NIC 01
「裕福そうな身なりだな」
皮肉な口調で小笹はいう。場所は郊外に建つ雑居ビルの四階。裏手にある汚染された川の臭いが微かに漂う、二〇坪ほどのオフィスである。
「信頼できる人物です。その点は保証します」塗装の剥げた出入り口の扉を塞ぐように立っていたジャージ姿の男性が口を開いた。男性は、裕福そうといわれた男をしばし見つめ、咳払いをひとつして、革製のソファに座る小笹へ顔を向けた。
「いいねぇ。長友がそこまでいうんなら期待させてもらおうか」小笹はいやらしく微笑むと、噛んでいたガムをティッシュで包み、気怠そうに首の骨を鳴らした。「出発は八日後だ。必要なものは長友に訊いてくれ。医療器具は前の担当が使っていたものを使用しても構わないが、不足しているものもあるだろう。補充は任せる。必要経費は前払金と一緒に指定口座に振り込むから、金額を長友にいってくれ」
小笹がテーブルに載った革製の茶色い鞄を指差す。
歩み寄った長友が鞄を開くと、注射薬や内服薬といった救急薬品と、いくつかの器具が姿を現し、室内に漂っていた川の臭いと薬品の臭いがまざりあった。
「わかっているとは思うが、医療に限らず、あんたには複数の業務を兼ねてもらう。詳しいことは長友から――」
「待ってください。私はまだ引き受けるとはいっていません」
「あ?」小笹は引き攣った頬に指を這わせて、鋭い視線を男へ――続けて長友へと向けた。
長友は虚をつかれた表情で僅かにかぶりを振り、目を泳がせた。
「二つの条件をのんでくれるのであれば、報酬はなくても構いませんし、必要経費はすべて自己負担します」
「……ほお」
小笹はソファに深く座り直すと、新しいガムを取りだして犬歯で噛んだ。「面白いことをいうねぇ。聞くだけ聞こうか」
「助手の同行を認めていただきたい」
「助手? ははは。白衣のナースを連れてきてくれるのか。嬉しいこといってくれるじゃねぇか」卑下した笑みをみせる小笹の口から香ばしい匂いが漂う。
離れた場所で話に耳を傾けている長友は額に汗を滲ませていた。
「同行させたいのは、知人の兄弟です。まだ話を持ちかけてはいませんが、今回の件を話せば、私と同様に報酬なしで構わないといってくれるでしょう。あなたがたに迷惑はかけませんし、足を引っ張るようなことは絶対にない、信頼のおける人物です。口の堅さについても――」
「長ぇなぁ、説明が」追い払うように手を振り、小笹は薄い笑みを顔に貼りつけた。「ひとりじゃ不安だから、連れがほしいってか。まぁ俺らも人手は多いほうが助かるが、にしてもなんだ。報酬なしでいいだと?」
「理由があります。それが二つ目の条件でもあります」
小笹は鼻を鳴らしてソファに背もたれる。
エアコンが大きな音をたてて空気をはきだした。
「続けろ。端的にな」
「あなたがたの目的地に、福岡市内が含まれていますよね。市内に寄った際、私と助手とで中洲にある遺品管理センターを訪ねたいんです」
「風呂でも借りるのか」
「風呂?」
「真顔で訊くな。遺品管理センターねぇ。察するに、目的は価値ある遺品の強奪ってとこか。なぁ、それって、思いっきり俺らに迷惑かける行為だよなァ。さっき、こういわなかったか? 足は引っ張らないし、迷惑もかけねぇって」
「迷惑はかけません。遺品管理センターへは、私と助手だけで訪問します」
「訪問するじゃなくて、襲う、だろ」
「襲わずとも、正面から敷地内へ入る方法はいくらでもあります」
「ほぉ。なにか策でもあるのか」
「もちろん。そのために同行者が必要でもあるんです。語弊なきようにつけ加えておきますと、助手を務める彼らにもまた遺品管理センターを訪れ、持ちだしたい品があります。望む品が手に入るのであれば、彼らはほかになにも求めないでしょう。これが報酬なしでも構わない理由です」
「望む品……か。遺品管理センターってNICと呼ばれているところだよな? いつだったか、ニュース番組かなにかで観た憶えがあるが、希望の品は郵送してくれるんじゃなかったか?」
「申請して確認がとれれば、遺品は遺族の現住所へと送ってもらえます。ただし、認可されるのは遺品に限られています」
「あ?」噛んでいるガムを歯の間から覗かせて、小笹は顔を顰めた。「遺品を保管している機関だから当然じゃねぇか」
「遺品だけではないんです、遺品管理センターに保管されているものは。私が持ちだしを望んでいるのは、遺品外の品です。直接現地に赴いて入手するしか方法はありません」
「なんにしろ、目的のために俺らを利用したいことはわかったよ」
「互いに有益な結束だと思いますが」
「ものはいいようだな」
「繰り返しますが、決して迷惑はかけません」
「捕まったら強制退去だぞ」
「たとえ捕まったとしても、あなたがたの名前や組織名を口にしないことを約束します」
「当然だ。チクろうものなら周囲にも危険が及ぶと考えておけ――といいたいところだが、あんたが持ちだそうとしてる品ってのは、〝家族に関するもの〟なんだろ」
「――えぇ」
「やっぱりな。七年前の騒ぎで死んだか」
「…………」
「出身はどこだ」
「京待温泉のそばです」
「なるほど。絶対に行けない場所だから、NIC頼みってわけだ」小笹は卑下した笑みを浮かべてテーブルに手を載せた。「同行者もNICへの寄り道も構わねぇよ、俺としては。ただし、そこまで自由に行動されちゃあスタッフとは呼べねぇよな?」コツコツと指でテーブルを叩き、声のトーンを落とす。「客人としてツアー参加してみるか?」
「旅費はいくらでしょう」
「ははは。いいねぇ。金を支払ってでも行きたいのか」小笹は前のめりの姿勢になって、向かいあわせた男の瞳を覗き込んだ。「こちらの望む答えをすぐに返せるんだな」
「あらゆるケースを想定していたに過ぎません」
「着地点も決めてるんだろ」
「到達できるよう努力しています」
「上陸後は一切の指示に従うと誓えるか」
「条件を受け入れてくれるのなら」
「――いいだろう」
小笹は首の骨を鳴らすと、口角をあげて右手を差しだした。
向かいあわせた男も右手を差しだし、握手を交わす。
「小笹稔だ」
「流地了兼です」
離れた場所に立つ長友は短く息を吐き、頬を伝う汗を拭った。




