つの皿にはミルクを。
カルペの目が輝いた。
「本当にミルクが好きね」
『ミルクだけじゃないぜ』
「ふふふ」
ファティもお腹がぺこぺこだ。
取り皿に大きなカトラリーで、自分が食べる分だけ取り分ける。
じゅわっとバターの油が滲む。
このバターと鮭から出たあぶらは、混ざってよい味になっているだろう。
「ふふ、パンにつけたら、おいしそう……」
慎重にお花型の一房が崩れないようにじゃがいもを取った。
さらに、
カッカッっと軽くヘリをそぎ落としてカリカリのチーズのおこげをその上に載せた。
ぱくっ
「んー、おいしい」
『どうだ、うまいだろ』
「……作ったのは、わたしよ」
『へへへ』
端の方はカリッとして、中はちょうど良い固さが残ったじゃがいも。
新じゃがいもは柔らかいからいい加減だった。
それに、カルペが自慢した通り、鮭の身は脂がのっていてふっくらし、味も濃かった。
「ミルクが口についてるわよ」
『へへん、こんくらい大丈夫さ』
「今日は、丘に行くのよ。きれいにしてて」
『ああ、もうそんな時期か』
「そうよ。あとでブラッシングしたいけど……
時間あるかな」
『そこまで、オレ格好悪くないぜ。
それに、あいつら気にするかぁー』
「……そのミルクだって……あと、いろいろ手伝ってくれてるんだから。
そんな態度とらないの」
『まぁなぁ』
「……とにかく、午後は体を汚さないようにね」
『むぅぅ……昼寝でもしとくよ』
満足したのか、大きなお皿は舐めたようにきれいに空っぽ。
実際に舐めているのだが……。
カルペは体をぐっと伸ばして、ふかふかのタオルの上で両手を投げ出し、ごろんと横になった。
『そうだ、これからなに作るんだ。
あいつらに、土産に、持っていくんだろう』
片目を開けて、カルペがまだ食べ終えていないファティに尋ねた。
そう、その季節だから――
「ふふふ……今日はレモンがいっぱい採れたのよ。
とっても良さそうなレモンなの」
『えー、すっぱいじゃん』
「ふふ……じゃあ、カルペは要らないかしら」
『要るようぅ。きっと甘くしてくれるだろう』
「ふふ、そうだね。おいしいよ」
『あ、もしかしたら……。
オレ、冷たいのも、そうでないのも両方ほしい』
「もちろんよ」
ファティは小さく笑って、残りのパンを口に頬張った。
「さあ、忙しくなるわね」




