夢の跡地
草原を渡る風は、どこまでも穏やかだった。
膝丈ほどの草が陽の光を受けて揺れ、ところどころに咲く小さな花が、歩くたびに視界の端を彩っていく。
背後を振り返れば『ぽかぽか大草原』の名の通り、のんびりとした景色が広がっているのみ。
「むっ? あれは何だ」
グリムが前方を示す。
草原の中に、青いものが見えたのだ。
段々と近づくにつれ、それが地面から突き出している何かだと分かる。
細長く、鋭く、透き通った青――――
「これは……水晶か?」
一本だけではない。
草の海のあちこちに、青い結晶がぽつり、ぽつりと顔を出していた。
背丈ほどのものもあれば、膝下ほどの小さなものもある。
どれも草原にはあまりにも不釣り合いで、まるで誰かが別の場所の景色を無理やり差し込んだみたいだった。
「不思議〜どうしてこんな所に水晶?」
近くまで寄ると、その異様さはますます際立っていた。
表面はガラスのように滑らかなのに、内側には淡い光が閉じ込められているように見える。
「長閑な雰囲気には似つかわしくないね」
それは、余りにも不自然だった。
綺麗で、場違いで、だからこそ気味が悪い。
ふと風が吹き抜ける。
その瞬間、結晶の先端同士がかすかに触れたのか――――
チリン……。
澄んだ音が鳴った。
鈴にも似た音だが、心無しか乾いたような酷く冷たい音色だった。
「……何か、不気味じゃない?」
さっきまで心地よく感じていた草原の風が、急に別のものに思えてくる。
同じ風のはずなのに、青い水晶の間を抜けた途端、音だけが変わる。
そんな不気味さが、一層俺達を不安な気持ちにさせた。
「……先に進もう」
奥に進むにつれ、水晶の数は増えていった。
最初はぽつぽつと生えていた程度だったものが、やがて道の脇に群れをなし――――
「……あれ?」
ふと、わたあめ大将軍が足を止める。
気が付けば景色が変わっていた
ついさっきまで、見渡す限りの草原だったはずだ。
それなのに、周囲を囲んでいるのは背の高い木々である。
「私達、いつの間に森に入ったの?」
振り返っても、もう草原は見えない。
来た道は確かに真っ直ぐだったはずなのに、そこには木立が続いているだけだった。
境目を越えた覚えはない。
だが、確かに俺達は森の中にいる。
「全く気が付かなかったぞ。こんな事は初めてだ」
森の中にも、青い水晶はある。
木の根元から突き出し、苔むした岩の脇に寄り添い、時には幹に食い込むようにして伸びている。
木漏れ日の代わりに、水晶の光が森を照らしているようにさえ思える。
風が枝を揺らすたび、あちこちで小さな音が鳴る。
チリン。
チリ、チリン……。
「クマ!」
無害なクマが、森の奥を指差した。
この向こうに、例の不思議なトンネルがあるらしい。
俺達は警戒を強めつつ、クマの示した方へと足を進める。
やがて木々の切れ間の向こうに、それは現れた。
「あれがトンネルか……やけに現代的なんだな」
土と根に半ば埋もれながらも、明らかに異質な構造物がそこにあった。
無機質で、均一で、自然の中にあること自体が間違っているような存在感を放っている。
「このゲームって、SFとファンタジーを掛け合わせたような世界観だと思ってたけど……現代的な建物も出てくるんだ」
「……行こう。この先に何があるか確かめる」
トンネルの中は冷たかった。
森の湿った空気とは違う空気が肌を撫でる。
壁も床も均一に整えられているのに、所々大きくひび割れ、青い水晶がそこから突き出していた。
コツコツと足音が反響し、やけに遠くまで響いていく。
そして――――
トンネルを抜けた先で、俺達は言葉を失った。
足元の柔らかな土は、ひび割れた灰色の舗装へと変わっており、平たく均一に敷かれた黒い地面が広がっていた。
所々白い線が掠れたように残っており、まるで何かの境界を示していたかのようだ。
「クマ……!」
建物は灰色の壁材と黒い骨組み、そして大量のガラスで作られている。
高くそびえていたであろう塔のような建物群は途中からへし折れ、斜めに傾いたまま隣の建物へ寄りかかっていた。
壁面には無数の四角い窓が並んでいるが、そのほとんどは割れ、暗い穴になって空を見返している。
「現代の……街?」
四角い箱を積み上げたような巨大な建物、壁一面に並ぶ、同じ形の穴、砕け散った透明な板、ねじ曲がった黒い柱、錆びた柵、色褪せた板――――
まるで現代の街が廃墟となり忘れ去られたようだった。
世紀末や終末世界とも呼べる街の死骸が目の前に広がっていたのだ。
これを古代文明と片付けて良いのか?
「それに……水晶が多い」
だが、その廃墟の景色にも青い水晶がある。
塔のように巨大な結晶が、崩れた建物の合間から何本も天へ向かって伸びていた。
細いものは槍のように鋭く、太いものは街を貫いている。
青い水晶は壁やガラスを砕いており、鉄骨に絡みつきながら群生していた。
「こんなにも青い水晶があるなんて……只事じゃないね」
「ねぇ……私気が付いた事があるんだけど」
「聞かせてくれ」
「私ね、少し前まで魔力の残量が半分だったんだ。それなのに――――何故か魔力が全回復してるの」
俺の魔力を確認してみても、魔力が満タンになっていた。
自動魔力回復のステータスがあるにしても、ここまで早く回復する訳じゃない。
「クマ!」
「……そうだね、俺もこの水晶が原因だと思う。皆、少し離れてくれ。【飛来天斬】!」
俺は巨大な青い水晶に【飛来天斬】を飛ばす。
青い水晶は破片を飛ばすが、一発では破壊には至らない。
だが、肝心なのは――――
魔力が全く減っていないという事。
「この地の特別仕様って事かな。青い水晶の近くに居ると魔力が即座に回復する」
「そう言えば、魔力回復ポーションって青色だよね」
余り注力していなかったが、魔力回復ポーションの色から察するに、魔力というのは基本的に青色なのかもしれない。
その仮定が正しければ、この青い水晶は魔力の塊という事になる。
だから近くに寄ると魔力が回復したのだろう。
「それに……見よ、あの大穴を」
都市の中央。
全てがそこへ向かって崩れ落ちたかのように、巨大な大穴が口を開けていた。
余りにも深く大きいそれは、都の中心を丸ごと抉り取ったようだった。
その穴の縁には、崩れた遺跡や塔の残骸がしがみつくように残り、そのすべてに青い結晶が絡みついている。
まるで世界に穿たれた傷口を、青い何かが静かに侵食し続けているようだった。
底は見えない。
ただ、青黒い闇だけが沈んでいた。
「ここを探索するには、少し骨が折れそうだな」
ふと静かに視界の端から表示が浮かび上がる。
『夢の跡地』
美しく、冷たく、不気味――――
まるで来てはならない場所に迷い込んだかのような、言葉では言い表せない恐怖が身体を伝っていた。




