白石 紬 22
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廊下で竹山さんが騒いでいた。荒江さん相手に大声でなにか喋っていたが、ほどなくして静かになったので、場所を移動したのだろう。姿の見えない流地さんを探しに行ったのかもしれない。
柏樹さんは宍戸捜査官と一緒に現場検証をはじめている。ぼくは少し距離を置いて、潜伏者がいないかどうかの再チェックと、隠し通路探しを行ったけど、見つからなかった。
やはり出入り口は一カ所しかないようだ。
竹山さんを殺害した人物は、荒江さんに気づかれることなく〈アテナ〉店内への侵入と脱出を成功させた。果たしてどのような手段を用いたのだろう。ちなみに〈アテナ〉店内に横たわっている死体は、計三体である。
一体は竹山さん。絞殺で間違いないらしく、首には犯人の指のあとがクッキリ残っているとのことだ。横たわる竹山さんの周辺は柏樹さんが念入りに調べたけれども、手がかりになるようなものは見つからなかったらしい。犯人は不法上陸者の仲間に違いないから、手がかりの有無なんて意味ないように思えるが、調査のうえでは大事なことなのだろう。
いましがた犯人と断定した不法上陸者たちのひとり――柏樹さんへ発砲したのちに、宍戸捜査官から撃たれて絶命した男が、〈アテナ〉店内に横たわる二体目の死体だ。男は通路から運ばれてきた状態そのまま、枯れてパサパサになった観葉植物の横で、同じ姿勢を保ち続けている。
最後の一体は、銃撃戦で負傷した長友さんだ。顔にかけられた白い布から鑑みるに、手当てのかいなく亡くなってしまったようである。死亡した順番はおそらく、柏樹さんを撃った男、長友さん、竹山さんの順。
現場が密室であったことから、先に死亡した二人のどちらかが死後復活を果たして、竹山さんを襲ったというのが合理的な見解だろうけど、ぼくは〝それはない〟と考えている。ここは南九州の研究施設跡地から遠く離れている福岡の中洲なのだ。感染者と接触しない限り〝生ける屍〟化することはないはずだし、そもそも、死後僅か数分で、グールとして復活したケースなんて聞いたことがない。
「彼か……彼が殺したのか?」柏樹さんが不穏な言葉を呟き、
「どうした探偵」宍戸捜査官が訝しげに尋ねた。呼び名がカメラマンから探偵に変わったのは、〈アテナ〉店内で積極的に動き回る柏樹さんを見て、探偵としての能力を認めた証だろう。
「捜査官、それに白石くんから聞いた話に間違いがなければ、竹山さんを殺害することができた人物はひとりに絞られます。しかし殺害の理由が皆目見当つかない。いや……そうでもないか。あぁあ、そう……か。そういうことならば、辻褄があう」
「ひとりでなにいってんだ」
「勘違いしていたのかもしれません、僕たちは。とんでもなく間抜けな勘違いを。捜査官、再度お尋ねしますが、ビル内を見回って、僕ら以外の侵入者が存在しないことを、間違いなく確認されたんですよね」
「あぁ。全フロアの店舗、屋上も確認したが、誰も潜んでなかったぞ」
「断言できますか」
「見落とすほどでかいビルでもないだろ」
「わかりました。では、次に白石くん」
「はい?」
「君がNIC訪問を望んだ理由はなんだ?」
なにって――柏樹さんはまだぼくのことを疑っているのか。「話したじゃありませんか。遺品の受け取りです。手続きを終えても、届けられるまでにかなりの時間を要すると聞きましたから、直接受け取りに行こうと考えたんですって」
「証明できるようなものはあるのか?」
「受け取りに関するものでしたらありますよ。もちろん」
ポケットの中に折りたたんで入れていたB4サイズの用紙を取りだす。望んでいる遺品がNICに保管されていると記されている、嘘偽りなきNIC発行の書類だ。
「本物の書類のようだね。おや……受取人の名前は君じゃないようだが」
「ぼくは代理です」
「代理? 君は他人の遺品を受け取るために、わざわざ九州まできたというのか」
「えぇ。そうですよ」怪しまれると思っていた。でも、疚しさを覚えるようなことはなにもない。「遺品の直接受け取りは〝ぼくだけ〟にできることですから。あ、いえ……すみません。柏樹さんのおかげです。柏樹さんがいなければ九州上陸は叶いませんでしたし、目的のために柏樹さんを利用したといっても過言ではありません。でも、自分にできることがあると知ったら、行動に移して当然でしょう?」他人のための行動――それは第三者から見れば偽善以外のなにものでもないかもしれない。いや、偽善でもいい。偽善と思われても構わない。ぼくの選択と行動は、ぼく自身が決めたこと。この決断が誰にも理解されないとしても、ぼくはぼくの考えを曲げるつもりはない――
