他人の不幸は蜜の味
八百屋(万事屋)視点です。
この幕間は八百屋の過去編となっています。
時は数年前。
まだ『Relics Online』がリリースされる前の頃。
当時は、VRゲーム界隈で圧倒的な熱狂を集めていたのは、『スペースアナーキー』だった。
無数の星々が散らばる広大な宇宙を舞台に、プレイヤーはそれぞれ自分だけのギャング————
あるいは、聞こえを良くするならギルドを結成し、資源を奪い、領域を広げ、他勢力と血みどろの大規模戦争を繰り広げる。
そんなゲームだった。
秩序なんてものは最初から存在しない。
同盟は一夜で裏切りに変わり、昨日まで肩を並べていた相手が、今日は照準の先にいる。
誰も彼もが腹の底では他人を信用しておらず、笑顔の裏にナイフを隠している。
そんな、硝煙と猜疑心の匂いが染みついた世界の片隅で————
僕は店を開いていた。
「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 弾薬、回復、改造パーツ、その他もろもろ取り揃え! あらゆる物資が揃うドラックストアへようこそ!」
喧騒の絶えない宇宙港の一角。
ネオンめいたホログラム看板を瞬かせながら、僕は今日も愛想のいい笑みを浮かべて客を呼び込んでいる。
行き交うのは、武装した荒くれ者に返り血のような塗装を施した機体乗り、今にも誰かを撃ち殺しそうな目をした連中ばかり。
そんな連中を相手に、僕は“八百屋”を名乗って商売をしていた。
僕は様々なプレイヤーと交易をする、いわゆる商人プレイヤーだった。
このゲームにはとにかく戦闘狂が多いんだ。
だからこそ、僕のような商人は重宝される。
その結果、いつしかプレイヤー間にはこんな暗黙の了解まで生まれていた。
「商人プレイヤーだけは殺すな」と。
補給線を潰せば自分たちも困るんだ。
敵味方のどちらにも品を流す商人は、実質的に中立的なポジションなのさ。
……ま、その立場をここまで盤石にしたのは、他でもない僕なんだけど。
僕は戦闘が得意じゃないからさ、こういうプレイでないと、皆の役に立てない————
というのは建前で、実際は遠くから殺し合いを眺める方が好きなんだ。
お互いのギャングに物資を送り、戦争を促す。
足りない物資を絶妙なタイミングで補給してやれば、終わりかけた抗争だって、焚き火のように燃え上がるだろう?
戦争は何よりのスパイスだ。
血で血を洗う殺し合いほど、見ていて愉快な娯楽はない。
観客席から眺める分には、実に面白いショーだった。
「いらっしゃい! おや、お得意様じゃないか!」
「野菜はあるかね?」
「野菜ね、勿論あるよ」
僕はにこやかに応じながら、取引ウィンドウを開く。
その物資の中には「野菜」というメニューがある。
だが、そんなものを本当に買いに来る奴は、この店にはいない。
これは知る人ぞ知る裏メニューで、「野菜」はただの隠語でしかない。
僕は取引画面を開き、「野菜」を————
ドーピング薬を渡す。
僕が彼に手渡したのは、見た目こそ簡素なカプセル型のアイテムで、その実態は強力なドーピング薬だった。
これは飲むだけで従来とは考えられない程にステータスが向上するポーションさ。
使用すれば、一定時間、従来のバランス設計を疑いたくなるほどステータスが跳ね上がる。
筋力、反応速度、耐久、感覚補正————あらゆる数値が底上げされ、使った者は一時的に別人のような強さを手に入れる。
ただ、その代わり一度使うと長時間ステータスが下がったままになってしまう。
一度でも、あの時の高揚を知ってしまえば、素の自分には戻れない。
その副作用の落差に耐えられなくなったお得意様は、また僕のところへ戻ってくるのさ。
戦場では綺麗事より、補給と情報が勝敗を決めるんだ。
正々堂々と戦う奴なんて、余程の戦闘狂か勝てなくて負け犬の遠吠えを発してる奴かの二択でしょ。
「いらっしゃ————おや、新顔のルーキーかな?」
次に来たのは知らない顔の奴だった。
名前は”朱雀”か。
有名になった『スペースアナーキー』に後追いで参加した新規参入組って所かな。
どうせこいつも、少ししたら泣き言宣って挫折を味わうんだ。
そこに漬け込んで、後で手助けをしてやればいい。
「そんな所だ。何かイチ推しの商品はあるか?」
かなり落ち着いた声だ。
新人にありがちな気負いも、妙な媚びもない。
少しだけ違和感を覚えつつも、僕はいつもの営業スマイルを崩さずに対応する。
「そうだね……ルーキーなら、まずは————」
初心者向けの無難な装備でも勧めてやろうか。
そう思って口を開いた、その瞬間だった。
ぬっと、横合いから大きな影が割り込んできた。
「おいおい、こんな雑魚より先に俺の対応してくれや」
露骨に見下した声に、肩で風を切るような態度。
いかにも「最近ちょっと勝てるようになって調子に乗ってます」と言わんばかりだ。
「お客さん、流石に割り込みは困るんだけど?」
僕は笑顔を貼りつけたまま言う。
だが内心では「ああ面倒なのが来た」と舌打ちしていた。
こいつは確か、最近になって強い敵対ギャングへ鞍替えしたプレイヤーだ。
後ろ盾を得た途端、自分まで強くなったと勘違いしている典型。
こういう手合いは、勝てる相手にだけ偉そうで、本当に厄介な相手には媚びへつらう。
見ていて実に小物臭い。
「なんだ、ここの奴らは常識知らずが居るのか。期待外れだな」
「……何?」
その言葉に、空気がぴりつく。
挑発したのは、先に対応していた新人の朱雀だった。
「俺は強い奴と戦いに来たというのに、お前ごときに足止め喰らってる時間は無いんだが」
「んだと、この野郎。表出ろや!」
おーおー言うじゃないか新人ちゃん。
そのまま、その調子乗り野郎をキルしてくれればいいのに。
無理だろうけど。
悲しいことに、このゲームではステータス差がものを言うんだ。
装備に、育成に、消耗品に、経験値。
積み重ねた数字の差は、そう簡単には覆らない。
それをひっくり返すには、相手の攻撃を一発も受けず、こちらの攻撃だけを完璧に通し続けるような、常軌を逸したプレイングスキルが必要になる。
そんな芸当、そうそうできるものじゃ――――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……嘘だろ」
目の前に広がるは、さっきまで威勢良く吠えていた不躾なプレイヤーが、断末魔すら残さずポリゴンと化して散っていく様子だった。
僕は啞然としながら、ただ去っていく”朱雀”を見つめる事しか出来なかった。
初めて間もないルーキーが……彼を倒しただって?
彼だって……頂点には遠く及ばないものの、全体で見れば中堅レベルのプレイヤーだぞ?!
少なくとも、始めたばかりの新人が正面からどうにかできる相手じゃない。
それを、こうもあっさりと————
「……いいね」
よし決めた。
彼を取り入れよう。
一度出会ったこの縁を活用し、彼の懐へと潜り込むんだ。
そして、最後の最後で、全部纏めてを掻っ攫おう。
「最後に笑うのは、この僕さ」
僕はニヤリと笑みを浮かべて、彼の後を追った。




