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森のベリーのタルト① 甘いものが食べたい

 

 深い森の奥に、隠れるように、カプリコーンの森がある。

 そこに暮らすのはたった一人と、一匹。


 ふわふわした綿菓子のような巻き毛のファティと、

 タヌキのような、でもタヌキというと怒る――

 レッサーパンダのような姿のカルペ。


 広く静かな森を歩き回りながら、

 二人は仲がいいのか悪いのか、騒々しい声を木立に響かせている。


『甘いものが食べたい』


 足場はあまりいいとは言えないのに、

 二人は絶え間なく言い合いながら、軽々岩や羊歯(シダ)の葉を越え、奥へ奥へと進んでゆく。


『甘いものが食べたいんだ』


 大きな声が木霊する。


「何べんも言わなくったって、わかってる。

 ……だから、ここまで来ているんでしょ」


 そう、突然『甘いものが食べたい』と、起き抜けに騒ぎだしたのは、カルぺだった。


「……この時期じゃなかったら、家の前にもあったのに」と、ぶつぶつと丸い頬をいっそう膨らませて呟きながら歩いている。



 ぴょん――



 羊歯の下に葉裏の露に濡れるつるりとした岩が隠れていた。


 慌ててファティは、跳び上がって大きな岩へ着地した。



「おっと。カルぺがうるさいから、足を取られるところだったじゃない」



 羊歯の下はよく見えないが、地面かと思えば、小川の浅瀬の石も混ざっていて、只人には決してこんなに楽な移動はできないだろう。


 ファティの格好は黄色の防水吊りズボンと背中には大きな籠と斜めがけの鞄。


 丸い額を出し、苺色に模様の入った大きなバンダナを前の方で留めている。

 ぴょんぴょんと岩から岩へ、

 跳び移るたびに、その赤い先がうさぎの耳のようにはねた。


 少し大きめなレッサーパンダもどきのカルペも、そのずんぐりとした姿からは想像できないほど敏捷だ。


 急な傾斜もものともせず、上へ上へと昇ってゆく。


 上へ、上へ……



「ほうら、着いたわ」 



 高い木々の間に、

 木漏れ日が強く光る場所があった。


 風通しがよく、陽の光がきらきらと、こんもりした濃い緑の一帯を照らしている。


 羊歯のかわりに、紫がかった丸い粒を鈴なりに生らせている群生が広がる。



 ビルベリー。


 野生のブルーベリーの一種だ。

 ここのベリーは、水分が多めで、成長期に光をいっぱい浴びて甘みが濃い。

 ふっくらとしたその粒の表面は、淡く光っているようだった。


 ファティは斜めがけした鞄から、金物の器具を取り出した。


 “ベリー摘み器”。

 手のひら二つ分くらいの箱に櫛のようなかねの歯が付いた形の道具。

 箱型の鋤簾じょれんとでもいうのだろうか。

 それとからのざる籠と並べて用意しておく。

 

 それから、瓶水筒を、ざる籠の間から取り出した。

 指が結露で濡れる。


 朝、半分凍らせてきたから、ちょうど飲み頃になっていた。


 薄い緑の色がついた透明な水の中で、

 涼しげに、

 小さな葉が円を描くように回った。


 先に、一口、喉を潤す。


「ああ、さっぱり」


 さわやかなハーブの香りと清い水が喉を通ってゆく。


 ここまで一気に登ってきた。

 さすがのファティでも、喉が渇いていたようだ。



『なんだやそれ』


「ミント水だよ。あんたも飲む」


『いらないよ。……水なら、ここに来る途中でなんどか澤ので飲んだ』


「……ふうん。さっぱりするんだけどな」


『この辺の川の水のほうが、おいしいよ』


 じぃっと横目でカルペに視線をやったが、カルぺは知らぬ顔だ。



「さあて、やろうかな」


『へへん、やったぁ』



(あんたは、作業できないじゃない……)


