NIC 02
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八日後、九州を目指して移動を開始した小笹をリーダーとする十三人編成のグループは、監視の厳しい日本海側を避け、日向灘に面する小さな漁港から九州上陸を果たした。
港の倉庫に隠してあった車両三台に燃料を補充し、三班にわかれて最初の目的地である熊本市を目指す。医療担当として参加した流地は、今回の話をもちかけた長友と、同行した二名の助手(竹山という名の兄弟)とともに、穂積という若い男性がハンドルを握るバンに乗った。バンの外見は、九州内で活動している市民団体〈九州復興フロンティア〉の車両を模した塗装がされていた。
九州山地越えに利用した五ヶ瀬川と平行する237号線は路面状態が悪く、倒木の撤去に多くの時間をとられたこともあって、高千穂町到着時点で周囲は完全な闇に覆われた。一行は廃墟と化したガソリンスタンドに駐車して、上陸初日の夜を過ごした。九州封鎖から七年が経過した高千穂町内にグールと呼ばれる生ける屍の姿はなかったが、時折、疫病に感染していると思われる獣の足音が聞こえてくるので、メンバーの多くが充分な睡眠をとれなかった。
早朝五時から移動は再開され高森と南阿蘇を経由して昼前に熊本市内に入った。一行は巡回している自衛軍との遭遇を怖れていたが、静まり返った街中で動くものはほぼ皆無に等しかった。無線ごしの小笹の言葉に従い、三台の車両は熊本城に近い歴史博物館前に停車すると、バールと台車を手にもってアスファルトへ降り立ち、躊躇なく建物の窓ガラスを叩き割った。疫病におかされた地に無断上陸した彼らの目的は、九州封鎖時に運びだされなかった展示品を盗みだすことにあった。
一行の乗る車両が福岡に入ったのは上陸五日目のことで、すでに車内は盗品で溢れかえっていた。
各バンに乗車するメンバーがたまに入れ替わったこともあり、新参者である流地も数名のメンバーと雑談を交わせる仲になっていた。流地の乗るバンのハンドルを比較的多く握っていた穂積は、一〇代後半と思しき男性で、武具や陶磁器といった品よりも、価値ある楽器の回収をすべきだと頻繁に主張していた。
この意見を鼻で笑い、荷台に積まれている日本の刀剣がいかに優れているかを、河口という中年男性が熱く語っていた。武具に詳しい男はもうひとりいて、名を南都といった。河口と南都は四〇代前半で、グループ内では最高齢。その次はリーダーの小笹か、三〇代半ばの流地であると思われた。
上陸メンバーの名前や特徴に関しては、助手として流地に同行した竹山兄弟の弟が、年齢順(問うたわけではなく推測)に記したメモ用紙を、内緒でポケットに忍ばせていた。
●南都 四〇代。歴史資料・武具などに関する知識あり。
●河口 四〇代。歴史資料・武具などに関する知識あり。
●小笹 三〇代。グループのリーダー。
○流地了兼 三〇代。同郷出身で鞆興(兄)の先輩。医師。
●スン・ジフ 三〇代。無口。なにを考えているのかわからず少々不気味。
●甲斐 三〇代。がたいがよく、長身。
●長友 流地さんとは以前から面識があった様子。
○竹山鞆興 兄。元救急救命士。
○竹山二見
●荒江 二〇代後半? グループ内で卑下に扱われている印象。
●ヒョン・ジュウォン 二〇代後半? 小笹の乗るバンのドライバー。
●西斗 二〇代。軽い感じ。あまり関わりたくない。
●穂積 一〇代後半。最年少。音楽好き。
上陸メンバーが、なぜ十人以上の大人数なのか疑問に思った竹山兄弟の弟・二見は、小笹へ何度か質問したが、明確な回答は得られなかった。統率する小笹の力量は認めるが、無駄に人が多過ぎる気がする――二見が流地へそう告げると、「不必要なことに関心をもつな」と厳しい口調で返された。さらに聞きたくなかった言葉までつけられて。
「親睦を深めるのはいいことだが、心まで許してはいけない。彼らが気さくなのは、私たちを仲間と認識しているいまだけのことだ。気づいているか? リーダーの小笹をはじめ、少なくとも二人が銃を所持していることを」
不安を覚えた二見は兄の鞆興に相談を持ちかけた。流地から多大なる恩を施されている鞆興は、「ドクターに従っていれば大丈夫。問題はない」と繰り返すばかりで、あしらうような態度をとった。「NICに行けば必ず見つかる。天神で行方不明になった父さんと母さん、それにヒカリ(竹山兄弟の妹)に関する手がかりが。だからドクターを信じ、ドクターについて行くんだ」
後戻りできないところまできているがゆえに、反論する言葉を持ち得ない二見だったが、責めるようにしていくつかの愚痴はもらした。
中身が乏しくて、仕様もない、兄弟だからこそいえるような愚痴を。
〝風呂には入れない。顔も洗えない。せめて温泉地に立ち寄ってもいいんじゃないか? どうせ誰もいないんだ、九州には〟
〝また今日も固形の栄養調整食品かよ。自衛軍のトラックとは一度もすれ違ってないんだし、火を使って料理したっていいだろ?〟
〝いつからドクターなんて呼びはじめたんだ? 連中の呼びかたを真似るんじゃねぇよ〟
最後の問いに対して、鞆興は諭すように答える。
「流地さんからいわれたんだ、ドクターと呼ぶようにって。新参者の俺たちはどうしても浮きがちで目立っちまうから、連中の言動を真似るなどして早く輪に溶け込めとのことだ。だから二見もこれからは――」ドクターと呼べ。
そう命じられたものの、二見の知る限りにおいて、上陸してからここまでの間に、流地が医師として活躍した場面は皆無である。車に積んだ救急器具の入った鞄の中からは、未だ絆創膏一枚取りだされていない。




