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森のベリーのタルト② 山岨で見る景色


 硬い靴底が、岩を弾くたび、カンカンとよい音を鳴らす。


 帰り道、急峻を、跳ぶように降りていく。


 背中にはいっぱいに詰まったビルベリーの重みを感じぬほどに。


 一刻も留まっていられないほどに、険しい岩場を、


 踊るように――


 ほとんど落ちるように下る。



 そして、大きな岩のてっぺんに降り立った。


 そこからは、背の高い木々の向こうまでよく見えた。

 そう、この森のずっと遠い、向こうだ。


 ――人の里がある場所。



 なにも感情を映さぬ目が、しばらく、じっと雲の合間に広がる丘陵を見つめた。




『まいっちまうな。おまえ、

 ボディーガードのオレを置いて行っちまってどうすんだ』


 後ろから、レッサーパンダもどきのカルペが追いついた。



 ファティはふふんと、一人悦に入る。


 だって、下りはファティのほうが早いのだ。

 今だって、待ってあげていたのだから。



 二人で連なって先を行く。



 ふわふわの髪がそのまま浮かび上がるように、風を受ける。

 ちらちらと小さな角をのぞかせながら。


 背の高い木々の間の崖下の少し広い獣道。


 そこからさらに、滑り降りるように、走る。



(風が、涼しいな)



 土のにおいがたった。


 ファティは土の匂いも好きだ。



 だって、ファティだから。



 ファティの一族は、土と草が好き。




 若い緑の葉が重なり、木々の群生する森に、

 ぽかりと空いた明るい場所が見えた。


 その明るいみどりの中に、

 家が見えてきた。



 ファティたちの家。



 丸みを帯びた、

 少し妖精の家のようでもあり、隠者の研究所のようにも見える家。

 家の大きさの割に、太い煙突が目立ってる。


 ささくれた分厚い木のドア、

 そのすぐ近くに屋根のついた石の井戸も見えた。


 オレンジ色の石屋根の隙間から藁が飛び出ている。


 さあ、早くベリーを水で洗おう。



 もう岩だらけではない山道を二人はぐんぐん降りて行った。


 小さな澤を飛び越えて、丘を登る。



 拓けた場所のすぐ奥に、大きなナナカマドの木に少し埋もれるように、

 ファティの家がある。


 今ちょうど、そのナナカマドが小さな羽のような花をたくさん垂らし咲かせている。

 まるで、雪が被っているように。

 でも、それ以上に緑が蒼々として、冬の色をしていなかったが。


 きれいな花だが、枝を切って部屋に飾る気がしない。

 ……匂いが、癖があるから。ファティにでさえも。



 二階建てではあるのだが、二階は天井が低く、藁にまみれている。

 外れた場所に納屋が並んで建っている。

 周囲を高い木々に囲まれた、隠れ家のような場所だった。


「さあ、お水を汲もう。ああ、その前に……」


 背中の籠を下ろし、井戸の横に立てかけたタライを出す。

 作業台にタライと、もう一つ木の幹を半分にして、くりぬいて作った大きな器を横に用意する。

 つるべ桶を落とし、何度も汲み上げてタライに注ぐ。


 ビルベリーをその中にそっと入れ、やさしく洗う。


 少し疲れたのだろうか、崩れかけた塀の上でカルペが横になっていた。

 尻尾が収まりきらなくて、だらんと垂れている。


 水を切りながら、半分は木の幹の容器に、

 もう半分は納屋から小型のタライを何個か持ってきて、中に入れた。


 厚い石薬研を木の幹の中に入れて擦る。

 何度も、何度も、

 前に後ろに、往復させる。

 そんなに大きくなが、やはり重く、ファティの小さい体にはコツがいる。


 紅色の汁が溜まり、甘酸っぱい匂いが広がってくる。



 半ばまで擦ると、別の容器に搾りかすを除け、瓶に漏斗を用意し濾しながら注ぐ。



「ふふ……おいしそう」



 ピィッピピィ……


 小鳥がすぐそばにやって来た。


 野鳥は警戒心が強いはずなのに、この鳥はお構いなしだ。


 タライのまだ水に浮いているビルベリーをついばむ。

 浮いているのは、傷のあるものが多く、気にしもならない。



 互いに、心地よい距離で。




 指先が紅色に光った。


 ぺろり……

(ふふ、あまぁい……ふふ、たのしみ……)


 ジュースの入った瓶と採取籠を持って、納屋とその横の氷室に向かう。

 他が出来上がるまで、少しでも冷やしておくのだ。


 擦りかすもまとめる。



「ううん、どうしよう。今回はジャムにしようかな」


 片づけをしながら、洗ったベリーを入れたタライを積み上げる。


「ああ、もっと力持ちだったらいいのに」


『おまえは、体が小さいだろう。無理だ』


 背を向けていたカルぺが言った。


 むっとして顔を上げる。

 塀から垂れる尻尾が大きく揺れた。


「はぁ……」


(しかたないよね)


 一つタライを持った、自分の足元を見つめる。

 ファティの身長は人間の十歳の女児くらいの高さだ。

 体系も幼児のような丸みがある。


 黄色い吊りズボンに水をかけて清め、もう一度納屋へ行きズボンを脱いで干した。

 下には簡素なワンピースの裾が、しわしわと縺れるように広がった。


 ぱんぱん、

 はたいてしわを伸ばし、井戸場へ戻ろう。



「さあ、作ろう」


(カルペがうるさいし……早く甘いの作らないと)


 小さなタライを一つ持って、木の扉の閂を外す。

 ふらついたがなんとかできた。



 ギイィィ……


 家の中は、クリーム色の漆喰の壁からのぞく柱は赤っぽい茶色で、艶で光っている。


 入ってすぐ右にキッチン、

 三ツ口のかまど、

 ドライハーブが吊りさがり、

 大きな水樽、

 道具や食器棚が、迫るように置いてある。


 風が急に家に入り、ハーブの香りがふわりと香った。


 まるで、絵にかいた“小人の家”のようだ。


 後ろからのっそりと、カルぺが尻尾を上げて悠然と入ってきた。


(……もう……カルぺも、手伝えたらいいのに)


 きどって歩く、ソックス柄の前足を見つめそう思った。





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