朱く溶かす
八百屋(万事屋)視点。
裏切りを決行する、その当日。
朱雀には、あらかじめ用意しておいた偽の情報を流した。
指定したのは、岩山と廃墟群に囲まれた見通しの悪いポイント。
敵対ギャングがそこを通る。
こちらは先回りして潜伏し、十分に引きつけたところで一斉に叩く。
挟撃の形になれば、相手は混乱し、そのまま殲滅できる————
そういう筋書きだと、馬鹿正直に信じて現地に向かった。
疑いもせず、迷いもせず。
仲間から渡された情報だからと、当たり前のように受け入れて。
実に、彼らしい。
あまりにも真っ直ぐで、あまりにも愚かしい。
朱雀の周囲を固めるメンバーは、最初から僕の息がかかったプレイヤーで揃えてある。
表向きは同じギャングの仲間。
だが、合図一つで一斉に敵側へ寝返るよう、既に話はつけてあった。
そうなれば、戦場の中心に取り残されるのは————
朱雀ただ一人。
仲間だと思っていた連中が、次の瞬間には銃口を向けてくる。
周囲を見渡せば、どこもかしこも敵、敵、敵。
逃げ場もなく、援護もなく、信じられる者もいない。
孤立無援。
完全包囲。
どれだけ強かろうと、さすがにこれで終わりだ。
正面からなら勝てないなら、信頼ごと足場を崩せばいい。
それが一番確実で綺麗なやり方だろう?
じゃあね、朱雀。
君との会話は、実に愉快だったよ。
あの無愛想で、妙に真っ直ぐで、時々こちらの調子を狂わせるやり取りも、これで————
ドゴンッッッッ!!!
腹の底まで揺さぶるような轟音が、突如として背後から叩きつけられた。
空気が震え、足元の砂利が跳ね、遅れて衝撃波めいた圧が背中を撫でる。
僕が弾かれたように振り返ると————
「……は?」
間の抜けた声が漏れる。
理解が追いつかなかった。
そこに立っていたのは、朱雀だった。
土煙の向こうから、何事もなかったかのように歩いてくる。
装備のあちこちには激戦の痕が刻まれ、返り血のようなエフェクトがまだ薄く残っている。
そして、ただ静かに、真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「よぉ、裏切り者」
それは低く、冷え切った声だった。
いや、いやいや、いやいや————
切り抜けてきたのか?
あの状況を?
仲間に囲まれ、敵に包囲され、逃げ場もないあの袋小路を?
孤立無援の中、たった一人で?
あり得ない。
あり得るわけがない。
あれはどれだけ強いプレイヤーでも沈むように組んだ、完璧な罠だったはずだ。
数字も、配置も、タイミングも、全部計算した。
それを突破してここまで来た?
そんなの、もう人間のやることじゃない!
「あいつらはどうした!」
「殺した」
返ってきたのは、たった一言。
あまりにも短く、あまりにも淡々としていて、逆に現実味がなかった。
殺した。
それだけ。
まるで、道端の障害物をどけてきたとでも言うような口ぶりだった。
あの中には上位勢だっていたはずだ。
僕が金を積み、根回しし、確実に仕留めるために集めた連中だ。
実力だけなら、そこらの有象無象とは比べものにならない。
それでも、朱雀には敵わなかったとでもいうのか。
あの人数で。
あの布陣で。
それでもなお、止められなかった?
「よくも……俺にかつての仲間を殺させたな!」
その瞬間、朱雀の声に初めて熱が混じった。
押し殺していた怒りが、ようやく表へ滲み出る。
その怒号が、空気を焼いているように感じた。
かつての仲間。
その言葉が、妙に重く響く。
裏切ったのは僕だ。
仕向けたのも僕だ。
そして、実際に手を下したのは朱雀自身。
信じていた相手に牙を剥かれ、その果てに全員を殺し切って、ここまで来たんだ。
その事実が、ようやく僕の背筋を冷たく撫でる。
ふと、彼の背後に連なる山々の稜線から、朝とも夕ともつかない鋭い陽光が差し込んだ。
乾いた大地を裂くように伸びたその光は、朱雀の輪郭を逆光の中に浮かび上がらせる。
眩しかった。
目を細めずにはいられない程に。
けれど、それ以上に————
その光は、ひどく朱かった。
血の色にも似た、灼けつくような赤。
山肌を染め、舞い上がる砂塵を染め、朱雀の全身を染め上げるその色は、まるで彼自身の怒りが景色に滲み出したかのようだった。
逆光の中に立つその姿が視界に入り、僕の精神をドロドロに溶かしたような感覚が全身に伝った。
これは、紛れもない恐怖。
その昔、「これはVRゲームだから、殺されても大丈夫」と宣っていた過去の自分が脳裏に浮かぶ。
その刹那、愚かしい記憶に、銃弾の跡が残った。
これにて、過去編の幕間終了です!
しばらく休稿致します。
次の章は八月初旬辺りから投稿再開しますので、それまでお待ち下さい〜