 まあ、四つ足のカルペに無理は言えない。

 むしろボディーガードだと言い張って、着いてきてくれるだけ、よしとしないと。


(うん……言い出したのは、カルペだもんね)



 ベリーの地面を這うように生えた低木の前に、しゃがみ込む。


 青くペイントがところどころ剥げた道具を水平気味に構え、

 ぐいっと茂みに差し込む。


 櫛で削るように、前に押し流してゆくと――


「ふふふ……」


 青い粒々がどっさりと箱の中に残っている。



『わあい』


 カルペが横から飛び出てきて、器用に爪の先で大きな一粒を取り上げた。



『んまぁい』



 ジト目でファティがカルペをにらんだ。


「……道具の刃先が……危ないから注意して」



『おまえも。ほら』


 鋭い爪の先に刺さったビルベリーを差し出した。



 ぱくっ


「ううん、おいしいー」


 口の中でぷちんと甘酸っぱいジュースが広がった。

 うっとりと小さな粒をゆっくり噛みながら味わう。


(摘みたてって、おいしいのよね……

 ああ、こうしていられないわ。どんどん採ろう)



 その後もさくさくと掬うように道具を使い、持ってきた籠に入れる。


 浅い籠を幾つか持ってきてそこに入れ、いっぱいになったら次の籠に替える。

 そうして大きな籠にそっと積み上げるように入れて持ち帰る方が、中のベリーがぐちゃぐちゃにならずに済むのだ。


 陽の光が差し込む中、木々の匂いがさわやかに薫る。

 俯き姿勢は大変だが、気持ちの良い森の空気はファティに優しい。


 茂みの端から端へ、

 籠を満たしながら、ぴょんと跳び上がり、次の場所へ移る。


 カルぺのほうは、怒られるのを少しも気にせず、籠の中のベリーをつまみ食いしていた。


 だが、いっぱいの籠はそれ以上に、どんどん増えていった。


 そして、ひときわ背の高いアカマツのそばに――


「うわあぁ……」


『な、なんだあ』


 がさごそと茂みをかき分ける。

 そして、そっと両手を差し伸べた。



「“ビルの女王”だぁ」



『なんだそれ』


 カルぺが縞柄の太い尻尾を振り上げながら駆けてきてのぞき込んだ。


『……うわぁ、でかい』


「女王様よ。めったに採れないんだから」


『ちょうだい、ちょうだい』


 さっと“ビルの女王”が何個くらいあるか数える。


「……デコレーションに使うから……一個ずつ味見しようか」


『やったぁ!』


 “ビルの女王”――それは、稀に見つかる変異ビルベリーの果実で、通常よりも三倍ほど大きかった。

 そして、その大きさにもかかわらず、甘みも豊潤で香りも高い。


「ふふ、めったに見つからないんだよ。大事に食べてね」


 斜めにかけた鞄から園芸鋏を取り出し、その刃で、そっと果実を切り離した。


「わあ」


 手の中には淡く光を纏うような濃い紫の果実。

 指に伝わる感触は、しっかりと瑞々しい弾力があった。



『あ~ん』


 カルペが大きな犬歯の向こうがのぞけるほどに口を開けた。


 ファティは思わず苦笑すると、

 片手でカルペにその一粒差し出した。


 カルペは、驚きの速さで口に入れた。



『うっまああい!!』


 流石に大きいのか、一飲みではなくかじっているようだ。

 器用に前足で残りの果実を地面に触れないようにしていた。

 手で押さえて、食べている姿はかわいい。


(しかたないなぁ……)

「ふふ、わたしも」



 ぱくり……。


「おいし~~い」


 太陽のような澄んだ甘さと濃い香りが口の中に一気に広がった。


(ぜったい……タルトの上に、最後に載せたら……

 おいしいに決まってる!)


 ファティはにっぱりと大きな微笑みを浮かべた。


 赤いバンダナを解いて広げる。


 ふさり……


 もふもふの巻き毛の中に、

 真珠のような色を鈍く宿した、


 くるんと一巻きした角が、――のぞいた。





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