かつてのぼくは、絵に書いたような弱者だった。いまよりもずっと弱くて、小さくて、臆病な人間だった。たえず暴力に怯え、暴力から逃れるべく人の顔色ばかり窺って生きてきた。九州を離れてからの数年間、ぼくはグールと呼ばれる〝生ける屍〟以上に死んでいるも同然の暮らしを続けていた。暴力から逃れたい一心で他者の心をよみ、ご機嫌を取り、口答えなど一切せずに従順で都合のいい操り人形になって、窃盗という犯罪に手を染めてしまったくらいだ。だけど、そんなぼくにもできることがあると知った。ぼくにしかできないことがあると知ってしまったのだ。
「受取人の住所欄を見てもらえれば、わかると思います」
柏樹さんはNICの書類へ目を落とす。
「柏樹さんなら理解してくれますよね? どうしてぼくが代理を申しでたのか。なぜ、直接NICに足を運ぶ必要があったのか」
こんないいかたをしたのは少し狡かったかもしれない。名探偵を自負するだけに、『わからない』とは答えられないだろうから。プライドの高い柏樹さんなら、きっと理解を示してくれるはず。そして期待通り、柏樹さんは望む答えを返してくれた。
「……なるほど」
「詳しい説明が必要ですか」
「いや。なるほどな……」僅かな間。本当に理解してもらえたのかどうかちょっとだけ疑問を抱いてしまったが、力強い視線を送る瞳を見つめると、そんな思いは一気に吹き飛んだ。「説明は不要だ。君ならできることか。なるほど。わかったよ。信用しよう、君のことを」険しかった表情が優しいものへと変化する。さらに柏樹さんはぼくにいってくれた――さっきは疑って悪かった、と。だからぼくも微笑んで返した。
「ありがとうございます」
「なんに対するお礼だよ。しかし、これでハッキリした。僕の推理が正しければ、僕らは呆れるくらい間抜けな勘違いをしていたということだ。だが、決して悪いほうには転んでいない」
「転ぶ?」
復唱したぼくから目をそらして、柏樹さんは宍戸捜査官へ向き直る。
「捜査官。あなたがいたおかげで、僕らは無事でいられたのかもしれません」
「あ? なにいってんだ、いまさら」
「いくつか確認すべきことがあります。店の外にでましょう。くれぐれも注意を怠らないように」柏樹さんはテーブルに載せていた銃を手に取り、出入り口へ移動してロックを解除した。少し前まで嘆いていた怪我人とは思えない豹変ぶりだが、それまでの痛がり様が大げさだったのではなく、待ち望んでいた名探偵の役割を担ったことによって痛覚が鈍くなったと考えることにしよう。
扉が開かれる。通路にでる。柏樹さんは銃を構えた格好でどんどん進んで行く。
「おい、探偵。待て、待たねぇか! 勝手な行動をとるんじゃねぇぞ」
宍戸捜査官が呼びかけながら慌てて背中を追った。柏樹さんがどういった仮説を立てていて、なにを確認しようとしているのか全然わからなかったけど、ぼくもあとに続いて〈アテナ〉をでた。
「待て! 待てといってるだろうが!」
「シッ……静かに」
「説明しろ。お前がさっきいった、勘違いってのはなんなんだ?」
「静かに!」薄暗い通路の真ん中で宍戸捜査官を制し、柏樹さんは耳に意識を集中している様子だった。「下だ。下ですよ、下の階。声が聞こえませんか。人の呻き声のような声が。ほら、聞こえましたよね」
「おい、待て! 待たねぇか、ちくしょうッ!」非常階段へ向けて駆けだした柏樹さんを追って、宍戸捜査官が走りだす。僅かな沈黙の中で宍戸捜査官は気づかなかったようだが、ぼくには聞こえていた。柏樹さんのいった、呻き声が。微かにではあったけど、たしかに聞こえたのだ。
すでに姿はなく、足音しか聞こえなくなった二人を急いで追いかけようと、ぼくも非常階段の扉を開いて中に足を踏み入れた――と同時に、
「……あれ?」違和感を覚えた。
何往復もした非常階段を目にするなり、以前とはなにか違っているように感じた。
手すりに手を載せて仰ぎ見る。
白く細やかな無数の塵が光の中を舞っていた。
顔を下げる。
階段を縛りつけるように三本の黒いケーブルが這っていた。
三本?
ケーブルが一本減っている。




